女房はたい焼きを買ってきた。
そして、今夜は友達と演劇鑑賞に出かけるから、夕食にはカレーライスを用意しておいたと言う。
前々から演劇鑑賞へ行くことは分かっていたが、留守番のおやつに、たい焼き一つだけとは
それにカレーライスを用意したのだから、夕食の心配はないと言うのだ。
確かに、生きていく糧はあるのだが、これ一つでは残された俺としてはなんだかつまらないのだ。
もし、ここで俺が真正直に不服を言ったとしても、状況がよくなるはずはない。
しかたがないから、俺は女房を文句を言わずに送り出すことにした。
女房とて、せっかくの演劇に出かけるのに、玄関先で一悶着あったら気分が悪いだろうからと、そしてまた、その跳ね返りが二倍返しになることを予感し、利口な俺は精神をコントロールして、にこやかに送り出したのだ。
女房が出かけた後、俺は元旦の朝のことを思い出した。
年の初めに俺と女房は向かい合って新年のあいさつをした。
そして俺は女房に気前よくお年玉をあげた。
女房は礼を言って受け取った。
女房にあげたお年玉は、俺が女房から貰っていたお小遣いを少しずつ貯めたものなのだ。
金は天下の回りものというが、我が家では夫婦間で行ったり来たりしているだけなのだ。
ここまでは毎年のことであり、問題はない。
しかし、今年は俺の心の片隅に、悪い虫が入り込んできて「エビ鯛、エビ鯛」と騒いでいるのだ。
今回のエビは桜エビやクルマエビではない。
女房にあげたお年玉は伊勢海老なのだ。
つまり野口英世ではない。 福沢諭吉なのだ。
だから、エビ鯛という邪念が入る。
女房だって、俺がエビで鯛を釣るつもりだろうと、心のうちを見抜いているだろうから、あとでなにか伊勢海老に見合ったことが起きるであろうと俺は期待をかけるのだ。
留守番をしながら、俺はでかい鯛の夢を見ていた。
しばらくして、いやなことが頭をよぎる。
女房が出かけに買ってきた「たい焼き」のことだ。
たい焼きと言っても鯛は入っていない、あんこと小麦粉の偽装食品だ。
あれが「エビ鯛」の結果にはなりはしないかと。
多分女房は俺の邪心を見抜いて、たい焼きを置いて行ったのではないだろうか?
これでも鯛ですと。
こんなことであれば、伊勢海老などと気張らずに、桜エビ程度のお年玉でよかったのだ。
残念
お年玉を壱萬円ではなく、いつものように野口英世を三枚にしておけば、松の内を清らかな心で過ごせたものを。
まだまだ、エビ鯛エビ鯛と胸が騒ぐ。
毎年お年玉を奥様にあげているなんて、面白い?ご夫婦ですね。
まだまだ松の内までは、待ってみてはどうでしょうか?
大きな鯛が釣れるかも?
年明け早々にお越し頂き、コメントやグッドを有り難うございます!
此方の方こそ見せて頂くのを楽しみにしておりますので今後共、宜しくお願いします!
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*新年の朝は奥様にお年玉を差し上げるとはお優しいですね。
ラブラブのお二人に今年も飛躍の年となる事を願ってます。
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('_')今日からは昨年師走に遍路した高知県の札所をアップしましたので気楽な気持ちで御付き合い頂ければ幸せます。
('_')閲覧感想コメントをお待ちしていま~す!バイ・バ~ィ!!
クジラが近づく気配は見えない。