降版時間だ!原稿を早goo!

新聞編集者の、見た、行った、聞いた。
「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★「北海タイムス物語」を読む ❻

2015年11月30日 | 新聞

( きのう11月29日付の続きです )

小説新潮10月号から、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されていた=写真
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人デスクがいたので、札幌の北海タイムスビルに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語社会人編ともいえる同小説に注目した——の第❻回。


( 小説新潮10月号 251ページから )
七階に着くと、廊下にまでマイクの大きな訓示の声が響いていた。
「うちに来るような優秀な新入社員のなかに、まさか今年が平成二年だと思ってる者はいないだろうか。昭和二十年のあの焼け跡から続く昭和六十五年、あるいは一九四五年の世界の瓦礫から続く一九九〇年だと認識してほしい。
連綿と続く歴史の只中にわれわれは生きている❶のだ。だからこそ、君たち新入社員の胸に問いたい。日本のジャーナリズムを引っ張っていく気概はあるのか!❷」
松田さんが「萬田さん、やってるなあ」と笑った。部屋に近づくにつれ、さらにその声は大きくなっていった。
松田さんがドアの前でにやにやして僕を見て、ノブを引いた。みんなが一斉に振り返って僕たちを見た。

( 中略 )
マイクの気障男は、また話を始めた。
「北の果て、この北海道で、この北海タイムスこそ、真のジャーナリズムを継承するのです。打倒道新、打倒読売、打倒朝日、打倒毎日!❸」



❶連綿と続く歴史の只中にわれわれは生きている
平成2年=1990年=昭和65年。
〝連綿と続く歴史〟ある北海タイムス紙は8年後の1998年倒産する。
廃刊カウントダウンが始まっていることになるが、多くの新入社員採用を続けている。まだ異変は感じられない。
慢性的な経営難だったとはいえ、一部の編集幹部たちは感知していたのだろーか。

❷君たち新入社員……気概はあるのか!
「日本のジャーナリズムを引っ張っていく気概」——高らかであるが、新入社員はドン引きだったはず。
入社式の場で、社員たちを鼓舞する意味合いもあるのかもしれない(僕も同じよーな訓示を聞いた覚えがあります、笑)。

❸打倒道新……毎日
北海タイムスにとって道内ライバル紙の順番は
⑴ 北海道新聞→まぁ、順当。
⑵ 読売新聞→ほぉ、そーですかぁ……。
⑶ 朝日新聞→意外だったのは当時、朝日グループのニッカンが朝日印刷工場で刷っていなかったこと。
⑷ 毎日新聞→まぁ、順当。
(日経新聞は経済専門紙だから「打倒」しなくてもいいようですね)
「打倒」が発行部数を意味するのか論調格調を意味するのか不明だけど(→たぶん部数でしょうねぇ)、
まだバブル期(1986年12月~91年2月)だから広告ガッポガッポのイケイケドンドンだったのではないだろうか。

——というわけで、続く。

★「北海タイムス物語」を読む ❺

2015年11月29日 | 新聞

( 11月26日付の続きです。写真は、本文と直接関係ありません )

小説新潮10月号から、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されていた。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人デスクがいたので、札幌の北海タイムスビルに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語社会人編ともいえる同小説に注目した——の第❺回。

*増田俊也(ますだ・としなり)さん
1965年=愛知県生まれ。
1989年=(北大中退後)北海タイムス入社。
1992年=中日新聞に転社、中日スポーツ記者。
2006年=『シャトゥーン・ヒグマの森』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞。
2012年=『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか』(新潮文庫)で大宅壮一賞、新潮ドキュメント賞をダブル受賞。
ほかに、自伝的青春小説『七帝柔道記』(角川書店)など。
*北海タイムス(ほっかいタイムス)
1901年=北海タイムス創刊。
1942年=戦時統合で北海道新聞に統合。
1946年=道新僚紙として「夕刊北海タイムス」再刊。
1949年=「北海タイムス」に改題。
1962年=東京の日刊スポーツ新聞社と提携、日刊スポーツ北海道版を発行。
1998年=9月1日自己破産、2日廃刊。


( 小説新潮10月号 245~249ページから )
ため息をついて、町村総務局長がこちらに向き直った。
「よし、じゃあそろそろ始めようか。ええっと、誰か松田君を起こしてきてくれないか。きっとまたロビーで寝てる❶から。もう始めるから」
「下に松田君、いた?」
三十歳くらいの総務部の女性がみんなに聞いた。
「いたいた。三十分くらい前にロビー行ったら寝てた」
年配の総務部の男が言った。みんながどっと笑った。
「なんで松田が入社式に出るんだよ」
「書類上は今年の新人だからな」
「だったら写真部の猪之村(いのむら)は?」
「猪之村も出るらしい」
「ほんとに? あの老け顔で入社式?」
口々に言いあって笑っている。

( 中略 )
冷色のプラスチックタイルが敷き詰められた広い一階ロビーは、しんと静まりかえっていた。
( 中略 )
松田さんはあぐらをかきなおし、スポーツシューズの中から土だらけの靴下を引っ張り出して泥を払いはじめた。
「髪の毛にも泥ついてますけど、どうしてそんなに泥が」
「髪の毛に?」
松田さんが頭に手をやった。
しかし松田さんは気にしたふうもなく頭の泥を手で払いながら「昨日の昼は土方(どかた)❷のほう行ってたんだ」
「土方?」

( 中略 )
「あれ? 新入社員の方じゃないんですか?」
「新入社員だよ」
「ああ、そういうことか。俺、去年の秋から校閲部で先に働かせてもらってた❸んだ。で、今日の入社式から君らと一緒に研修だ」



❶誰か松田君を起こしてきてくれないか……ロビーで寝てる
入社式なのに、社屋1階ロビーで寝ている松田君はバンカラ・キャラクター(どっこい、彼は東大→ハーバード大卒というスーパー経歴なのだ)。
連載第1回なので、多彩なエピソードを交え、北海タイムスのユニークな社員たち(たぶん、モデルとなる人たちがいたと思う)の紹介なのだろう。

❷土方
新聞用字用語集「記者ハンドブック」の「差別語・不快用語」項には、
土方、土工→建設作業員・作業員
とあるけど、悪意のない小説・著作物なのでかまいません(←エラそーだな)。
ちなみに、同ハンドブックには[ 注 ]として、
「建設作業員までして」など生活に苦労したことを「◯◯までして」とする表現は、◯◯に該当する職業の軽視に受け取られるので避ける。
——注意書きしなくても、これはまぁしごく当然ですね。

❸去年の秋から校閲部で先に働かせてもらってた
新聞社には、よくあるケース。
正式入社の前、アルバイトとして校閲部で働いて、新聞製作の流れや新聞表記などを体得・見聞してもらおう、ということ。どこの新聞社でも行われていたようだ。
先行入社中、校閲部スタッフはもちろん、編集局整理部や出稿部、地方部と知り合いになれるので、入社後けっこうスムーズに仕事ができる(かも)。

——というわけで、続く。

★「母と暮せば」は2時間10分だった。

2015年11月28日 | エンターテインメント
©2015「母と暮せば」製作委員会

山田洋次(84)監督作品「母と暮せば」(松竹、12月12日公開)を試写会で観た=写真
松竹120周年記念作品で、山田監督初のファンタジー。

【邪魔にならない程度のストーリー】
1945年8月9日、長崎に原爆投下——その3年後、助産婦をして暮らす福原伸子(吉永小百合さん=70)の家に、亡くなったはずの医学生の二男・浩二(二宮和也さん=32)が亡霊となってひょっこり現れた。
「母さんが諦めが悪いから、なかなか出てこられなかったんだよ」
大喜びする母、昔の思い出を話しあう息子。だが、2人の気がかりは、浩二の恋人だった町子(黒木華さん=25)のことだった……。
《 劇作家で小説家・井上ひさしさんの、広島を舞台にした「父と暮せば」と対になる作品を、と山田監督が脚本執筆。
井上さん三女の井上麻矢さんが企画し、題字は100%ORENGE。宣伝協力はシャープ 》

▲ きれいすぎる母なのだ……
吉永小百合さん出演119本目の作品。
もの静か、おしとやか、やさしく控えめな古き日本女性像の母親役・小百合さんだけど、あまりにも完璧なので、生活感がなく感情移入しにくい面も。
(僕の中では、息子を慕う老いた母親像というと「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン」「わが母の記」の樹木希林さん=72歳=だからかも。
あ、でもサユリストにはたまらない新作ですね)

▲ とにかくよく喋る2人なのだ……
上映時間はちょっと長い2時間10分。
サユユ(小百合さん)、ニノ(二宮和也さん)の各セリフも長~~~い。
「ほら、母さん、覚えてる? 僕がスパイ容疑で憲兵に連れていかれたら、母さんが警察に来てウチの息子はスパイなんかじゃありませんってさぁ……そしたらさぁ……母さんはねぇ……でさぁ……僕は……でさぁ。あははははははははははは」
え~、こんなに喋りまくる2人だっけ?という違和感(もしかしたら元は舞台脚本だった?)
暗く、古い家屋の中だけで展開するストーリーに加え、登場人物全員が善人というのも……。
あ、でも、二宮くんファンにはたまらない新作ですね。

◎ きれいな音楽は「教授」新作なのだ
劇中に入る音楽は、とてもきれいで清潔感ある調べだった。
「教授」坂本龍一さん(63)復帰第1作で、2014年、コンサートで山田監督と吉永さんから直接音楽担当を依頼されたという。CDを買うぞ!

★「北海タイムス物語」を読む ❹

2015年11月26日 | 新聞

( きのう11月25日付の続きです。写真は本文と直接関係ありません )

小説新潮10月号から、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されていた。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人デスクがいたので、札幌の北海タイムスビルに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語社会人編ともいえる同小説に注目した——の第❹回。


( 小説新潮10月号 245ページから )
マイクの前に立つ総務局長の町村さんが腕時計を見ながら
「もう三分遅れてる。これ以上は無理だ。昨日、バケツの砂事件があって❶ばたばたしてるってのに、今日またこれだもんな。やってられんよ。だから俺は出世なんかしたくなかったんだ。現場の記者のままでいたかった❷んだ」
とぼやいた。
その瞬間、総務局の人たちが
「なにが事件ですか」「そうだそうだ」「何も起こってないのに組合問題にしてるのは会社のほうじゃないか」
と声を上げた。他の社員たちもざわつきはじめた。
「こんな場でそんなこと言うなよ」
町村総務局長が言うと、総務局の中年男が顔を赤らめた。
「こんな場で言ってるのは町村さんのほうじゃないですか!」
「わかったわかった。申し訳ない。また式が終わってから話そう」
ため息をついて、町村総務局長がこちらに向き直った。



❶バケツの砂事件があって
《 バケツの砂事件 》は、連載第1回では不明。
1960年代、とある新聞社の労使交渉が悪化し、地下の輪転機に《 砂 》がまかれた事件があったんだ、いやぁ凄えよなぁ!——と整理部大先輩から聞いたことが覚えがあるけど。

❷俺は出世なんかしたくなかったんだ。現場の記者のままでいたかった
不用意な発言だけど、町村総務局長は北海道出身の人らしく大らかで正直な人なようだ。
元記者なので〝管理側には向いていないょ俺は〟と自覚しているよう。
編集局長らがいる前でのボヤきは問題だけど、部下の「総務局の中年男」や部員らも食ってかかって詰問しているので、総務局内でもいろいろ軋轢があるのが読み取れる。局長らは、どんな顔をしていたのだろう。
大変だねぇ、町村さん…………続く。

★「北海タイムス物語」を読む ❸

2015年11月25日 | 新聞

( きのう11月24日付の続きです )

小説新潮10月号から、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されていた。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人デスクがいたので、札幌の北海タイムスビルに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語社会人編ともいえる同小説に注目した——の第❸回。

*増田俊也(ますだ・としなり)さん
1965年=愛知県生まれ。
1989年=(北大中退後)北海タイムス入社。
1992年=中日新聞に転社、中日スポーツ記者。
2006年=『シャトゥーン・ヒグマの森』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞。
2012年=『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか』(新潮文庫)で大宅壮一賞、新潮ドキュメント賞をダブル受賞。
ほかに、自伝的青春小説『七帝柔道記』(角川書店=写真)など。
*北海タイムス(ほっかいタイムス)
1901年=北海タイムス創刊。
1942年=戦時統合で北海道新聞に統合。
1946年=道新僚紙として「夕刊北海タイムス」再刊。
1949年=「北海タイムス」に改題。
1962年=東京の日刊スポーツ新聞社と提携、日刊スポーツ北海道版を発行。
1998年=9月2日廃刊。


( 小説新潮10月号 245ページから )
「野々村さんですか?」
僕が肯く❶と「これを胸につけてください」とラミネートされた名札を胸につけてくれた。よく見るとその女性だけでなくみな名札をつけていた。
司会役の男性の名札には《 総務局長・町村真一郎 》と印字されていた。
部屋は高校の教室三つくらいの広さがあるのでホールといってもいい。

( 中略 )
上座には《 寿 》《 祝 》《 平成二年度北海タイムス社入社式 》❷と墨書された三枚の大きな紙が貼られ、その前方に一段高い雛壇が置かれていた。
( 中略 )
そこから一段下がった床にはパイプ椅子が右に七つ八つ、左にも七つか八つあって、右のほうには中年の男たちが座っていた。
名札には《 編集局長 》《 編集局次長 》《 社会部長 》《 論説委員長 》❸などの肩書きがあるので編集幹部たちだ。


❶肯く
新聞用字用語集「記者ハンドブック」では、
(頷△く・肯△く)→うなずく
記事ではなく著作物なのでかまいません(←何を言いたい?)

❷《 平成二年度北海タイムス入社式 》
平成2年=1990年。
北海タイムスが経営難➡︎自己破産するのは1998年9月だから、この時期にはそれなりの兆しはあったのだろうか………。
小説では後述、
「今年の大卒新入社員は全部で十二人、そのうち編集局付で採用された記者職が八人、残り四人のうち二人が広告局、一人が販売局、一人が総務局に配属」
とあるが、制作局や印刷局の高卒採用人数には言及していない。
当時は不明だけど、北海タイムスでは日刊スポーツ北海道版も刷っていたのだから、オフセット印刷部門はすでに別会社化していたのかも。

❸《 編集局長 》……《 論説委員長 》
▽編集局長=1
▽編集局次長=1~2(推定。普通は複数)
▽社会部長=1
▽論説委員長=1
整理部長、校閲部長はお呼びでない(苦笑)のは当然だけど、
北海タイムス社長、副社長をはじめ、広告局長、販売部長はいらっしゃったのかもしれない。
————続く。

★「北海タイムス物語」を読む ❷

2015年11月24日 | 新聞

( きのう11月23日付の続きです。写真は本文と関係ありません )

小説新潮10月号から、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されていた。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人デスクがいたので、札幌の北海タイムスに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語社会人編ともいえる同小説に注目してみた。


( 小説新潮10月号 243~244ページから )
「何キロって、もう何キロもないですよ。ほら、向こうの方にもう建物見えてるよ」
「どれ? どれですか?」
「あれです。あの背の高い建物。八階建てか九階建ての背の高い建物が向こうに小っちゃく見えるでしょう、一、二、三、四、四つめの交差点の左角に。三〇〇メートルくらい先。あれが北海タイムス❶」
運転手が指さした。
「あの白い建物ですか?」

( 中略 )
僕はそのまま雪が解けた❷歩道へ飛んで、会社へ走った。
耳が冷えて氷のようになっていく。道行く人たちがみんなこちらを見ていた。東京を出るときに整えてきた髪が乱れていく。
だからこんな街に来たくなかった❸んだ——。
建物へ近づくにつれ、入社試験のときのことを思いだした。入社式会場は七階だ。



❶八階建て……北海タイムス
知人デスクがいた日刊スポーツ北海道に、どうやって行ったのか忘れちった。8、9階建てとあるから、当時としては高層ビル。
北海タイムス社屋の一室に日刊スポーツ北海道の編集室があり、
「打倒!道新スポーツ!」
「キメ細かく大胆な紙面レイアウト!」
ドーンと張り紙があった。北の地でもニッカンイズムである。
築地の東京本社からニッカンを丸ごとファクシミリ受信し、北海道版を加え、地下のタイムス輪転で刷っていた(記憶がある)。
請け負い(=賃刷り)で日刊紙2紙を刷っていたのだから、タイムス、ニッカン両紙そんなに部数は多くなかったのではないか(←失礼だね、きみ!)。

❷雪が解けた
新聞用字用語集「記者ハンドブック」では、
雪解け、雪・氷を解かす[ 自然現象 ]
だから、さすが新聞社出身だなぁ、と思っちゃう(←何が言いたい?)。

❸だからこんな街に来たくなかった
「こんな街」は札幌。
小説の野々村青年は、早稲田大学教育学部出身に設定されていて、新聞社だけ21社受けていた。後述に
「北海タイムスに来たということは、第一志望第二志望などに連敗したことを意味する」
とあった。…………う~む。続く。

★「北海タイムス物語」を読む ❶

2015年11月23日 | 新聞

小説新潮10月号から、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」(写真)が連載されていた。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人デスクがいたので、札幌の北海タイムスビルに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語社会人編ともいえる同小説に注目してみた。

*増田俊也(ますだ・としなり)さん
1965年=愛知県生まれ。
1989年=(北大中退後)北海タイムス入社。
1992年=中日新聞に転社、中日スポーツ記者。
2006年=『シャトゥーン・ヒグマの森』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞。
2012年=『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか』(新潮文庫)で大宅壮一賞、新潮ドキュメント賞をダブル受賞。
ほかに、自伝的青春小説『七帝柔道記』(角川書店)など。

*北海タイムス(ほっかいタイムス)
1901年=北海タイムス創刊。
1942年=戦時統合で北海道新聞に統合。
1946年=道新僚紙として夕刊北海タイムス再刊。
1949年=「北海タイムス」に改題。
1962年=東京の日刊スポーツ新聞社と提携、日刊スポーツ北海道版を印刷・発行。
1998年=9月2日廃刊。


( 小説新潮10月号「北海タイムス物語」243ページから )
いつまでたってもタクシーは歩くようにしか進まない。その横を、路面電車が二台続けて追い抜いて❶いった。
(中略)
僕はいらつきながらまた腕時計を見た。すでに九時五十分をまわっていた。
「これじゃ何のためにタクシーに乗ったのかわからないじゃないですか。さっきから何度も言ってるように入社式❷なんです。遅れるわけにはいかないんです」
僕が声をあげると、運転手がルームミラーのなかでこちらを見た。
「前が詰まってて行けないんです。見りゃわかるっしょ。朝、急に雪が降っちまったから」
窓からは、雪をかぶった山脈が延々と連なっているのが見える。四月に雪が降るとか氷点下とか、この街はどうかしている。

(中略)
一年間だけだと決めていた。この札幌でがむしゃらに記者として修行を積む❸しかない。でも、今日遅れたら、あとあと面倒なことになるのは目に見えていた。


❶路面電車が二台続けて追い抜いて
小説はベルリンの壁が崩壊した1989年の翌年、1990年4月に設定されている(同時期、札幌では路面電車が走っていたのかぁ。知らなかった)。
増田青年(小説では野々村)は、
「地下鉄西十一丁目駅近くの北海タイムス新聞社」
に向かっているが、朝がたの雪でタクシーが進まないようだ。
午前10時スタートの入社式まで、あと10分じゃん。

❷入社式
「平成二年度」入社式とある。
北海タイムスが倒れるのは8年後の1998年だから、まだ新入社員募集をかけていたようだ。

❸一年間だけだと……修行を積む
増田青年には「大志」があった。
1年間だけ、北海道で新聞記者の経験を積み、再び全国紙を受け直して内定を取る。
すべてはキャリアアップのため・腰かけ・踏み台、と割り切っていた。
青年らしく、清々しいほどの上昇志向だけど、どっこい————続く。

★『トリダシ』の新聞社を読む (63)

2015年11月21日 | 新聞

( 11月19日付の続きです )

スポーツ新聞の舞台裏を活写した、本城雅人さん(49)の新刊小説『トリダシ』(文藝春秋、本体1,750円)=写真
同小説は、
「四の五の言ってねぇで、とりあえずニュース出せ!」
を口癖にしている、東西スポーツ野球部デスク・鳥飼義伸(とりかい・よしのぶ=44歳)が主人公の連作集。
第4話「裏取り」から、新聞社編集局や同整理部に関係する描写に注目してみた。


( 193ページから )
「しかし今回の誤報で露崎が飛ぶかと思ったら、まさか自分が飛ばされるとは思わなかった❶よ」
「聞いたよ。大阪だってな。❷だけど社会部で良かったじゃねえか。おまえに経済は似合わねえよ」
「ああ、また事件を追えるのが唯一の救いだ」
大阪社会部次長の内示が出た。おそらく三年は帰ってこられないだろう。次長の肩書き❸は付いているが、大阪には大阪の順番がある。❹これで同期で最初に部長になる道は途絶えたに等しい。
「鳥飼、おまえの言う通りだったよ」
「言う通りって、なにがだよ」
「飛ばされた時、真っ先に味方の顔をして近寄ってきたヤツが、飛ばした張本人だと言ってたじゃないか。経済部長から異動を告げられたら、すぐに露崎が飛んできて『俺は反対したんだが、大阪のテコ入れのためにおまえを出すって局長が聞かなくてな』と言われたよ」
「露崎は気が小せえからな。おまえに恨まれる前に言い訳をしておきたかったんだろ」



❶今回の誤報で……飛ばされるとは思わなかった
共同ピーポのアナウンスが流れるなか、次第に部員が出社しはじめ、騒がしくなってきている東西スポーツ編集局。
スクープと誤報に関わったデスク2人が呟いているシーン。
湯上記者は、局次長を「露崎」と言い捨てている。対する鳥飼デスクの、ぞんざいだが温かみある受け答えがいい。

ちなみに「誤報」は、本城作品の中ではキーワード(と思う)。
次作長編『ミッドナイト・ジャーナル』(講談社から来年2月発売予定)は、ある新聞社の誤報から始まる。買わなきゃ!

❷大阪だってな
東西新聞の規模は不明だけど、湯上記者は入社以来東京本社勤務だったようだ。
一から取材ルートをつくらなきゃならないので大変かもしれないけど、
裏表のない湯上記者なら、すぐ東京に戻れるって!(←僕が言っても仕方ないけど)

❸肩書き
新聞用字用語集「記者ハンドブック」では、
かたがき=肩書
に表記統一(つまり「き」トル)とあるけど著作物だからOK(何が言いたい?)。

❹大阪には大阪の順番がある
同じ新聞社とはいえ、それぞれの本社には人事の順番があるということ。あるあるある。
まぁ~、各本社で人脈を広げられると思えば、いいんじゃないの、湯上記者。

第4話「裏取り」編は終了。

★モンブランM「初」づくしなのだけど……

2015年11月20日 | 新聞

「手書きの文字は、その人を表します」=
だから(?)MONT BLANC(モンブラン)の新作を見た。
モンブランM(エム)=写真右
あのモンブランが初めて外部デザイナーのマーク・ニューソンとコラボしたもの。
プロダクトデザイナーのニューソンらしい切れ目のない滑らかな流線型が映え、従来のマイスターシュテュック、スターウォーカーシリーズとは異なっていた。
最近、機械式高級腕時計やバッグ、アクセサリー、フレグランスなどバンバン出して、モンブランなんだかやる気まんまんなのだけど……。

「M」改善を求む❶
キャップを閉めるとき「カチッ」。
モンブラン初のマグネット式キャップで、水平時に軸とキャップのシンボルマークがピタリ揃うデザイン。
几帳面である。
……だけど、このマグネットが曲者で、
「携帯するとき、磁場がクレジットカードやデジタル機器に影響を与えることがあります。15cm離すようにしてください」
15cm離して持ち歩け、とな……改善を求む。

「M」改善を求む❷
ブラック・プレシャスレジン製の尻軸部分がプラトー(平面)になって、スターマークが刻印されていた。
カッコいい。
……だけど、書くときにキャップが尻軸に「入らない」設計になっていて、キャップを紛失してしまいかねないのだ……改善を求む。

「M」改善を求む❸
廉価版シリーズなのか 税別40,000円台から。
水性ローラーボール、水性ファインライナー、油性ボールペンは 47,000円で、
カートリッジ式万年筆でも 66,000円だから、平気な顔して数百万円の万年筆を出すモンブランとしてはかなり抑えた値段設定。
……だけど、従来のリフィル(替え芯)が使えるのは油性ボールペンのみで、他の水性シリーズのリフィルは新設計なためか 1,600円ぐらい……高くね?(⤴︎語尾上げ)。改善を求む。

*文字は人を表す
活版組み版時代の新聞社整理部の先輩たちは皆、ほれぼれするほど達筆だった。
やはり見出しやエトキなど、すべて手書き入稿だったからか。
なかには、ゲラに朱色のつけペンで赤字を入れている大先輩もいてビックリした。
ただ、トンチンカンな見出しをつけ、バタバタして降版遅れごとに
「かぁ~、入稿が遅いんだよな!」
と毒づいている人ほど綺麗な文字だったから、「字は人を表す」とは必ずしも言えないのでは(笑)。

★『トリダシ』の新聞社を読む (62)

2015年11月19日 | 新聞

( きのう11月18日付の続きです )

スポーツ新聞の舞台裏を活写した、本城雅人さん(49)の新刊小説『トリダシ』(文藝春秋、本体1,750円)=写真右
同小説は、
「四の五の言ってねぇで、とりあえずニュース出せ!」
を口癖にしている、東西スポーツ野球部デスク・鳥飼義伸(とりかい・よしのぶ=44歳)が主人公の連作集。
第4話「裏取り」から、新聞社編集局や同整理部に関係する描写に注目してみた。


( 192~193ページ )
「俺は事実を言っただけだ。自分で取ってきたネタなら部下の名前は出さない」
スポーツ紙のことを馬鹿にしている露崎の前だから、東西スポーツにも優秀な記者がいると言いたかった❶、あの瞬間はそう感じたが、そんな深い理由はなかった。
記者が必死になって取ってきたネタだから譲れない❷——鳥飼が言いたかったのは、そういうことなのだろう。

( 中略。僕注=露崎は、一般紙・東西新聞の編集局次長。社会部長時代、鳥飼と一戦交えて以来、敵視している )
「うちは、おまえに必ず連絡をすると協定を持ち掛けながら、裏切ってしまったしな」
「別に構わねえよ。こっちも端から約束を守るつもりはなかったからな」
今度は冗談で言ったのか本気で言ったのか見当がつかなかった。こっちが裏切って正解だったのかもしれない。
子会社にコケにされたら、露崎だけでなく、もっと上の重役までが怒り狂っていた❸だろう。
湯上は紙コップを握った。鳥飼の好みに合わせて自分のもブラックにした。見るからに苦そうな紙コップの中身を見つめて呟いた。
「しかし今回の誤報で露崎が飛ぶかと思ったら、まさか自分が飛ばされるとは思わなかったよ」
「聞いたよ。大阪だってな。だけど社会部で良かったじゃねえか。おまえに経済は似合わねえよ」
「ああ、また事件を追えるのが唯一の救いだ」



❶スポーツ紙のことを馬鹿にして……優秀な記者がいると言いたかった
湯上・経済部デスクはいったんは不遇をかこつが、おそらくラインに戻るはず(それも短期間のうちに。裏表のないデスクは自然と人望を集める)。
アウトローな鳥飼に対し、緻密派の湯上を立てたというキャラクター構成が光る。

❷記者が必死になって取ってきたネタだから譲れない
部下を信頼し、部下を護ろうとする男気あふれる熱血デスク鳥飼!
……なのだが、対整理部ではちょっと困る出稿デスクなのだ(→9月1日付29回みてね)。本城さん、整理部勤務はほんの短期間だったようだ。

❸子会社にコケ……怒り狂っていた
ほぉ~、そうなんですかねぇと感じたところ。
子会社のスポーツ紙に抜かれて、一般紙の局次長、局長、重役まで「怒り狂う」かなぁと思ったけど、そこは小説だから…………。

❹ブラックに……見つめて呟いた
ブラック——湯上の苦渋に満ちた内面に導く、この描写は効いているなぁ。じわっと来る。