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スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

造幣局東京支局

2016-02-17 07:44:17 | 地元企業

首都高で行くと北池袋ランプで降りると数分の所にある。

サンシャインビルの裏に位置する街の真ん中の工場。この前は

何十回も通ったが気が付かなかったな-。

見学は無料で月~金曜日9:00~17:00実施している。

造幣局は、ひと言でいえば「硬貨を造る工場」。1869年(明治2年)、大阪に本局が設立され、

翌々年より、貨幣の製造を開始。日本の近代工業の興隆に大きな役割を果たした。

造幣局は全国に、桜の通り抜けで有名な大阪と広島、

そして今年6月頃で閉局になる予定のここ東京、3ヶ所がある。

現在さいたま市の新都心(産業道路沿)で建設が進んでいて、

今年10月に移転してくる予定だ。

工場内には、見どころがいっぱいのお金の博物館「造幣東京博物館」がある。

ここには価値ある古銭の展示や造幣途中の貨幣などがあり

大変興味深い施設がだ、前述したように今年移転により閉館となるとの事。

見学のスタートは、造幣局のことがよくわかる15分間のDVD観賞。

ここ東京支局は、流通している貨幣でなく、収集用の美しいプルーフ貨幣や勲章を

製造しているとの事。又、貴金属の品位の証明も行なっている。

ビデオ鑑賞が終わると2班に分かれて博物館内を係の担当の方が付いて、

じっくり展示してあるものを説明してくれた。

プルーフ貨幣には鏡のような美しさが求められる。そこで、貨幣の形に打ち抜かれた

円形を釜の中で研磨材と一緒に振動させ研磨する。これで円形に輝きが生まれる。

500円玉の偽造対策として潜像という防止技術が使われている。ゼロの中に

見る角度によって見え隠れする技術だ。他にも斜めにギザギザを入れる技術も導入している。

極印のつくり方。極印とは、一般的には金型と呼ばれ、貨幣、勲章、

金属工芸品などの模様は、この極印をプレス機械に取り付けて、

金属素材に圧力を加えることで、転写されたもの。

明治37年、フランスから輸入した最初の縮彫機。当局では現在も同じ

原理の機械を用いて極印の製造を行なっている。

文化勲章などの勲章は約20名の熟練した職員が手作りでここで製造している。

東京オリンピック大会の金銀銅各メダル。このメダルのデザインは

昭和3年のアムステルダム大会から、平成12年のシドニー大会まで

同じであったが平成16年のアテネ大会から一新された。

長野冬季オリンピックの各メダル。このメダルには5色カラーの大会エンブレムが

デザインされたとしてお洒落なメダルで私的にはとても好きなデザインだ。

これは国民栄誉賞のメダル盾。昭和52年9月5日受賞の王貞治氏から

平成25年5月5日同時受賞の長嶋茂雄氏松井秀喜氏まで23名受賞している。

イチローは過去にこれを辞退した。

708年1月、武蔵国秩父郡から発見された「和同開珎」

貨幣が全国に統一されたのは江戸時代。1636年発行された

「寛永通宝」による。大判は主に恩賞用で、小判、一分金が定位貨幣として使われた。

 これが「千両箱」。小判1000両が収納できる箱でたいへん頑丈にできていた。

重さは約20㎏。重心を下げて持ち上げないと腰を痛めてしまう。

造幣局で貴金属製品の品位証明したホールマーク。デザインは「日の丸」と

「千分率で示した品位(純度)の数字をひし形で囲ったもの。

各都道府県では平成20年度から記念貨幣を発行しているが、

平成26年度発行した埼玉県の記念硬貨。1000円は渋沢栄一と時の鐘

500円は埼玉スタジアム2002がデザインされている。

博物館の説明が終わった後、いよいよ生産現場の工場へ移動。

この中は一切写真撮影禁止。その現場の姿をお伝えできなくて残念です。

どちらにしてもここでの見学(約90分)は近々に終わってしまうとの事で

貴重な時間を過ごすことができました。

ミントショップではプルーフ貨幣セットやレリーフなどの金属工芸品が

販売されおみあげとして好評とか。隣にはこれまた

大好評な通貨の瓦せんべいが売られていた。


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