夢職で 高貴高齢者の 叫び

          

インターフォンという名のデパートか

2013年10月31日 | 日記

 宇都宮駅からシャトルバスで、FKDインターパークというアルファベットとカナカナを

組み合わせた長い名前のデパートへ行った。

息子夫婦と一緒に来ていた高齢の婦人がデパートの前で話している言葉が聞こえた。

     「ここがインターフォンか」 (^O^)

 

これを笑っている俺だって、カタカナコトバに迷ったことがあるのだ。

パソコンを始めたころ、マイドキュメント、マイピクチャ、ネットワークなどと、わけのわから

ないカタカナコトバに悩まされた。 

指導者から、今度来るときは「マイカップ」を用意するようにとメールが来たとき、パソコン

を調べてマイカップがどこにあるか探したことがあるからだ。

 

     (余談)

FKDインターパーク店から帰りのシャトルバスをベンチに腰かけて待っているとき、隣の

老紳士と雑談した。

大正15年生まれの彼は昭和20年7月に兵役に召集されたという。

18歳の若者が、学業半ばにして兵役につかなければならなかったのだ。、

毎日、地面に穴を掘り、穴に隠れて上陸してきた戦車に爆弾を背負って体当たりする訓

練を受けていたとのことである。

要するに 自爆の訓練だ。 陸上の特攻隊なのだ。 

わずか18歳の命を捨てられるところだったのか。