スミダマンのほのぼの奮戦記

~グルメ・旅・仕事・自然・地域~あらゆる出来事をフラッシュバック。

立山黒部アルペンルート

2016-06-14 16:11:37 | 旅 ~国内

天気は快晴。いよいよ立山黒部アルペンルートへGO。

ここは立山駅。AM11:00発のケーブルカーで美女平駅へ。

改札口の所には現在の室堂、 阿陀ヶ原、大観峰、黒部ダムの

標高、気温、映像がリアルタイムで表示されていた。特に室堂の気温が

気になっていたが、15.1℃。服装は軽装で大丈夫だな。

これが立山ケーブルカー。標高差500m平均勾配24度の坂を7分で上昇します。

このケーブルカーの特色は車輌の一部に荷物が載せられる所。

今でも種々の資材の運搬にも使われているとの事。

美女平駅に到着。ここは標高977m。この勾配を見て下さい。すごい急だ。

尚、美女平周辺に遊歩道コースが1時間~2時間30分まで3通りあるそうだ。

今度は美女平駅から、いよいよ「立山雪の大谷ウォーク」のやっている

室堂へバスで向かう。変化に富んだ大自然の中、標高差1500mを

立山高原バスで約50分かかる。

美女平一帯は「森林浴の森・日本100選」に選ばれた森。

途中推定樹齢300年以上、幹回り19.4m以上の巨木、

タテヤマスギ「おんば杉」に出会う。

さらに先に行くと、落差日本一350mに称名滝が見られる

標高1280m天空ロードの滝見台を通る。バスはここで一時停車。

車内アナウンスで滝の説明が流れる。立山高原バスは観光バスだ。

室堂周辺は雷鳥の縄張りで5月~6月は産卵期のメスを見守る

オスの「見張り雷鳥」に遭遇する確率が高いということで

持参した双眼鏡で探したがとうとう発見することができなかった。

標高2450mの室堂駅に到着。ご覧の様に大変な人出だ。

話には聞いていたが、あの甲高い中国語が飛び交っていた。

地元の人に聞いて見たら、圧倒的に台湾人だそうだ。

台湾の人は雪に対する憧れがすごいのだろう。

まずここで、全員で記念写真。名峰立山を横断する天空のパノラマ。

まさに絶景、言葉が出ない。

昼食はホテル立山のレストランで。ますの笹寿しと

立山名物佐々成政のさらさら汁。隣りに中国語の団体

(たぶん台湾人グループ)が来て、ピーチク、パーチク。

気になってゆっくり食べられなかった。

積雪約20mの除雪はどうやるのか。1月下旬頃GPS搭載の

ブルドーザーで道路のセンターラインを探し出し、ショベルカーで除雪を進め

「立山熊太郎」という大型ロータリー除雪車で雪を吹き飛ばす。

GPSが無かった時代は作業員の熟練の勘と技量を頼りに測量をかけていた。

因みに除雪費用は約1億円かかるそうだ。

大谷2390mと雷鳥人形の前では皆記念写真

アルプス広場特設会場 雪とふれあおう「雪の迷路」5月11日~5月31日。

第23回立山・雪のウォーク4月16日(土)~6月22日(水)

立山室堂は世界でも有数の豪雪地帯で、約8mもの積雪がある。

その中でも「大谷」は吹きだまりの為その深さは20mに迫る。

ここを通る道路を除雪してできる約500mの雪壁の区間を「雪の大谷」と呼んでいる。

群青色の空。下界では見られないすごい青さです。

(写真ではちょっと表現できていない)

ここが現在の最高地点10m。1ヶ月半で20mの半分溶けてしまった。

コメントが必要のない一枚だ。

立山連峰の左端 山がギザギザの威容を誇る剱岳(2999m)

バスが通ると現実的な時に戻る。

雪壁に刻むメッセージエリア

室堂から大観峰へ立山の下立山トンネルをトロリーバスで約10分。

電気で走るトロリーバス。日本ではアルペンルートの2路線のみ運行。

立山連峰を出た所の大観峰の展望台から見た黒部ダムと黒部湖。

又々晴天に恵まれ、目の前に迫力満点の景色が飛び込んできた。

大観峰から黒部平へ立山ロープウェイで7分。景観保護のため

支柱が1本も無い。距離は1638m 81人乗り。

昭和42年10月着工 昭和45年7月竣工した。

建設費16億5000万。

ここは抜群の眺望を誇る憩いのスポットになっている。

黒部平にある黒部の湧き水を補充。この水は「黒部の太陽」の

ペットボトルに入れてとうとう自宅まで持って帰ってしまった。

黒部平から見える後立山連峰。高校時代にスキーをやった

鹿島槍ヶ岳が左の方に見える。

日本で唯一の全線地下式の黒部ケーブルカー約5分で

黒部湖に到着。出発前と到着時の写真です。

トンネルを歩いて抜けるとそこは黒部ダムだ。

黒部ダムの概要は形式をアーチ式ドーム越流型を採用。

高さ186mで国内一位。堤頂幅は8.1m、総貯水量は約2億㎡だ。

ダムの上の道は歩いてみると想像していた以上に広々としてゆったりと歩ける。

周囲の山々を見ながら歩いているとよくぞ

こんなダムを造ったものだと誰もが感じると思う。

昭和43年に公開された石原裕次郎主演の映画「黒部の太陽」

にもあったように、黒部ダムの建設は世紀の難工事。

この慰霊碑にもある様に、ダム建設で171名の殉職者が出た。

ダイナミックで大迫力の黒部ダム放水は6月26日~10月15日

毎秒10t以上のの観光放水を間近でみることができる。

黒部ダムレストハウス3階のくろよん記念室ではダム建設の

記録映画「くろよん物語」を常時無料で上映されている。

戦後日本の復興を支える壮大なエネルギーを作るという大きな

目標に向けて始まった黒四建設。持てる知識と経験、

延べ1000万人の労力と7年という歳月が費やされ、

見事完成に至るまで、様々な物語があった。

昭和31年、関西電力は社運をかけて「黒四建設」を決定。

最も困難を極めたのが大町トンネルの開通だった。

昭和32年5月に遭遇した破砕帯。わずか80mが全く進めず

英知を結集して7ケ月もの苦闘が続いた。昭和38年6月

513億の工費(当時)を投じて完成した。

難関工事だった関電トンネルを歩いて黒部ダム駅へ

そこで電気で走る関電トンネルトロリーバスで約16分長野県の扇沢駅へ

立山駅から扇沢駅までの立山黒部アルペンルートを詳細に

アップしたが旅館から自宅までなんと一日で9回乗り物を乗り換えた。

学生時代幾度も来た想い出の長野駅が久し振りに来て

その姿がまるで変っていたのでビックリ。昔は善光寺的な

仏閣型駅舎で個性的で風格があった。2015年北陸新幹線開通に伴い、

大庇と列柱を特徴とする、「門前回廊」と称される新駅ビル(5代目駅舎)に

建て替えられた。その裏には仏閣駅舎復元を望む市民や出身者の声があり、

要望書をJR東日本に提出、現在の新駅ビル建設が決定したという秘話があった。


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