鼠喰いのひとりごと

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白い部屋で月の歌を

2005-09-08 08:58:38 | 本(小説)

「白い部屋で月の歌を」 朱川湊人
 角川ホラー文庫 2003年

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今年「花まんま」で直木賞を受賞されてから、
この本もあちこちで平置きされているのをよく見かけるようになりました。

この作品は、2003年の日本ホラー小説大賞で短編賞を獲得し、
その年のうちに文庫化された一作です。
てっきり、これがデビュー作なのかと思っていたのですが、
今検索してみたら、その前の年にすでに賞をとってデビューしていたのですね。
さすがの文章力も頷けます。

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ジュンは、霊能力者シシィ姫羅木のもとで、依代としての仕事をする存在だった。
四肢はほとんど動かず、記憶も定かではなく、誰かの手を借りなければ何もできない身…
しかし、彼には、他の人間の霊魂を受け入れる特異な能力が備わっていたのだ。
そうして、優しく接してくれるシシィを「先生」と呼び崇拝し、
自分自身に何の疑問も持たないまま日々を過ごしていたジュンだったが、
とある日、仕事である女性の生霊を自分の中に引き入れたその時から、
ジュンの中で何かが変わり始めた。

===

恐怖描写も…若干はありますが、ホラーて感じじゃないですねぇ。
幻想的で、むしろ…童話やファンタジーに近い気がします。
作中で、ジュンの恋する女性が、悟りきったような優しい瞳で世界を見ている部分。
それと同じ感性と視点が、この短編には感じられます。

確かに、霊の描写もあるし、残酷描写も若干最後に出てくるんですが…
なんか生生しくないんですよね。
なんていうのかなぁ。
どんな汚い街も、高い丘の上から見ると美しく見えるような、
夜の中で何が行われていようとも、夜景は美しいと感じるような、
朱川さんご自身が、そんな「ちょっと高い視点」でものを見る方なんでしょうかね。

もちろん、これは作中の主人公「ジュン」が非常に純粋な存在であることにも起因する
ことなのかもしれませんが、もう一本収録された「鉄柱(クロガネノミハシラ)」でも、
そんな感じがちょっとあるかな。

===
「鉄柱(クロガネノミハシラ)」
主人公は、東京から田舎町に転勤になったある男。
会社の不倫問題が明るみに出たために左遷させられた彼が、新たに配属された街は、
気味悪いほどに優しく行き届いた住人たちが住んでおり、
奇妙な一本の柱と…そして、その街独特の、死の風習を持つ場所だった。

「願わくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」
西行法師の歌を写したその紙を残し、ミハシラにて死んだものは、
幸せの絶頂を極めたものとされ、「満足死」として、それを盛大に祝うのだ。

そんな街の風習に無理矢理つき合わされ、馴染めないまま日を送る彼のもとに、
ある日の仕事中、一本の電話がかかる。
それは、最愛の妻が「満足死」を遂げたというものであった。

===

個人的には、幻想ものの「白い部屋~」より「鉄柱」のほうが好きですね。
地面にへばりつき、弱さと悲しみをひきずる人間を、上から見下ろすかのような「ミハシラ」。
普通なら考えられない「満足死」という考えは、読み進むにつれ、きっと誰もが
「認めたくないけれど、その気持ちはわかる」と思うのではないでしょうか。
今がとても幸せで…でも、これから確実に、自分は不幸になるとわかっていたとしたら、
時間を止めたい、今死にたい、と思うものかもしれない。
もしくは、不幸のどん底に落ちてから、あの幸せなときに死んでいればよかった、と思うとか?

もちろん、普通、そんなことで自殺はしません。
人間、そうそう生への執着を断ち切れるもんじゃありません。
ギリギリまで追い詰められて正常な判断力を失うとか、疲労のあまり発作的に、とかならともかく、「未来にきっと不幸になるだろう」くらいでは、普通死ねないでしょう。

しかし、作中のこの街ではそれが当然のように行われ、
不幸に陥る前に死ねたことを慶び、あえて「満足死」と呼びます。
そして、満足死を遂げたものは英雄であり、その勇気もなく今を生きるものたちは皆、
内心で死者たちに引け目を感じながら、表面は楽しげに生きている…
そんな異常な街の様子を通して、背後に浮かび上がるのは「ミハシラ」の絶対的な存在感。
高い丘の上に黒々と屹立するその威容。

こんなに現実離れしたテーマなのに、不思議とリアルに感じてしまうのは、
ひとの心の弱さによりそうかのような描写の巧さにあるような気がします。
読みつつ、ああ…そういうこともあるかもね、と共感する部分が多いと言うか。

直木賞をとった「花まんま」はまだ未読ですが、そちらも幻想要素の強い、どこかノスタルジックな作品集になっているようです。
…早く文庫化してくれないかな…
(↑ハードカバーは基本的に買わないのですよねー。重いし、場所とるから)

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