降版時間だ!原稿を早goo!

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「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★「北海タイムス物語」を読む ❺

2015年11月29日 | 新聞

( 11月26日付の続きです。写真は、本文と直接関係ありません )

小説新潮10月号から、増田俊也さん(50)の「北海タイムス物語」が連載されていた。
僕は以前、北海タイムスと提携していた「日刊スポーツ北海道」に知人デスクがいたので、札幌の北海タイムスビルに何回か行ったことがあった。
というわけで、増田さんの青春物語社会人編ともいえる同小説に注目した——の第❺回。

*増田俊也(ますだ・としなり)さん
1965年=愛知県生まれ。
1989年=(北大中退後)北海タイムス入社。
1992年=中日新聞に転社、中日スポーツ記者。
2006年=『シャトゥーン・ヒグマの森』で「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞受賞。
2012年=『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか』(新潮文庫)で大宅壮一賞、新潮ドキュメント賞をダブル受賞。
ほかに、自伝的青春小説『七帝柔道記』(角川書店)など。
*北海タイムス(ほっかいタイムス)
1901年=北海タイムス創刊。
1942年=戦時統合で北海道新聞に統合。
1946年=道新僚紙として「夕刊北海タイムス」再刊。
1949年=「北海タイムス」に改題。
1962年=東京の日刊スポーツ新聞社と提携、日刊スポーツ北海道版を発行。
1998年=9月1日自己破産、2日廃刊。


( 小説新潮10月号 245~249ページから )
ため息をついて、町村総務局長がこちらに向き直った。
「よし、じゃあそろそろ始めようか。ええっと、誰か松田君を起こしてきてくれないか。きっとまたロビーで寝てる❶から。もう始めるから」
「下に松田君、いた?」
三十歳くらいの総務部の女性がみんなに聞いた。
「いたいた。三十分くらい前にロビー行ったら寝てた」
年配の総務部の男が言った。みんながどっと笑った。
「なんで松田が入社式に出るんだよ」
「書類上は今年の新人だからな」
「だったら写真部の猪之村(いのむら)は?」
「猪之村も出るらしい」
「ほんとに? あの老け顔で入社式?」
口々に言いあって笑っている。

( 中略 )
冷色のプラスチックタイルが敷き詰められた広い一階ロビーは、しんと静まりかえっていた。
( 中略 )
松田さんはあぐらをかきなおし、スポーツシューズの中から土だらけの靴下を引っ張り出して泥を払いはじめた。
「髪の毛にも泥ついてますけど、どうしてそんなに泥が」
「髪の毛に?」
松田さんが頭に手をやった。
しかし松田さんは気にしたふうもなく頭の泥を手で払いながら「昨日の昼は土方(どかた)❷のほう行ってたんだ」
「土方?」

( 中略 )
「あれ? 新入社員の方じゃないんですか?」
「新入社員だよ」
「ああ、そういうことか。俺、去年の秋から校閲部で先に働かせてもらってた❸んだ。で、今日の入社式から君らと一緒に研修だ」



❶誰か松田君を起こしてきてくれないか……ロビーで寝てる
入社式なのに、社屋1階ロビーで寝ている松田君はバンカラ・キャラクター(どっこい、彼は東大→ハーバード大卒というスーパー経歴なのだ)。
連載第1回なので、多彩なエピソードを交え、北海タイムスのユニークな社員たち(たぶん、モデルとなる人たちがいたと思う)の紹介なのだろう。

❷土方
新聞用字用語集「記者ハンドブック」の「差別語・不快用語」項には、
土方、土工→建設作業員・作業員
とあるけど、悪意のない小説・著作物なのでかまいません(←エラそーだな)。
ちなみに、同ハンドブックには[ 注 ]として、
「建設作業員までして」など生活に苦労したことを「◯◯までして」とする表現は、◯◯に該当する職業の軽視に受け取られるので避ける。
——注意書きしなくても、これはまぁしごく当然ですね。

❸去年の秋から校閲部で先に働かせてもらってた
新聞社には、よくあるケース。
正式入社の前、アルバイトとして校閲部で働いて、新聞製作の流れや新聞表記などを体得・見聞してもらおう、ということ。どこの新聞社でも行われていたようだ。
先行入社中、校閲部スタッフはもちろん、編集局整理部や出稿部、地方部と知り合いになれるので、入社後けっこうスムーズに仕事ができる(かも)。

——というわけで、続く。