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第3代会長就任60周年記念「師弟凱歌の記憶」 第2回「御書全集の発刊」 2020年4月22日

2020年04月22日 | 妙法

第3代会長就任60周年記念「師弟凱歌の記憶」 第2回「御書全集の発刊」 2020年4月22日

御書の発刊後、幸福の哲学を求める声はさらに広がり、戸田先生は1953年11月に再版を決定した。教学部の代表として校正に当たる池田先生㊨
御書の発刊後、幸福の哲学を求める声はさらに広がり、戸田先生は1953年11月に再版を決定した。教学部の代表として校正に当たる池田先生㊨
御書の発刊後、幸福の哲学を求める声はさらに広がり、戸田先生は1953年11月に再版を決定した。教学部の代表として校正に当たる池田先生㊨

 「御書根本」こそ、難を乗り越え、勝利の道を開く、学会の永遠の魂である。
 
 1951年(昭和26年)5月3日に第2代会長となった戸田城聖先生は、翌6月、早くも『御書全集』の発刊を発表する。
 
 “戦時中の弾圧で幹部が退転したのは、教学がなかったからだ。
広布を進めるためには一人一人が御書を心肝に染め、揺るがぬ信心を築く以外にない”――これが、戸田先生の結論であった。
 
 池田先生は、依然厳しい状態にあった師の事業の一切の責任を担いつつ、御書発刊を黙々と支えた。連日連夜にわたる校正作業を経て、52年(同27年)4月28日、立宗700年の日に御書全集は発刊。発願から、わずか10カ月の短時日で、約1700ページに及ぶ「希望の経典」が完成し、同志の手に届くことになった。

 戸田先生が池田先生に贈った御書。「山を抜く 力はみちたり 若き身に 励み闘へ 妙法の途に」との和歌が力強い筆でつづられている

 
戸田先生が池田先生に贈った御書。「山を抜く 力はみちたり 若き身に 励み闘へ 妙法の途に」との和歌が力強い筆でつづられている

 発刊からまもなく、師は弟子に御書を贈った。その見返しには、戸田先生が書いた一首が残る。
 
 「山を抜く 力はみちたり 若き身に 励み闘へ 妙法の途に」
 
 「山を抜く」とは、山を抜き取るほど力が強大であるとの意味。“ますます行学を深めて、広布の実現へと勇み戦え”との、最大の期待と激励だったと拝せよう。
 御書の「発刊の辞」に、戸田先生は「剣豪の修行を思わせるが如きその厳格なる鍛錬は、学会の伝統・名誉ある特徴となっている」と。その言葉通り、厳しき教学研さんの薫陶を受け切ってきたのが、若き日の池田先生だった。
 
 当時の日記には、「御義口伝」「立正安国論」「観心本尊抄」「生死一大事血脈抄」など、恩師から教授された御書の数々が記録されている。師の自宅や就業前の職場、また、移動中の列車の中でも日蓮仏法の深義が伝えられた。
 
 「ある日、先生は、横になってお休みであったにもかかわらず、『よし、やろう!』と言われて、快く教えてくださったこともある。しかし、私に少しでも真剣さが欠けた時には、先生は言下に叱咤された。『やめた! 私は機械じゃないんだ』」――池田先生は、こう回想する。「火花が散るごとく、全精魂を傾けて、師から弟子へ、生命から生命へ、日蓮仏法の真髄を伝授してくださったのである。有り難い師匠であった」
 
 池田先生は、師から打ち込まれた「御書根本」の精神で勇戦の指揮を執り、広布開拓を続けた。
 
 御書は今、英・仏・西・中など10言語以上に翻訳され、人々に希望を送る。「この貴重なる大経典が全東洋へ、全世界へ、と流布して行く事をひたすら祈念して止まぬものである」(戸田先生の「発刊の辞」)との念願は、余すことなく実現したのである。


〈随筆「人間革命」光あれ〉池田大作 生命凱歌の言論城 2020年4月20日

2020年04月20日 | 妙法

〈随筆「人間革命」光あれ〉池田大作 生命凱歌の言論城 2020年4月20日

 はじめに、新型コロナウイルスの感染症により亡くなられた世界の全ての犠牲者を追悼し、心から追善回向の題目を送らせていただきます。
 とともに、昼夜を分かたず、命を守る最前線で奮闘されている医療関係の方々をはじめ、社会のありとあらゆる分野で尊き使命を遂行されている皆様方に満腔の感謝を捧げ、健康と無事安穏を強盛に祈ります。
 


 

試練の春にも、満開の桜は生き抜く力を歌い上げる(池田先生撮影。今月4日、都内で)
試練の春にも、満開の桜は生き抜く力を歌い上げる(池田先生撮影。今月4日、都内で)
試練の春にも、満開の桜は生き抜く力を歌い上げる(池田先生撮影。今月4日、都内で)

 師・戸田城聖先生の事業が最も厳しい苦境の渦中、師弟二人で聖教新聞の発刊へ構想を温めていた時のことである。
 「なぜ、日蓮大聖人の一門は、あれほどの大難の連続も勝ち越えることができたのか。
 大作はどう思うか?」
 戸田先生は、そう尋ねられながら、私に御書を開いて示された。
 自然災害、食糧難、さらに疫病の流行などが打ち続くなか、遠く離れた佐渡の千日尼へ送られた御返事である。
 「心は此の国(=甲斐の国)に来れり、仏に成る道も此くの如し、我等は穢土に候へども心は霊山に住べし、御面を見てはなにかせん心こそ大切に候へ」(御書一三一六ページ)
 大聖人は会えない門下にも、文字の力で、まさに顔を合わせた対話と同じように激励され、心を通わせておられたのだ。
 戸田先生は力を込めて言われた。
 「大聖人は、お手紙を書いて書いて書き抜かれて、一人ひとりを励まし続けられた。だから、どんな人生と社会の試練にも、皆、負けなかった。
 この大聖人のお心を体した新聞を、大作、大きく作ろうではないか!」
 
 あれから七十星霜――聖教新聞は、毎日毎朝、「太陽の仏法」の光を、赫々と、あの地にもこの家にも届けている。
 緊急事態宣言のもと、たとえ会えなくても、集えなくても、聖教新聞を通し、創価家族の心と心は結ばれているのだ。
 共に試練に立ち向かう全世界の宝友の「異体同心」の絆も、紙面で写真で一段と強まっている。
 これも、なかんずく、雨の日も風の日も大切に配達してくださる、尊き“無冠の友”の皆様方のおかげである。
 世界聖教会館が完成してから最初に迎える創刊記念日に際し、私は最大に御礼を申し上げたい。 本当にありがとう!
 

 
 

立正安国の挑戦
 

 学会の前進は、仏意仏勅なるゆえに、不思議なリズムに則っている。
 思えば、初代・牧口常三郎先生が新潟県に誕生された一八七一年(明治四年)は、日蓮大聖人の佐渡流罪(文永八年)から六百年であった。
 二代・戸田城聖先生が発願され、大聖人の御書が発刊された一九五二年(昭和二十七年)は、立宗宣言(建長五年)から七百年の慶祝の年である。
 後継の私が青年を代表し、第三代として前進の指揮を執り始めた一九六〇年(昭和三十五年)は「立正安国論」による諌暁(文応元年)から七百年であった。
 大聖人は「天変地夭・飢饉疫癘」に憤悱され、「立正」すなわち生命尊厳の大哲理を打ち立て、「安国」すなわち全民衆の幸福と世界平和の宝土の建設を願われた。
 その人類の宿命転換へ、いよいよの挑戦を開始したのだ。それは、何よりも正義と真実を師子吼する「言論戦」であり「思想戦」であった。
 ゆえに、第三代会長就任と時を合わせ、私は聖教新聞の躍進に全力を尽くすとともに、小説『人間革命』の執筆を深く心に期した。
 「立正安国論」では、「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」(御書三一ページ)と示されている。
 “自分だけの幸福や安全もなければ、他人だけの不幸や危険もない”。この生命観に立って、社会と世界全体の安穏を祈り、尽くしていく人間主義の究極の哲学を、我らは聖教新聞に掲げ、平和・文化・教育の対話と連帯を広げてきたのだ。
 

 
 

聖教は友を励まし 不屈の心をつなぐ
 
民衆厳護の言論城・聖教新聞を支え見守り続けて。右奥の白い建物は、先生の会長就任の翌年に完成した旧社屋(1988年4月)
民衆厳護の言論城・聖教新聞を支え見守り続けて。右奥の白い建物は、先生の会長就任の翌年に完成した旧社屋(1988年4月)
民衆厳護の言論城・聖教新聞を支え見守り続けて。右奥の白い建物は、先生の会長就任の翌年に完成した旧社屋(1988年4月)
苦難に負けない
苦難に負けない

 創刊七十周年を明年に控えた今、聖教は自他共の幸福の大道を示し、読者に勇気と希望を贈る「生命凱歌」の言論城と聳え立っている。
 一昨年、小説『新・人間革命』全三十巻を完結した折、私は全宝友に、広宣流布という民衆勝利の大叙事詩を、未来永遠に共々に綴りゆこうと、呼び掛けた。
 聖教に躍動する日本と世界の同志の晴れ姿こそ、「人間革命」の黄金の日記文書なりと、私は妻と合掌する思いで拝見する日々である。
 とりわけ、人類が未曽有の脅威に直面している今日、わが聖教には、「変毒為薬」と「価値創造」の英知を発信する大いなる使命がある。
 人間への「励まし(エンカレッジ)」と「内発的な力の開花(エンパワーメント)」を促す言葉を紡ぎ、苦難に負けない民衆の心と心をつなぐ柱とならねばならない。
 今、毎日の紙面でも、日本国内はもとより世界の同志たちの奮闘や社会貢献の様子が伝えられ、懸命に艱難と戦う友に勇気の灯をともしている。
 どうすれば友を元気づけ、笑顔にできるか――不撓不屈の世界市民の一念が、聖教新聞には結集しているのだ。
 それは、仏が常に人びとを賢く、幸せに、平和にしたいと願う「毎自作是念の悲願」(同四六六ページ)にも通ずる。
 御聖訓には「真実一切衆生・色心の留難を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(同一一七〇ページ)と仰せである。
 我らは、この妙法の大功力で、地球上のいずこであれ、自他共の生命から、限りなく仏の智慧と力を呼び出しながら、何としても眼前の色心の留難を止めていきたい。
 

 

波濤を越えて! 希望の大航海
油彩画「帆船」(複製)。66×46センチ。原画はフーゴ・シュナース=アルクイスト(1855~1939年)作
油彩画「帆船」(複製)。66×46センチ。原画はフーゴ・シュナース=アルクイスト(1855~1939年)作
油彩画「帆船」(複製)。66×46センチ。原画はフーゴ・シュナース=アルクイスト(1855~1939年)作
嵐と戦う「帆船」
あらしと戦う「はんせん

 六十年前(一九六〇年)の五月三日、第三代会長就任式で、私は、高く掲げられた戸田先生の遺影を仰いだ。
 “断じて指揮を執れ”――恩師の声を胸に響かせ、世界広宣流布の一歩前進へ、「ちかいし願やぶるべからず」(同二三二ページ)と覚悟を定めた。
 このわが出陣の「五月三日」を記念し、旧・学会本部のあった西神田の近くで、一枚の絵を購入した。
 紺青の大海原で、逆巻く怒濤と戦う「帆船」を描いたものである。
 フーゴ・シュナース=アルクイストという海洋画を得意とするドイツ人画家の油彩画であった。
 波風は吹き荒れ、三本のマストの帆はほとんど巻かれている。船体は激しく荒海に揺れ、甲板を白い波しぶきが打つ。今にも波にのまれるのか、逆風に挑み、危難を乗り切るのか、生死を懸けた激闘だ。
 進め、波瀾万丈の海を越えて! 師と共に、同志と共に、民衆の勝利の朝を迎えるために!――これが、広布の大航海に三十二歳で船出した当時の心境であった。
 嬉しいことに、日大講堂に集った友はもちろんのこと、わが同志たちは「地涌」の誓いを分かち持ち、日本中で、さらに世界中で、創価の使命に奮い立ってくれた。
 人生の宿命の激浪にも耐えた。「悪口罵詈」「猶多怨嫉」の経文通りの烈風も受けた。だが、五月三日の誓いを思い出しては立ち上がり、私と共に「負けじ魂」で祈り抜き、戦い抜き、断固として勝ち抜いてきた。
 この地涌の師弟にみなぎる闘魂を、時代の荒波に敢然と立ち向かう頼もしき後継の青年たちに、私は託したいのだ。
 

 

使命を果たさん 世界一の団結で! 
 
白雪輝くヒマラヤの峰々が雲上に連なりそびえる。中央に世界最高峰のエベレストが王者の姿で堂々と(池田先生撮影。1995年11月、ネパールからシンガポールへの機中から)
白雪輝くヒマラヤの峰々が雲上に連なりそびえる。中央に世界最高峰のエベレストが王者の姿で堂々と(池田先生撮影。1995年11月、ネパールからシンガポールへの機中から)
白雪輝くヒマラヤの峰々が雲上に連なりそびえる。中央に世界最高峰のエベレストが王者の姿で堂々と(池田先生撮影。1995年11月、ネパールからシンガポールへの機中から)
最高峰を目指し
さいこうほうを目指し

 世界一
  最高峰の
   ヒマラヤを
  鶴は飛び越え
   使命を果たせり
    
 晴れわたる就任の五月三日の朝に詠んだ和歌である。
 懐かしき「戸田大学」の講義で、恩師は「須弥山に近づく鳥は金色となるなり」(同一五三六ページ)との御文を通し言われた。“須弥山はいわばヒマラヤのことだよ、最高峰を目指し、苦難の山を越える戦いが自身を最高に輝かせるのだ”と。
 あの白雪の高嶺に近づく鳥たちはどんなに輝くだろう――私には、大きく翼を広げて舞いゆくツルの隊列の姿が思い描かれてならなかった。
 広布の前途に、いかなる試練の山が立ちはだかろうとも、創価の師弟は慈悲と哲理の翼を広げ、勇敢に飛翔しゆくのだ。
 そして世界一の麗しき団結で、一切を勝ち越えて、生命の凱歌を響かせ、金色燦たる希望の大光を人類の未来へ贈りゆこうではないか!

(随時、掲載いたします)


あす本紙の創刊記念日 

2020年04月19日 | 妙法

あす本紙の創刊記念日 生命を鼓舞する言葉の力 池田大作先生の写真と言葉「四季の励まし」  2020年4月19日

 【写真の説明】雨上がりの空に、鮮やかに輝く七彩の虹。1991年(平成3年)6月、池田大作先生がルクセンブルクで撮影した。
 あす20日は、本紙の創刊記念日。今年で69周年を迎える。大文豪ビクトル・ユゴーは言った。「活字文化は社会の光であります」「活字文化がなかったならば、漆黒の闇が続きます」(稲垣直樹訳『ヴィクトル・ユゴー文学館 第9巻』潮出版社)
 「君はユゴーとなって書きまくれ!」との戸田城聖先生の期待を胸に、池田先生は小説『人間革命』『新・人間革命』をはじめ、随筆や長編詩などを寄稿し、本紙を通して全国の同志に励ましを送り続けてきた。師の言論闘争に続き、我らも友の心に希望の虹を懸けていきたい。
 

 【写真の説明】雨上がりの空に、あざやかにかがやしちさいにじ。1991年(平成3年)6月、池田大作先生がルクセンブルクでさつえいした。
 あす20日は、本紙のそうかん記念日。今年で69周年をむかえる。だいぶんごうビクトル・ユゴーは言った。「活字文化は社会の光であります」「活字文化がなかったならば、しっこくやみが続きます」(稲垣直樹訳『ヴィクトル・ユゴー文学館 第9巻』潮出版社)
 「君はユゴーとなって書きまくれ!」との戸田城聖先生の期待を胸に、池田先生は小説『人間革命』『新・人間革命』をはじめ、随筆や長編詩などを稿こうし、本紙を通して全国の同志にはげましを送り続けてきた。師のげんろんとうそうに続き、われらも友の心に希望の虹をけていきたい。
 

池田先生の言葉
池田先生の言葉

 人間の魂から迸り出る
 言葉には偉大な力がある。
 我らの生命を
 鼓舞する勇気があり、
 希望がある。
 正義の信念があり、
 邪悪への憤怒がある。
 人間は言葉なしに
 生きられない。
 「言葉の力」を
 信ずることは
 「人間性の力」を
 信ずることである。
  
 新聞の使命――それは、
 邪悪や不正を鋭く糾弾し、
 庶民を守り抜く
 「民衆厳護」にこそある。
 庶民の中で誕生し、
 多くの庶民に支えられ、
 庶民と共に発展してきた、
 聖教新聞の誇りも
 ここにある。
  
 人生、人々の胸に、
 何を配って、
 一生を終えるのか。
 配達員の方々は、
 「希望」を配っておられる。
 「勇気」を配っておられる。
 「智慧」を配っておられる。
 「文化」を配っておられる。
 「平和」を配っておられる。
 「希望」を
 配達しておられる皆様の
 人生のポストに、
 「希望」が
 届かないはずがない。
  
 最も深い革命は、
 思想の革命である。
 いかなる人の
 生命も尊極であり、
 必ず幸福になる
 権利があるという思想!
 自分自身が変われば、
 人生も、環境も、
 世界も変えていけるという
 「人間革命」の思想!
 高らかに
 新しき「思想の喇叭」を
 吹き鳴らすのが、
 わが聖教新聞の使命だ。
  
 いかなる災害や危機にも、
 断固と立ち向かう
 希望の大城が創価であり、
 その揺るぎなき言論の柱、
 民衆厳護の言論王こそ、
 聖教新聞である。
 さあ今日も、聖教と共に、
 「生命はかくも尊厳なり。
 無窮なり」と、
 人間革命の讃歌を、
 民衆勝利の大叙事詩を、
 綴りゆこうではないか!


マイ・ヒューマン・レボリューション――小説「新・人間革命」学習のために 第6巻 2020年4月17日

2020年04月17日 | 妙法

マイ・ヒューマン・レボリューション――小説「新・人間革命」学習のために 第6巻 2020年4月17日

 小説『新・人間革命』の山本伸一の激励・指導などを、巻ごとに紹介する「My Human Revolution(マイ・ヒューマン・レボリューション)」。今回は第6巻を掲載する。次回の第7巻は24日付2面の予定。挿絵は内田健一郎。

 
現実生活の中に喜びを発見

 <1962年(昭和37年)1月、イランのテヘランを訪れた山本伸一は、現地の暮らしになじめずに悩む日本の婦人を励ます>

 「現実というものは、理想や観念の尺度に、きちんと合うことはありえない。すると、ここが悪い、あそこが悪いとなり、失望が重なって、不平や不満だらけになってしまう。それは、たとえば、桜の木を基準に梅の木を見て、これは変な桜だと言って、落胆しているようなものでしょう。むしろ、こうでなくてはならないという、頭のなかでつくり上げた基準にこだわらず、もっと自由にものを見るべきです。
 テヘランでの生活は、慣れないために、確かに大変な面もあると思います。でも、多かれ少なかれ、どこにいても、大変なことや、いやなことはあります。それは、どんな生活環境でも、どんな人間でも同じです。百パーセントすばらしい環境もなければ、そんな人間もいません。
 あなたが基準とすべきは日本での暮らしではなく、ここでの生活です。それが現実なんですから、まず、そのまま受け入れ、ありのままに見つめてみようとすることです。(中略)
 ありのままに現実を見つめて、なんらかのよい面を、楽しいことを発見し、それを生かしていこうとすることです。
 これは、自分自身に対しても同じです。自分はどこまでいっても自分なのですから、他人を羨んでも仕方ありません。人間には短所もあれば、長所もある。だから、自分を見つめ、長所を発見し、それを伸ばしていけばいいんです。そこに価値の創造もある」
 (「宝土」の章、36~37ページ)

 

人間の心を利己から利他へ
 

 <伸一は2月、エジプトを訪問。博物館でドイツ人学者に、高度な文明をもつ国々が滅びた共通の原因について、意見を求められる>

 「もちろん、そこには、国内の経済的な衰退や内乱、他国による侵略、あるいは疫病の蔓延、自然災害など、その時々の複合的な要素があったと思います。
 しかし、一言すれば、本質的な要因は、専制国家であれ、民主国家であれ、指導者をはじめ、その国の人びとの魂の腐敗、精神の退廃にあったのではないでしょうか。人間が皆、自分のことしか考えず、享楽的になっていけば、どんなに優れた文明をもっていても、国としての活力もなくなるし、まとまることはできません。(中略)
 私は、一国の滅亡の要因は、国のなかに、さらにいえば、常に人間の心のなかにあるととらえています」(中略)
 「この発想は、決して新しいものではありません。既に七百年も前に、日本の日蓮という方が述べられた見解です」(中略)
 「日蓮という方は、日本の民衆が自然災害に苦しみ、内乱や他国の侵略の脅威に怯えていた時、救済に立ち上がられた仏法者です。
 そして、国家、社会の根本となるのは人間であり、その人間の心を、破壊から建設へ、利己から利他へ、受動から能動へと転じ、民衆が社会の主体者となって、永遠の平和を確立していく哲理を示されました」
 (「遠路」の章、129~131ページ)

 
「真実」語り抜き「偏見」正せ

 <4月の北海道総支部幹部会で伸一は、学会に対する世間の中傷が、いかに根拠のないものであるかを語る>

 「理事長が、ある著名人と会った折に、『創価学会は仏壇を焼き、香典を持っていってしまう宗教ではないのですか』と聞かれたというのです。
 そこで、理事長は『とんでもない。無認識もはなはだしい。学会では、ただの一度も、仏壇を焼けなどと言ったり、香典を持っていったことはありません』と説明しましたところ、その方は大変に驚いて、『そうでしたか。それは無認識でございました』と言っていたそうです。
 社会の指導者といわれる人でも、学会の真実を見極めたうえで語っているわけではありません。
 しかも、これまでもそうでしたが、学会の発展を恐れる勢力が、意図的に虚偽の情報を流しているケースが数多くあります。
 学会を陥れるために、根も葉もない悪意の情報を流し、何も知らない一般の人びとに信じ込ませる。そして、悪い先入観を植えつけ、世論を操作して学会を排斥するというのが、現代の迫害の、一つの構図になっております。
 したがって、私たちの広宣流布の活動は、誤った先入観に基づく人びとの誤解と偏見を正して、本当の学会の姿、仏法の真実を知らしめていくことから始まります。つまり誤解と戦い、偏見と戦うことこそ、末法の仏道修行であり、真実を語り説いていくことが折伏なのであります」
 (「加速」の章、209~210ページ)

 

責任感から強靱な生命力が
 

 <伸一は、同行の幹部から激務の中にあって、ますます元気になっている理由を聞かれ、その要諦を語る>

 「元気になるには、自ら勇んで活動していくことが大事だ。そして、自分の具体的な目標を決めて挑戦していくことだ。目標をもって力を尽くし、それが達成できれば喜びも大きい。また、学会活動のすばらしさは、同志のため、人びとのためという、慈悲の行動であることだ。それが、自分を強くしていく。
 かつて、こんな話を聞いたことがある。終戦直後、ソ連に抑留された日本人のなかで、収容所から逃げ出した一団があった。餓死寸前のなかで逃避行を続けるが、最後まで生きのびたのは、一番体力があるはずの若い男性や女性ではなく、幼子を抱えた母親であったというのだ。
 “自分が死ねば、この子どもも死ぬことになる。この子の命を助けなければ”という、わが子への思いが母を強くし、強靱な精神力と生命力を奮い起こさせていったのであろう。
 私も、学会のこと、同志のことを考えると、倒れたり、休んだりしているわけにはいかない。その一念が、私を強くし、元気にしてくれる。
 みんなも、どんな立場であっても、学会の組織の責任をもち、使命を果たし抜いていけば、強くなるし、必ず元気になっていくよ」
 (「波浪」の章、265~266ページ)

 

 
未来を決する「今の一念」

 <伸一は8月、学生部へ「御義口伝」講義を開始。法華経の「秘妙方便」を通し、奥底の一念について指導>

 「未来にどうなるかという因は、すべて、今の一念にある。現在、いかなる一念で、何をしているかによって、未来は決定づけられてしまう。
 たとえば、信心をしているといっても、どのような一念で、頑張っているかが極めて大事になる。人の目や、先輩の目は、いくらでもごまかすことはできる。自分の奥底の一念というものは、他の人にはわからない。まさに『秘』ということになります。
 しかし、生命の厳たる因果の理法だけはごまかせません。何をどう繕おうが、自分の一念が、そして、行動が、未来の結果となって明らかになる。
 私が、みんなに厳しく指導するのは、仏法の因果の理法が厳しいからです。
 たとえば、いやいやながら、義務感で御書の講義をしているとしたら、外見は菩薩界でも、一念は地獄界です。講義をしている姿は形式であり、いやだという心、義務感で苦しいという思い――これが本当の一念になる。
 学会の活動をしている時も、御本尊に向かう場合も、大事なのは、この奥底の一念です。惰性に流され、いやいやながらの、中途半端な形式的な信心であれば、本当の歓喜も、幸福も、成仏もありません。
 本当に信心の一念があれば、学会活動にも歓喜があり、顔色だってよくなるし、仕事でも知恵が出る。また、人生の途上に障害や苦難があっても、悠々と変毒為薬し、最後は一生成仏することができる」
 (「若鷲」の章、358~359ページ)

 

山本伸一の「御義口伝」講義
 
学生部の代表に「御義口伝」を講義する池田先生(1962年8月31日、東京で)
学生部の代表に「御義口伝」を講義する池田先生(1962年8月31日、東京で)
学生部の代表に「御義口伝」を講義する池田先生(1962年8月31日、東京で)

 <1962年8月、山本伸一は、学生部を対象に「御義口伝」講義を開始する。その中で、「煩悩の薪を焼いて菩提の慧火現前するなり」(御書710ページ)の御文を拝して、日蓮大聖人の仏法の特質について語る>

 「これまで、仏法では、煩悩、すなわち、人間の欲望などを否定しているかのようにとらえられてきた。しかし、ここでは、その煩悩を燃やしていくなかに、仏の悟り、智慧があらわれると言われている。ここに大聖人の仏法の特質がある。真実の仏法は、決して、欲望を否定するものではないんです。
 爾前経のなかでは、煩悩こそが、この世の不幸の原因であるとし、煩悩を断じ尽くすことを教えてきました。しかし、煩悩を、欲望を離れて人間はありません。その欲望をバネにして、崩れざる幸福を確立していく道を説いているのが、大聖人の仏法です。
 みんなが大学で立派な成績をとりたいと思うのも、よい生活をしたいというのも煩悩であり、欲望です。また、この日本の国を救いたい、世界を平和にしたいと熱願する。これも煩悩です。大煩悩です。煩悩は、信心が根底にあれば、いくらでも、燃やしていいんです。むしろ大煩悩ほど大菩提となる。それが本当の仏法です」
 (「若鷲」の章、357~358ページ)

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 聖教電子版の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」第6巻「解説編」の池田博正主任副会長の紙上講座を閲覧できます。

 第6巻「解説編」はこちら


小説「新・人間革命」に学ぶ 第18巻 御書編 2020年4月15日

2020年04月15日 | 妙法

小説「新・人間革命」に学ぶ 第18巻 御書編 2020年4月15日

  • 連載〈世界広布の大道〉
イラスト・間瀬健治
 
イラスト・間瀬健治

 今回の「世界広布の大道 小説『新・人間革命』に学ぶ」は第18巻の「御書編」。小説で引用された御書、コラム「ここにフォーカス」を紹介する。挿絵は内田健一郎。

 

創価の世界に輝く精神の財
【御書】
 

 夫れ海辺には木を財とし山中には塩を財とす、旱颰には水を財とし闇中には灯を財とし・女人は夫を財とし夫は女人を命とし……(御書1554ページ、上野殿御返事)

 

【通解】

 海辺では木が財であり、また山中では塩が財である。旱魃では水が財であり、また闇の中では灯火が財である。また、女人は夫を財とし、夫は妻を命としている……。

 
【小説の場面から】

 <1973年(昭和48年)11月、山本伸一は徳島県幹部総会で、現代における最も大切な財とは何かを語る>
  
 山本伸一の講演となった。(中略)人びとが財として最も必要とするものは、時代や状況によって異なっていることを述べ、現代において、最も大切な財とは何かを語っていった。
 「現代は、世界的にも『人間性喪失の時』であり、『生きがいを失っている時』であると指摘されています。
 また、『哲学・思想の混迷をきたしている時』でもあります。
 ゆえに、『人間性』と『希望』『生命力』こそが現代の財であり、さらに、それを発現することができる『人間が信頼するに足る仏法哲学』こそ、根本となる最高の財なのであります」
 その財は、すべて創価学会のなかにあるのだ。
 自らもさまざまな苦悩をかかえながら、皆を幸福にするのだと祈り、願い、走る、わが同志の美しき「人間性」の輝きを見るがよい。
 絶望と悲哀の淵から、敢然と立ち上がり、「希望」に燃え、「生命力」をみなぎらせて、自身の人生と社会の建設に取り組む、わが同志の姿を直視せよ。
 そして、生命の根源の法則を説き明かし、人間の尊厳の哲理を示している日蓮仏法を求め給え。われらは、それを実践し、現実生活の上で、その法理の真実を証明してきたのだ。(「前進」の章、259~260ページ)

 

生命に潜む魔性を打ち破れ
 
 
【御書】

 国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る(御書19ページ、立正安国論

 

【通解】

 国土が乱れる時はまず鬼神が乱れる。鬼神が乱れるゆえに万民が乱れる。

 

【小説の場面から】

 <1973年12月、伸一は本部総会で講演。石油危機に始まる、社会の混乱の根本原因について指摘する>
  
 「ここでいう『鬼神』とは悪鬼であり、(中略)生命自体を破壊し、福運を奪う、『人間の内なる作用』であります。現代的に表現すれば、『生命の魔性』の意味であり、人間が完全にエゴにとらわれ切っていく、その本質を『鬼神』と表現したと思われる。
 この人間のもつ生命の魔性の跳梁が、『鬼神乱る』ということになるのであります」(中略)
 「最初の『国土乱れん時は』の『国土』とは、自然環境的な面とともに、『社会』という意味をもっております。自然と人間とを含めた総体としての『国土』であり、その国土が乱れる時には、それ以前に、必ず人間のエゴ、いな、エゴよりもっと本質的な生命のもつ魔性が、底流として激しく揺れ動くのであります。
 その結果、『万民』すなわち、あらゆる人びとが狂乱の巷へと進み、やがて、その国土、社会は、破滅の方向へと走っていく。ゆえに、この『鬼神乱る』という生命の本質を解決する法をもたない限り、社会の乱れを解決することはできない。
 したがって、仏法という生命の大哲理を流布する、私ども創価学会の使命はあまりにも大きい。今こそ、広宣流布の新しき潮流をもって、社会を潤す時代がきたことを、私は宣言しておきたいのであります」(「前進」の章、285~286ページ)

 
ここにフォーカス 配達員の皆さまに心から感謝

 「前進」の章に、1973年(昭和48年)11月の山本伸一の愛媛訪問を、本紙の購読推進で荘厳しようと、配達員の友が対話に駆け巡ったことが紹介されています。
 聖教新聞は、創価学会の機関紙だから、学会員が購読していればそれでいい――当時は、そうした風潮がありました。ところが、愛媛の配達員は、地域に学会理解の輪を広げるため、「本紙の購読推進」という新たな挑戦を開始していきました。
 購読を断られても、配達員の友は唱題で勇気を奮い起こし、真心の対話を重ねました。その勇気の炎は、ほかの同志にも広がり、愛媛広布の土壌が耕されていったのです。
 伸一は、配達員の奮闘に対して、「地域の人たちに聖教新聞を購読してもらおうというのは、未来を開く新しい発想です。これは、将来の広宣流布運動の基調になるでしょう」とたたえました。
 今、新型コロナウイルスの感染が拡大し、社会不安が広がっています。その状況下で、きょうも、私たちのもとに本紙は届きます。「日本中、世界中の人に読ませたい」――戸田先生の言葉を胸に、感染防止に努めながら、配達に尽力してくださる方々への感謝は尽きません。
 配達員の皆さま、本当にありがとうございます。皆さまの健康と無事故を、真剣に祈り続けてまいります。