降版時間だ!原稿を早goo!

新聞編集者の、見た、行った、聞いた。
「降版時間」は新聞社整理部の一番イヤな言葉。

★他紙綴じ込みを見るだけエラいのだ。

2014年03月31日 | 新聞

【 3月29日付の続きとゆーか、番外編とゆーか。
写真は、本文と関係ありません 】

「他紙の動きや紙面構成を、よくチェックするよーに」
とわざわざ言わなくても、
新人くんたち( 前出Uくん・Kくん )が他紙綴じ込みを見ていただけでも
「やるじゃん!」
と思った。

新聞社はどこでもそーだけど、一般紙・スポーツ紙・夕刊紙( ほかに必要に応じて政党紙も )は交換紙を含め、綴じ込みをつくっている( と思う )。

新聞全紙無料、読み放題なのである。
週刊誌、雑誌も( あれば )読み放題なのである。
コーヒーも飲み放題なのである。
たばこも吸い放題なのである( 喫煙室でね )。
テレビも、ラジオも、パソコンも見放題・聞き放題なのである。
コピーもご自由にどーぞ、なのである。
ボールペン、赤ペン、メモ用紙もご自由にどーぞ、なのである。
おまけに、通信社からの最新ニュースもどーぞ、なのである(笑)。
…………ネットカフェより、はるかにサービスが充実しているのである( かな? )。

あぁ、それなのに、それなのに。
新聞社に勤めていながら、他紙を見ない人がとても多ーい、のである。
だから、朝刊打ち合わせ( いわゆる、お立ち台 )で、メーンデスクが
「A紙とB紙に出ていたが、コレの続報を左肩に……」
と言っても
「………はぁ?」
な人が多いのである。

自分が担当した記事を
( どう見出しをつけたか・どう組んだか )
前日、他紙の同業者はどう処理したのか、チェックすべきではないだろーか、と思うのであります、ドンッ( ←机を叩く音 )。
他紙をチェックしていると、意外な掘り出しがあることもあるので、必ず社に上がったら見ましょう( ←哀願 )。



(・ω・)ノ

★そうか、整理部はハズレなのか③止

2014年03月30日 | 新聞

【 きのう3月29日付の続きです。
写真は本文と直接関係ありません 】

実話なんです。
僕たち整理部に配属されて2カ月ほど経った新人くんたちの、なにげない会話を聞いてしまった僕と整理部デスクは、衝撃を受けて立ち上がれなかった( ←本当はロッカーの陰で腹をかかえて爆笑寸前でした )。
「ここ( 整理部 )、ハズレかもな」

……そうか、整理部はハズレの部なのか。
……そうか、整理部はハズレの部なのか。
( ←エコー、城山三郎さん風 )。
僕たちは、新人くんたちの仕事の飲み込みのはやさに
「おお! 久しぶりにアタリの新人が来てくれたぜっ」
「整理部、バンザイ!」
「人事部、ありがとう!」
と思っていたんだけどね。

編集局長と整理部長からカンパ数万円をふんだくり、整理部有志で最終版終了後にタクシーを飛ばして新宿( 東京 )まで大歓迎会に行ったのだけどねえ。
あの夜の、新人くんたちの
「新聞レイアウトやったるぜっ自信満々所信表明」
挨拶は………。
まあ、世の中こんなものでございます。

それにしても、ハズレとは言い得て妙なり。
爆笑。



( ̄^ ̄)ゞ

★そうか、整理部はムニャムニャなのか②

2014年03月29日 | 新聞

【 きのう3月28日付の続きです。
写真は本文と直接関係ありません 】

実話なんです。
ある年、僕たち整理部に男性新人K、Uくん2人が配属された。
僕が鬼の教育係を拝命し(笑)、新聞社整理記者としての心得、仕事のポイント&手の抜き方などをレクチャーしていたが、
早めに出社した、とある初夏の日、なにげなく耳にしてしまった2人の会話に凍りついてしまった。

配属され仕事に慣れたであろう、2カ月ほど経った、とある初夏の午後。
整理部部長席。
部長席わきにある他紙綴じ込み【 注・下段 】に目を通していた新人くん2人がボソボソ話し合っていた。

Uくん「あのさぁ、寮で▽▽部に配属された△△に会ったんだけど、忙しそうにしてたよ」
Kくん「▽▽部は忙しそうだもんな……外回りは大変だよ」
Uくん「ウチの社、初めの配属先で、その後の進路が決まることが多いらしいよ………幹部候補だと、やっぱアノ部とかさぁ」
U・Kくん「…………ここ( 整理部 )ハズレだったかもな……」


「ここ、ハズレだったかもな……」
!!!!!!!!( 頭の中でエコー )
整理部は、ハズレ!ハズレ!ハズレ!
ハズレの部なのかぁ、僕たち整理は………… _| ̄|○ ガクッ
長くなったので、さらに続く。

【 他紙綴じ込み=たしとじこみ 】
バイトの女の子が毎日、一般紙から夕刊紙ゲンダイまで、新聞ごとに最終版をホルダーに綴じている。
自紙は前夜の立ち上げ初版から途中のカラー版・モノクロ版を含め、
( ↑ ある時期、どこの新聞社もサテライト印刷センターの増開設などで、同じ版でありながら配達エリアによってカラー印刷新聞、モノクロ印刷新聞に分かれざるを得ないことがあった。
これ、かなり複雑なので後日書こうかな、と )
取り直し☆版、最終版の新聞を綴じ込んでいる。
これがないと、自紙の記事間違いがあった場合、
「えーと、B版には間違い記事を入れたから『訂正』を入れてぇ、と。
おっとぉ、C版では記事を入れなかったから『訂正』を外す、と」
関係ない版まで「訂正」を入れたりすることがあるので、かなり重要なのだ。



(^O^)/

★そうか、整理部はムニャムニャなのか①

2014年03月28日 | 新聞/小説

【 写真は本文と関係ありません 】
もうすぐ4月。
以下は、以前あった実話。

社の取材ヘリコプターに試乗したり( ←僕は高いところが苦手なのでパスしたけどwww )、
支局で取材同行したり、
新聞販売店で数週間ほど配達体験などしたりして、
よーやく本社に配属された新人記者クンたちの、なにげなく聞いてしまった話に、整理部デスクとともに僕たちは衝撃を受けてしまったのである…………。


ある年、整理部に男性2人が配属されてきた。
20代前半の初々しい新人なんて超ひさしぶり( ←中途採用、経験者採用はたまにあって、だいたい20代後半~30代だから )。
編集局長からの配属挨拶に、バイトの女の子たちは一生懸命パチパチパチパチ拍手してる。嬉しそう。
………悪かったね、おじさんばかりの集団で。だはははははははははははははは。

ということは、さておき。
僕が教育係になって、
紙面打ち合わせ、社食( 社員食堂 )での食券の使い方、
紙面レイアウト・出稿・大組み( ←当時は社の設備計画投資の遅れで、まだ活版 )の仕方を教えたり、
「よろしくねぇ、大組み池さん。彼は今度ウチに来た新人くんでーす」製作局スタッフと顔つなぎしたり、
立ち上げ版から最終版までの版制、降版の仕方、他紙の読み方、煙草の吸い方・消し方(笑)、最終版以後のサントリーオールドの飲み方…………
などなどなど、担当面を組みながら、ひぃひぃ教えていた。

え~、ゴッホン。よぉく覚えるよーに。
「新聞を組む単位は『1倍』という1段15文字時代の活字サイズで、
縦88ミルス=8U( ユー=ユニットの略 )です( メモしとけよ )。
行間には55、33があり、入力センターに出すときモニターで指定します」
「画像部に出稿するときや製作局に出す見出しも、この倍数を使います」
え~、ゴッホン。
「このよーに、紙面真ん中あたりに写真など置くようなレイアウトが、新聞割り付けでは良いとされるので、心がけましょうね」
云々と、偉そうに教えていたのが恥ずいのでございます。
たまに、忙しくて
「わりぃ~、自販機でコーヒー2つ買って来てくれぇ」
なんて頼んでしまったのも恥ずいのでございます。
ガタイのいい新人くんだったから、2人で机に並ぶと狭くて狭くて………。

新人Kくん、Uくん、なかなか覚えがいいので、
「今年の新人はアタリかもね~」
なんて、僕たち古株整理は「油断」してしまった。
ところがどっこい。
早く出社したある日、なにげなく耳にした二人のムニャムニャ話に、整理デスクと僕は「衝撃」を受けてしまったのであった。
長くなったので、続く~。



(・ω・)ノ

★ところが1本だけ満開桜=早春京都編②

2014年03月26日 | 新聞/小説

【 きのう3月25日付の続きです 】
大阪・高槻での所用を終えてから、桜は咲いているのかなぁと立ち寄った京都。
祇園甲部の愛人( ←1度言ってみたかっただけ )と駆け足で六角堂、京都御苑、鴨川、岡崎疏水の桜を見て回ったけど、まだ蕾だった( 24日現在 )。

と、と、ところがどっこい、1本だけ満開の桜があった!
洛中最速の満開一本桜!
御池通の御池中学校・創生館ビルの西角( ←もっと分かりやすく言えば、朝日新聞京都総局前 )に、けなげに1本だけ咲き誇る「御池桜」=写真
満開どころか、花びらがはらりはらりと春風に舞っていたから、ほんのちょっとだけ桜吹雪を味わえたのおすえ( ←毎度おーきに、ニセ京ことば……堪忍しておくれやす )。
ウェザーマップによると、大阪・京都の開花予想はきょう26日。

上り新幹線に飛び乗るため、京都駅で慌てて買った朝日新聞夕刊( 大阪本社版 )には
「夕刊・関西発100年」
のカットタイトルが躍っていた。
東京版とは、かなり違うみたい。
面白そうだから、よく読んでから後日書こうかな、と。



(^O^)/

★京都の桜は……まだ蕾どすえ=早春編①

2014年03月25日 | 新聞/小説


大阪・高槻で知人の葬儀があった帰り、京都・祇園のレコ( ←小指 )……じゃなくて愛人……じゃなくて知人と、ポカポカ陽気の市内を歩きまわった。
「桜開花なう」は、どーなのだろう?

京都市内でも早咲きと言われる中京区・六角堂の御幸桜( みゆきざくら )は、まだ蕾がほころんだくらい。
そして、烏丸通りを北上した御所の桜は七分ほど咲いていた=写真
京都御苑の梅林、桃林はいずれも満開。
御苑を抜け、今出川通りを出町柳方面に向かい、鴨川に出た。
川端通り沿いの桜は、ようやく蕾がお目覚めどすえ( ←ニセ京ことば、えらい堪忍しておくれやす、笑 )。

………というわけで、京都市内の桜は蕾状態がほとんどおすえ。
「今年も来週~4月初旬までが見ごろやないかしらん。巽橋の桜がよろしいわぁ」
と愛人………じゃなくて知人。
京都の桜、お楽しみはこれからどすえ。



(≧∇≦)

★新聞を鉛活字&活版で組んでいた頃(73)

2014年03月24日 | 新聞

【 1カ月前の2月23日付の続きです。
写真は本文と関係ありません 】

ついつい最近まで、新聞は鉛活字・活版で組んでいたのだよ────後世に書き遺しておかねばならぬ!の第73回。

番外編「CTS始動・前夜編」として
「1990年代初頭、とある新聞社の製作局はこうして活版時代の幕を閉じた」
について、僕自身が忘れないうちに書いておきます、の Part 43。

【 CTS=Computerized Type-setting System( 新聞コンピューター組み版・編集 )。シー・ティー・エス。
1960~80年代、朝日新聞社、日本経済新聞社の2社が主導、日本IBMが技術協力して開発した。
日本経済新聞東京本社は1978年にアネックスシステムを、朝日新聞東京本社は1980年にネルソンシステムをそれぞれ全面稼動した。
その時つくられたソフトの一部は、パソコンの文字訂正などに転用されている

▼ フルページネーションCTS全面始動まで整理します

だらだら書き連ねてきたため(笑)自分でも分かりにくくなりました。
あらためて新聞組み版の変遷を整理しなくてはーーーーー( 上記と一部重複しますが )。

今から34年前の1980年。
朝日新聞東京本社が築地新社屋( 東京・中央区 )完成とともに、フルページネーション型「ネルソン」を本格稼動させた( 大阪本社は88年 )。
ネルソンは新聞発行の上流( 出稿・編集 )~下流部門( オフセット印刷・コンピューター制御による配送 )までを一新させた画期的新聞発行システム。

朝日ネルソン始動の2年前の78年には、鉛活字組み版を終了させ、CTSで新聞編集していた日本経済新聞東京本社「アネックス」が稼動していた。
( 朝日新聞社は、電算機による新聞編集システムを独自に研究し、1966年には実用化していたと言われているが、
ネルソンまで10年以上かかっているから、CTS計画がいかに困難を極め、巨額の費用を必要とする、社運をかけた巨大プロジェクトだったかが分かる )

▼ 整理部の大先輩がたに最敬礼なのだ

朝日・日経2社のプロジェクトX( ←古い )がなければ、今ごろ僕たちの新聞編集はどうなっていたのだろーと考えてしまう。
「縦組み日本語の記事を流し、数時間おきに組み替えて編集・発行するシステムをつくりあげるのは、
人間を月に運ぶことより、はるかに難しいプロジェクトだ」
と一時はCTS開発計画中止の危機もあったなか、IBM本社にCTSプロジェクトの重要性を訴え続けた日本IBM、
さらに朝日・日経2新聞社の製作局技術陣、
そして2社の整理部の大先輩かたがたの尽力にあらためて感謝を申し上げたいのであります。
m(__)m ペコリ

…………ありゃ、長くなったので続く。




(≧∇≦)

★日本橋の桜は…咲いてません。

2014年03月23日 | 新聞/小説


日本橋の愛人( ←1度いってみたかっただけ )と再開発&大工事中の三越( 東京・中央区 )界隈に出かけた。
東京駅大丸、さくら通り、丸善日本橋店、日本橋髙島屋、山本山を抜け、新装コレド室町2・3、YUITOに行った。

京都でおなじみの「川床」も日本橋川の河川敷にできたのでのぞいたが、混雑していたので
「てやんでぇ~、こちとら江戸っ子よぉ、かぁ~残念だねぇ~、また来らぁ~」
だったのでございます。

東野圭吾さんの『麒麟の翼』( 講談社文庫 )の舞台になったためだろうか、首都高速都心環状線下の麒麟像下には多くの人がいた。
愛人( ←1度いってみたかっただけですから… )とスルガ銀行前の小公園にある桜を見上げたけど、ようやくつぼみがお目覚め状態=写真
東京は来週25日( ウエザーマップ )ごろが開花予想だけど、間に合うのかしらん。


(=゜ω゜)ノ

★小説の中の新聞社を歩いた①

2014年03月22日 | 新聞/小説


たぶん、この小説が今のところ「現在の新聞社なう」を描写していると思う。
( 地方新聞記者30代新鋭作家が書いたミステリーも読んだのだけど、後日書こうかな、と )

『虚報』( 堂場瞬一さん、文春文庫、本体676円=写真 )の中で、新聞社整理部に言及しているところがある。
堂場さんは読売新聞在社時代、下記のような体験があったのかもしれない。

東京・銀座に社屋のある東日新聞東京本社。
社会部遊軍記者の市川(42)は遅版時間帯に、長野支局後輩の長妻(28)を呼び出し、社食( 社員食堂 )に向かった。
ちょうど、村井という製作局員と出合ったシーン。
( 以下、本文から引用します )

「何だい、若い記者に悪いことを教えてるのか」
「勘弁して下さいよ、村井さん」市川が慌てたように右手を振った。「そんな、人聞きの悪い」
( 中略 )
村井が拳を倒して、親指で市川の方を指しながら説明する。
「この人( 僕注・市川遊軍記者のこと )とはね、俺が組み版のオペレーターをやってる時に散々やり合ったんだよ。あんたぐらいだよ、イッチャン、毎日オペレーター室に押しかけて、自分の原稿の組み方に文句をつけてたのは」
「村井さんとやり合ったわけじゃないでしょう」市川が反論した。「俺は整理の連中に文句をつけてただけですよ」
( 中略 )
長妻は思わず訊ねた。
「毎日オペレーター室に押しかけたって、本当ですか」
「十年も前の話だよ。
俺は、基本的に整理の連中を信用してないからね。あいつらは紙面の割り付けをして見出しをつけるのが仕事だけど、よくポイントを外した間抜けな見出しをつけるんだ。すくなくとも俺の原稿は、そんな風に扱って欲しくなかったからな。
……さて、邪魔が入っちまったけど、本題だ。これを見てくれ」
( 後略 )


「あいつら整理の連中」の一人として、
……………とても、かなり、すごく、激しく耳が痛いセリフでございます。
でも、出稿記者がCTS組み版室( たぶん読売CTS「パーフェクト」 )に乗り込み、製作局オペレーターと組み方や見出しを直してしまうのは、大事故のもとであり、編集局としていかがなものか、と。
( 普通、製作局オペレーターは整理部記者が立ち合わないと、レイアウトや見出しは「絶対に直さない」と思うけど、東日新聞社はいいのでしょう…… )。



(=゜ω゜)ノ

★上下真っ二つ紙面の先駆は……。

2014年03月21日 | 新聞/小説

【 写真は本文と直接関係ありません。
3月16日付の続きというか、関連というか…… 】

昨年末の社告を見て、知人( 注・中年、笑 )の整理と話した。
昨年2013年12月29日付の東京新聞( 中日新聞東京本社発行 )
「1月から新紙面/紙面構成の改革概要」
( ↑ 概要とは論文みたいですねぇ…… )
という社告の、ある部分を見て
「あれ、これって、インテリジェントブルー題字に変えた、1991年の毎日新聞と似てね( ↑ 語尾上げ )」

東京2面社告「新年もっと読みやすく」を見ると( 以下、抜粋です )
▽「文字が大きく」縦に2.8%拡大、扁平から正方に近い活字に。
▽「1段が広く」段と段の間も広げて、1行10文字詰めから12字詰めにして、1ページ12段区切りに。
▽「折り目ぴったり」畳んで読める紙面。
新紙面では6段目と7段目の境目で折れるため、一部の紙面を上下に分けた編集に変えて、折っても読みやすい新聞に。
▽その他の面も、記事をなるべく一つのかたまりになるように配置
これまでの慣例にとらわれず、分かりやすく見やすいものに。
( ↑ 上から下に記事をダラダラ流してきた「これまでの慣例」を見直してブロック編集ということですね )


①1ページ15段編成から、12段編成にする。
②紙面上部6段目で区切り( →記事をいったん止める )、
下部6段と分ける( ←真っ二つのハラキリ、いわゆる北半球・南半球型レイアウトのこと )。

①は、現在の朝日・読売・毎日パターンに移行ということ。
②は、毎日新聞が先駆。
1991年刷新前の毎日新聞は1段15倍&15段編成だったが、
刷新後は1段分を捨てて、組み部分上下に天地7倍の横組みボックスをつくり実質9.5~14段組みにした。
インテリジェントブルー刷新紙面はけっこう話題になり、朝日新聞がメディア面で
「毎日新聞と同じレイアウトでつくりました」
という特集記事も出た。
朝日整理部のエールだったのかしらん。

現在、1ページ15段編成の新聞は( 首都圏では )日経だけになった。



(≧∇≦)