翻訳のことについて最近書くことが多いのですが、国語学者の故金田一春彦先生が「日本人の好む翻訳」について書かれていてなるほどと、納得するとともに、日本人の何かを求める視点と日本語の不思議を感じたのでそのことについて今朝は書きたいと思います。
金田一先生が書かれた初版2002年1月10日『日本語を反省してみませんか』(角川oneテーマ21)の中で語られている話です。
わたしから(金田一先生)の質問ということで次の英文の訳し方の、一番良いと思われるのはどれか? という話です。
Sunshine on my shoulder makes me happy.
1 私の肩の上の日差しが私を幸せにさせる。
2 肩の上に日があたって私は幸せだ。
3 背中に太陽があたって私は気持ちがいい。
先生は、
もしも受験英語的になるべく正確にそのまま翻訳をするのであるならば、1が正解かもしれないが、あまりいい日本語とは言えない。2は間違いではないが、肩と言うよりもこの場合背中という方が一般的である。3が一番日本語としてなじんだ翻訳と言えるだろう。
と短い回答とともに解説が書かれています。
個人的に正解不正解に文句をつけようという話ではありません。「Sunshine」という無生物が主語になり、「me」という大切なものが目的語となっている英文、私も「(寒さの中にあって)太陽の日差しがあたって気持ちがいい」感覚で訳すような気がします。
「させられる」感覚では無く「感じる」感覚なのです。
「生かされている」と時々書くことがあり、大いなる働きの中で・・・という思いをこころに置きながらそう書いています。
漠然とした感覚にとらわれるのですが、そこに何か日本語の秘密やそれを超えた何かがあるように思えるのです。
金田一先生は、次のように解説しています。
[解説]
3では「私」が主語になり、太陽はあくまでも従属節の中の主語でしかない。日本語では何かを表現したいとき、主語になりやすい順番というのがある。
一般に「私」「あなた」「生き物」「もの、こと」という順番である。例えば「この本は私によって書かれた」というより、「私がこの本を書いた」と言う方が自然である。「本」より「私」の方が大切だからである。
そもそも「私を幸せにする」という他動詞的表現を、日本人は好まない。「私は妻を持っている」というような場合でも、「私にほ妻がある」と言う方が普通である。いつかアメリカ映画を見ていたとき、男が恋人を、自分の父親に初めて紹介した場面があった。
後でその恋人が、その男に向かって I love your father と言う。ところが字幕では「お父様っていい方ね」になっていた。私はいかにもこの方が、日本語としてすんなり理解できて、いい訳し方だ、と思った覚えがある。
という短な解説です。
>一般に「私」「あなた」「生き物」「もの、こと」という順番である。
この文法的な話しはよく分かるのですが、
>そもそも「私を幸せにする」という他動詞的表現を、日本人は好まない。
とう話に「なぜそうなのだ」という疑問が残るわけです。個人的に作った文章ですが、
A 太陽の日差しって気持ちよくさせるねぇ。
B 太陽の日差しって気持ちがいいねぇ。
とう表現をしてみます。A「気持ちよくさせるねぇ。」は、「そういうこともあるねぇ」であり、「太陽というものは人をそういう気持ちにさせる」と別表現もできます。
一方B「気持ちがいいねぇ。」は、「そういうものなんだ」であり、「人は太陽の日差しを浴び気持ちよさを感じるものだ」という別表現もできます。
「私の肩の上の日差しが私を幸せにさせる。」
「背中に太陽があたって私は気持ちがいい。」
2002年1月10日に書かれた話で、わたしも「背中に太陽があたって私は気持ちがいい。」がなぜかよいと思うのです。
他動詞的表現がいたる所に耳にし目にします。昔はどうだったのかは比較できませんが、
幸せにする。
健康にする。
はよく聞く言葉です。心理学者のアイエンガー教授の『選択の科学』では、アメリカは自由意志を尊重し選択が重視され選択の素晴らしさが語られています。
一方私の知る所では日本人は、それとは真逆な河合隼雄先生流に言うならば「母性的」な面があり守られ気分で満たされ、歴史学者の阿部謹也先生の「世間」とは何か」で語られるところの世間体を気にする日本人をイメージします。
「他動詞的表現を、日本人は好まない。」とは「私を幸せにさせる。」という表現を好まない、「私は気持ちがいい。」「気持ちがいいねぇ。」の方がよいということになるわけです。
トラウマなんでしょうかねぇ。
「I love your father」あなたのお父さんを愛している。「love」に慈愛的な意味をすぐにイメージできない所に問題があるかもしれませんが、
あなたのお父さんいい人ね。
の表現の方が自然さを感じます。「日本人の好む翻訳」なぜそうなのか、わからないままに、同じことを繰り返すだけになってしまいましたが、日本語は不思議です。
金田一晴彦先生の「日本語を反省してみませんか?」、何か大切なものを教えてくれているような気がします。