涼しくと云うより、酷暑に慣れた?体には朝晩寒さを感じる位になってきました
ところで秋と云えば皆さんはどんな秋を思い浮かべられますか?
芸術、行楽、食欲、etrc、色々有るでしょうが、当ブログは模型製作をメインにしていますので、
それに関係する”読書”でお話をさせて頂きたいと思います。
ハイ、早い話が読後感想文です(笑)
昔は結構本を買っていた方かな?と
もっともノンフィクションと歴史ものがほとんどでしたけど
当然、模型絡みで戦記物も大好き(笑)
フジ出版などから出ていたパウル・カレルもの、
そして早川書房、後には大日本絵画などからのものも結構購入していました。
しかし50代になってから特に戦記物を中心に処分して行くようになり、
それらは今ではほとんど残っていません。
それでも処分せず手元に置いていた本の中で、
ナチス時代真っただ中のドイツ絡みの話だけど一般的な戦記物でない、
でも、参考にはなるような(どっちだ!?)本が有りまして(^^;
これからボチボチですが、そんな本を紹介させて頂きますのでよろしくお願い致します。
トップバッターは『忘れられた兵士』(邦題)です
原題 ”LE SOLDAT OUBLIE”
邦題 『忘れられた兵士』
副題 ドイツ少年兵の手記
著者 GUI Sajer(ギュイ・サジェール)
出版社 早川書房
昭和55年9月15日 初版
【あらすじ】
あのアルザス地方で、フランス人の父とドイツ人の母の間に生まれた著者が
フランス敗北時、避難中に遭遇したドイツ軍兵士の力強さに憧れ、
故郷の家に戻されてから、何と17歳でドイツ軍に志願してしまうのが話の始まり。
1943年1月に補給部隊に配属されて過酷な東部戦線の冬を生き延び、
歩兵としての訓練を受けた後、あのGD(グロスドイッチェランド)師団に配属されます。
文字通りの”泥沼と苦闘の東部戦線”を体験した挙句、命からがらメーメルから海路ドイツ本国まで撤退した後、
そこで息つく間もなく西部戦線!?に送られ、
最後にキール南方のラウエンブルグで英軍に降伏するまでの体験がメイン。
捕虜になってからは父がフランス人だという事で、なんと即時釈放となって家に帰る事が出来たと云う体験談です。
※補足(父がドイツ人の場合は捕虜のまま、著者のケースは規定がないため釈放になったのそうです)
【読みどころ】
何と言っても自分の体験を自分で書いたもので、しかもそれが東部戦線のGD師団!となれば。
実際の戦闘体験記として、一兵士目線で書かれたその内容は、
ちょっと比較するものが無い位リアルな描写の連続で本当に圧倒されます。
しかしながら、戦闘シーンは防御しては退却の全編ほぼ負け戦状態(^^;
ドイツ軍ファンの方には、ちょっと模型作りには向きそうにも無いところ多々かと(;'∀')
捕虜収容者から釈放され帰宅後、過去を清算するためフランス軍に勤務したのですが、
そこでの話は東部戦線での体験から比べれば、まぁ付けたしにもならない程度、
量も1ページにも満たないもので、再建初期のフランス軍のアレコレについては
参考になるような事は一切描かれていませんでした。
ほぼ負け戦描写なので、そこここに野戦憲兵が登場していますが、
やっぱりお世辞にも好意的でないキビシイ描かれ方してますね。
因みにドイツ軍時代のものも含め写真は一切載っていません
SNSなど無い時代の事で炎上とかの心配はなくても、
家族にもドイツ軍当時の事は一切沈黙を守る様に言われていたそうですし、
色々と差しさわりが有って載せなかったのでしょうね。
【感想とか色々】
物語の前半と終盤に登場した二人の老兵士が印象に残っています。
(一人目)
スターリングラードでの敗北(全滅)を、整列して告げられたその際、一人の兵士が泣きじゃくりながら列から離れ、
その凶報を読み上げた伝令の大尉に歩み寄ります。
二人の息子が第6軍に配属されていたと云う、その白髪交じりの老兵士は
息子たちを失った絶望の余り大尉を非難し、列に戻れと云う軍曹の命令に逆らって
どうなってもいい殺してくれと泣いて叫ぶのです。
この本を購入したのは昭和55~56年頃、ワタシはまだ20代で結婚もしていませんでした。
当時、この老兵士をかわいそうだなとは思いましたが、それ以上の感情は抱かなかった様に記憶しています。
しかし齢を重ね家族を持つようになるにつれ、時たま本書とこのエピソードを思い出すごとに、
息子を失った老兵士の、絶望的な悲しみが痛い程判っていくようになってきたのでした。
(二人目)
まさに命からがらメーメルから逃れたボロボロのドイツ兵士たちは
息つく間もなく<ドイツ本土内の>西部戦線へと送られます。
今度は英軍と、そして著者にとってはフランス軍とも闘わなければならないと云う絶望的な状況に置かれ、
頭が混乱してしまった著者に対してその老兵士は落ち着いて言うのです。
『いいかね、わしらは捕虜になるのさ。
楽しい事じゃないが、爆弾や飢えよりはましさ。
いいかね、相手はソ連兵じゃない。悪い連中じゃないよ』
英軍の偵察車輛に発砲した下士官に、そのような不用意な行動はこちらが対抗できない攻撃を招くと説明!し
更に本隊が迫ってくると、英軍に降伏するよう著者を促し、部隊の先頭に立って白旗を揚げて投降し、
それに倣って他の兵士たちも投降したので、不要な犠牲を出さずに済みます。
セリフの最後の『悪い連中じゃないよ』と云うところが妙に気になりますね、
彼は個人的にイギリス人を知っていたのでしょうか?
それともそう信じようと自分に言い聞かせていたのでしょうか?
上官の発砲行為に一兵士が意見する!
それが何のペナルティ(上官反抗とか不服従とかの罪)に問われることもなく、そのまま通る!
そして先頭に立って降伏!!
話に聞く、シェルナー元帥の悪名高き命令など糞くらえ状態です(;'∀')
西部戦線では適用されなかったのか、もう守る気が無かったか、野戦憲兵がいなかったからなのか。
具体的な事が書かれた資料が見つけ出せなくて分かりませんでした。
過酷な時代をどう体験し感じ考えながら生き抜いたのか、
戦争で運命を翻弄されながら何とか生き残り、
その自分の稀有な体験を一人称で書き残した貴重な記録だと思います。