東北一周 車の旅・8日目 9月11日(月曜)
事前に申し込んでいた、ホテル滞在者のみ
参加出来る 宮城県「南三陸ホテル観洋
震災・語り部ツアー」に朝9時に列しました。
昨日の参加者一人の「語り部ガイド」と違い
今日は3台のバスで約1時間 南三陸町の
巡回 語り部ツアーです。
そしてバスの乗客ほとんどが、思わず声を
上げたのが小高い山の上の
「戸倉(とむら?)中学校」の津波到達地点
「記録の赤いライン」を 語り部さんから
教えて頂いた時です。
自分も含め「えっ!こんな高い所まで
津波が押し寄せた?」の声が
バス中の乗客から!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/a1/c21d58398d99106b1737d4f2019c1a22.jpg)
(高台の上に立つ校舎の窓に
津波到達点の印が!)
南三陸町の復興の進行具合が
気になる工事現場
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/88/1fe19fe6e5055827063cabe1e56d1d81.jpg)
語り部さんの話・・「津波は川沿いが危ない」
海に近い川沿いの人たちは、
そのことを知っているから、今回は、
海に近い川沿いの人たちは
早く避難して無事だった。
反対に、内陸の川沿いの人たちは、
2階にいれば大丈夫と思い、
亡くなった人は内陸が多い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/db/f678dde0e2636828126ce142768b86df.jpg)
津波襲来を町民に呼びかけ、
多くの命を救った
「遠藤末希さん」を想う「防災庁舎」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/86/0b7b5a8bbff8a7bc91d9d2fbfb51dab6.jpg)
防災庁舎が、海と川に近い危険な
場所に建てられたのか?
疑問と、語り部さんがアナウンス
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/43/a28a28b3d5f311e25348dca39ea6d912.jpg)
(保存するために、さび止めした鉄骨)
「高野会館の大震災の対応」
当日、327人の老人会が開かれていた時に
大震災発生。
帰ろうとする出席者を、入口で必死に引き
留め、上層階に避難。
当夜はペットボトルを小さなキャップで
分け合い、翌日 全員、無事に帰宅。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/3b/bb83e6f0e760434aa2e33868b16c49af.jpg)
(町の中心部にある高野会館)
津波に襲われ 使われなくなった高野会館
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/37/79d74d312bf87349cef95a6581e44c07.jpg)
「戸倉小学校・保育園」・・語り部さんの話
以前、戸倉小学校の避難場所は、
高台だったが、最寄りの保育園の
避難場所が「小学校の屋上」だったことから。
保育園の事情も考え、小学校の避難場所も
一度は学校の屋上としたが、女性教師が
「津波は高台に避難!」を主張。
会議の結果「その判断は当日次第」となった。
そして当日は校長の判断で「高台避難」が即決。
しかし現実は、その高台も危険になり、さらに
高い山にある五十鈴神社に全員 移動避難。
そして保育園児も小学生も寒い夜。
津波の、どの時間・どの状況を切り取っても
恐ろしく不安な出来事だったと思う反面。
津波と冷静に戦った人達がいたのだ、
と思いました。
南三陸・死者/行方不明者 835人。
家屋半壊以上3,321(H26.11.30現在)
ガイドさんが最後に「人口減少が止まり
ません。観光でも何でも、みなさん東北に
来てください?」のアナウンスがありました。
南三陸町・さんさん商店街
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/c4/2cc6a8de1b3756ca510d0e53f861a8f1.jpg)
宮城県南三陸から次の目的地・宮城県石巻市
大川小学校まで約30キロを走行 昼頃到着。
現場に立ってみて、ニュースでは
伝わらなかった
避難場所の裏山と小学校の近い距離に驚く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/f5/0c5cfa8568ab5c7bbf978af7ff62ebe8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/35/f47e798be14de851b79f31ea354ad902.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/06/fcc37fc6ad0f2f1cae1139d07e121695.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/a8/2ee77f4d0e82a6f0ab00c4fcf7cfc667.jpg)
上の写真は大川小学校に設置されていた
掲示板を撮影。
既に ご存知の情報でしょうが、掲載。
先生に「津波が来るから、逃げよう?」と
言った子供の不安が 手に取る様に分かる
小学校前の(水量)水が満ちた北上川に驚く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/7a/ee0a068ff13baf3d74f47ce65bc997d9.jpg)
以前に福島第一原発20㎞
圏内ツアーを申し込んだが、
依頼が遅いため(満員)キャンセルと
なったが、
最初の予定通り宮城県から福島県に走行。
福島県・相馬付近で撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/dc/5c673b2784cda4a130d169b5ddd0d88c.jpg)
追記→このブログの 語り部さんの震災話や
大川小学校の話などを、簡略 紹介している
ことを お許しください。
詳しくはネットなどで、チェツクして下さい?
また、まとまらない長々としたブログを
お許しください。
当夜、福島市相馬市「道の駅そうま」車中泊
9月11日宮城県南三陸~福島県相馬市214㌔走行
参考~南三陸ホテル観洋☎050-2017-8989
大川小学校に関する情報は、ネット
「小さな命の意味を考える会」を検索して下さい?
事前に申し込んでいた、ホテル滞在者のみ
参加出来る 宮城県「南三陸ホテル観洋
震災・語り部ツアー」に朝9時に列しました。
昨日の参加者一人の「語り部ガイド」と違い
今日は3台のバスで約1時間 南三陸町の
巡回 語り部ツアーです。
そしてバスの乗客ほとんどが、思わず声を
上げたのが小高い山の上の
「戸倉(とむら?)中学校」の津波到達地点
「記録の赤いライン」を 語り部さんから
教えて頂いた時です。
自分も含め「えっ!こんな高い所まで
津波が押し寄せた?」の声が
バス中の乗客から!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/a1/c21d58398d99106b1737d4f2019c1a22.jpg)
(高台の上に立つ校舎の窓に
津波到達点の印が!)
南三陸町の復興の進行具合が
気になる工事現場
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/88/1fe19fe6e5055827063cabe1e56d1d81.jpg)
語り部さんの話・・「津波は川沿いが危ない」
海に近い川沿いの人たちは、
そのことを知っているから、今回は、
海に近い川沿いの人たちは
早く避難して無事だった。
反対に、内陸の川沿いの人たちは、
2階にいれば大丈夫と思い、
亡くなった人は内陸が多い。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/59/db/f678dde0e2636828126ce142768b86df.jpg)
津波襲来を町民に呼びかけ、
多くの命を救った
「遠藤末希さん」を想う「防災庁舎」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/86/0b7b5a8bbff8a7bc91d9d2fbfb51dab6.jpg)
防災庁舎が、海と川に近い危険な
場所に建てられたのか?
疑問と、語り部さんがアナウンス
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/43/a28a28b3d5f311e25348dca39ea6d912.jpg)
(保存するために、さび止めした鉄骨)
「高野会館の大震災の対応」
当日、327人の老人会が開かれていた時に
大震災発生。
帰ろうとする出席者を、入口で必死に引き
留め、上層階に避難。
当夜はペットボトルを小さなキャップで
分け合い、翌日 全員、無事に帰宅。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/3b/bb83e6f0e760434aa2e33868b16c49af.jpg)
(町の中心部にある高野会館)
津波に襲われ 使われなくなった高野会館
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/37/79d74d312bf87349cef95a6581e44c07.jpg)
「戸倉小学校・保育園」・・語り部さんの話
以前、戸倉小学校の避難場所は、
高台だったが、最寄りの保育園の
避難場所が「小学校の屋上」だったことから。
保育園の事情も考え、小学校の避難場所も
一度は学校の屋上としたが、女性教師が
「津波は高台に避難!」を主張。
会議の結果「その判断は当日次第」となった。
そして当日は校長の判断で「高台避難」が即決。
しかし現実は、その高台も危険になり、さらに
高い山にある五十鈴神社に全員 移動避難。
そして保育園児も小学生も寒い夜。
津波の、どの時間・どの状況を切り取っても
恐ろしく不安な出来事だったと思う反面。
津波と冷静に戦った人達がいたのだ、
と思いました。
南三陸・死者/行方不明者 835人。
家屋半壊以上3,321(H26.11.30現在)
ガイドさんが最後に「人口減少が止まり
ません。観光でも何でも、みなさん東北に
来てください?」のアナウンスがありました。
南三陸町・さんさん商店街
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/c4/2cc6a8de1b3756ca510d0e53f861a8f1.jpg)
宮城県南三陸から次の目的地・宮城県石巻市
大川小学校まで約30キロを走行 昼頃到着。
現場に立ってみて、ニュースでは
伝わらなかった
避難場所の裏山と小学校の近い距離に驚く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/01/f5/0c5cfa8568ab5c7bbf978af7ff62ebe8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/35/f47e798be14de851b79f31ea354ad902.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/06/fcc37fc6ad0f2f1cae1139d07e121695.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/a8/2ee77f4d0e82a6f0ab00c4fcf7cfc667.jpg)
上の写真は大川小学校に設置されていた
掲示板を撮影。
既に ご存知の情報でしょうが、掲載。
先生に「津波が来るから、逃げよう?」と
言った子供の不安が 手に取る様に分かる
小学校前の(水量)水が満ちた北上川に驚く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/7a/ee0a068ff13baf3d74f47ce65bc997d9.jpg)
以前に福島第一原発20㎞
圏内ツアーを申し込んだが、
依頼が遅いため(満員)キャンセルと
なったが、
最初の予定通り宮城県から福島県に走行。
福島県・相馬付近で撮影
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/dc/5c673b2784cda4a130d169b5ddd0d88c.jpg)
追記→このブログの 語り部さんの震災話や
大川小学校の話などを、簡略 紹介している
ことを お許しください。
詳しくはネットなどで、チェツクして下さい?
また、まとまらない長々としたブログを
お許しください。
当夜、福島市相馬市「道の駅そうま」車中泊
9月11日宮城県南三陸~福島県相馬市214㌔走行
参考~南三陸ホテル観洋☎050-2017-8989
大川小学校に関する情報は、ネット
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