“奇跡の生還へ導く人 極限状況の「サードマン現象」”と本をご存知の方も多いかと思います。ジョン・ガイガー 著 伊豆原 弓 訳で新潮社から出ています。
守護天使とも呼ばれるいわゆる不思議な現象です。誰にでも起きるかというとそうではなく、危機的状況に陥った人におとずれる導きの救いの手として現れる幻影のことです。中には幻影ではない実際に実像として見たと語る人もいます。
昨年11月28日Eテレ「地球ドラマチック」で扱っていました。超常現象について特別興味があるわけではないのですがこの番組でスイスの神経科学者ピーター・ブルーガーという方が手足などを失った人が失った手足があたかもあるような錯覚を体感する「幻肢(げんし)」の実験があり現象学の関係から大変理解しやすい解説がなされていたのでブルーガーの「幻肢(げんし)」の実験だけを紹介するよりも、番組をそのまま紹介することの方が、その意味なすところが分かりやすく、まこのような問題に興味がある人にはとても参考になるかもしれません。そこで番組の要旨ではなく全体を文章に起してみましたが1時間番組で分量が多いので2回に分けて紹介したいと思います。
先ほどもいいましたがEテレで、
地球ドラマチック「奇跡の生還に導く声~“守護天使の正体”は?~」
というタイトルで放送されたものです。
ナレーターは、俳優の渡辺徹さん語りの部分は【ナレーション】としてあります。
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【ナレーション】
生きるか死ぬかの瀬戸際で、何か不思議な力によって命を救われたという感じている人々がいます。
ある人はそれを“守護天使”だと思い、またある人は精神の混乱が招いた幻覚にすぎないと考えます。
そういう現象を奇跡といって片づけるのではなく、科学的に説明したいと思っています。しかしそのような体験には、“奇跡”という言葉こそふさわしいと考える人もいます。
これは守護天使がなせる技なのかそれとも科学的に説明できることことなのか、その謎を探っていきましょう。
<アメリカ同時多発テロ生存者ロン・ディフランチェスコの話>
(Eテレ「地球ドラマチック」から)
【ディフランチェスコ】
天高く聳え建つワールドセンターで働くものはいいものでした。エレベーターで84回まで上がるとそこに為替や債券などを扱う部屋があったのです。300人が働いていていつも熱気が渦巻いていました。
凄かったですよ。
【ナレーション】
ロン・ディフランチェスコは、2001年9月11日ワールド・トレースセンターのサウス・タワーから逃げ生き残った一人です。
ディフランチェスコは、家族とともに10年ぶりにニューヨークに戻ってきましたがマンハッタンの風景は以前と大きく変わっていました。
あの朝一機の飛行機がノース・タワーに激突して10分後、彼はまだサウス・タワーのオフィースに居て友人からの電話を受けていました。
(Eテレ「地球ドラマチック」から)
【ディフランチェスコ】
「早くそこを出るんだ。今すぐに!」と言われました。ディフランチェスコが部屋を出たわずか数秒後、二機目が突っ込み彼が居た部屋も破壊されました。
【ナレーション】
彼はほかの生存者とともに暗い非常階段を下りて外に非難しようとしました。
【ディフランチェスコ】
行く手に炎が見えたので、私たちは上の階へ引き返へしました。私たちは上りながらそれぞれの階でフロアーに出ようとしました。ところがいったん非常階段に入るとセキュリティーのためドアはロックされフロアーへは出られないことに気づいたのです。
【ナレーション】
炎と瓦礫に阻まれ、非常階段に居た人々の多くは希望を失い始めました。
その上酸素も足りなくなってきました。
水に濡れた冷たい床の上で皆眠りはじめてしまったのです。
ディフランチェスコに不思議な現象が起きたのはそんな時でした。
【ディフランチェスコ】
誰かはわかりませんが、何ものかが私を呼「起きろ!」と言ったのです。男性の声でした。直接体を持ち上げられたりはしませんでしたが、「こうしなさい」と教えているようでした。誰かが私を導いている、助けようとしているのを感じました。
【ナレーション】
その力強い声に促されて、彼は立ち上がり炎に包まれた階段を降りて行きました。その誰かが炎を潜り抜けさせたのです。
ディフランチェスコは炎に包まれた階段を3フロアー分下りました。火傷はしましたが生きて炎の向こう側に出ることができたのです。
【ディフランチェスコ】
その誰かが、こんなふうに言っているように感じました。
「私について来なさい。君を家まで送り届けてあげよう。」
【ナレーション】
ディフランチェスコは地上をめざして1500段もの階段を下りて行きました。ついにビルの入口に着いた彼はそのまま外に出ようとしました。しかし火災により色々なものが地上に降り注いでいるためうかつに外へ出るのは危険でした。
【ディフランチェスコ】
私たちはビルの地下に誘導されました。そこで何とか逃げ延びた同僚と遭いました。
【ナレーション】
ディフランチェスコの居るサウス・センターに飛行機が激突してから56分後、彼らがようやく外に出られた直後にビルが崩壊しました。轟音が聞こえたので右の方を見ると巨大な火の玉がこちらへ向かってくるのが分かりました。
(Eテレ「地球ドラマチック」から)
【ディフランチェスコ】
私は同僚に「走れ!」と叫びました。
私も走って逃げようとしましたが、火の玉がぶつかってきて倒されてしまいました。
3日後に病院で目を覚ませました。・・・・(一緒だった同僚の方は?)・・・・それから6週間後に・・・・・。
【ナレーション】
ロン・ディフランチェスコは、あの日一瞬の判断によって運命を分けた数百人のうちの一人です。そして彼は、その決定的な瞬間に何か正体の分からない力によって、助けられたというのです。そんな経験をした人は、彼だけではありません。
【ディフランチェスコ】
それが霊か何かは分かりませんが私に力を与え、脱出を助けてくれました。前へ歩き続けろと励まされ続けたのです。
自分が孤独でもろいものだという不安な気持ちを和らげてくれました。
【ナレーション】
希望や明るい見通しが生まれた瞬間です。
【ディフランチェスコ】
私が励ましを求めたいた時に、その人が助けてくれたような気がしました。
自分は一人じゃないと分かったことで恐怖は消えました。
おかげで今ここに居られるんです。
【ナレーション】
作家のジョン・ガイガーは超自然的な存在と出会って九死に一生を得たという人々を5年間かけて研究してきました。
【ガイガー】
私が調べた大半は、危険な場に身を置く人々でした。例えば南極の探検家、ヨットの単独航行者、登山家など、もともと危険な状況にいる人たちです。
【ナレーション】
ガイガーは南極を探検したアーネスト・シャクルトンの記録に注目しました。1916年の出来事でこのような現象の記録としては最も古い記録の一つです。
(Eテレ「地球ドラマチック」から)
シャクルトンの一行は1914年に南極大陸に出発しましたが、氷の海に10ヶ月以上も閉じ込められてしまいます。翌年の11月一行は船を捨てて1000キロ以上離れた捕鯨基地に向かうことにしました。
隊員たちは小舟で南極の海を渡り、山や氷河を数十キロに渡り越えて行かなければなりませんでした。
シャクルトンはその恐ろしい旅を導いてくれる神秘的な存在がいたと書き記しています。その記述は正体の分からない何ものかが人を導いて命を助ける現象をサードマン(第3の人)現象と呼ぶきっかけとなりました。
ガイガーは古い資料などを調べた結果200を超える実例を発見しました。しかし、公になっていないものが他にも無数にあるはずだと彼は考えています。
このサードマン現象は大昔から語り継がれてきた現象と同ものだと見ることができます。
【ガイガー】
私がサードマン現象と呼んでいるのは、昔の人々が守護天使と読んできたものと同じものかもしれません。聖書には天使やそれに類似した現象が何百と書かれています。
【ナレーション】
時代が進むにつれさまざまな超自然現象の謎が解明されてきました。それでもなお多くの人々が守護天使の存在を信じているようです。2008年の調査によるとアメリカ人の55%が天使は実在すると信じ、46%が自分には守護天使がいると考えています。
ある人々にとってサードマン現象は神の御業なのです。しかし研究者たちはその謎を科学的な観点から解き明かそうと試みています。特に神経科学の場から様々なアプローチがなされ、この不思議な現象に新たな光が当てられようとしています。
スイスの神経科学者オラフ・ブランケは脳の慢性的生涯に苦しむ患者の治療を行っていました。その過程で彼はサードマン現象につながる思いがけない発見をしました。
(Eテレ「地球ドラマチック」から)
【ブランケ】
その患者の脳の表面にたくさんの電極を置いていましたそれぞれの電極から脳の各部分に刺激を与え発作の原因がどこにあるのかを突きとめるためです。
【ナレーション】
ところがその患者は脳の特定の領域に刺激を与えられたびに頭を回し何も無い場所に目をやりました。
【女性患者】
私には目に見え何かがそこに居て、それを見ているような感じでした。
床とベットの間に何かがいて・・・
【ナレーション】
さらに刺激を与えると彼女は何かではないというようになりました。
何かではなく誰かが居るように感じますと言い出したのです。
彼女はブランケにベッドと床の間に人が存在するのをはっきり感じると言いました。しかし刺激を与えるスイッチを切るとその存在は消えてしまいます。
【ブランケ】
彼女はその存在を影(シャドー)という言葉で表現しました。影の気配を感じるというのも奇妙な話しですが。
【ナレーション】
ブランケが特に注目したのは脳と特定の場所を刺激した時だけその存在が現れるということでした。
【ブランケ】
それは脳の側頭頭頂接合部と呼ばれる領域でした。そこに刺激を与えるとまるで明りのスイッチを点けるかのように何ものかが存在する感覚を惹き起こせるのです。
【ナレーション】
ある空間のなかに自分のからだが存在する。それを認識するのが側頭頭頂接合部だとブランケは考えています。
【ブランケ】
頭頂葉と側頭葉の接する領域が側頭頭頂接合部なのです。そのうち頭頂葉は腕や頭や胴体がどこにあるのかを認識します。一方側頭葉は自分を取り巻く環境を認識し自分の身体が空間のどこに位置しているのかを認識する領域だと考えられます。
【ナレーション】
オラフ・ブランケの考え方はまだ一般的に受け入れられているわけではありません。そもそもなぜこのような現象が起きるのかが論争の的になっています。
ケン・カムラー(医師・登山家)は極限状態に置ける医療の専門家で人里離れた厳しい場所で治療活動を続けてきました。
(Eテレ「地球ドラマチック」から)
【カムラー】
普通の人は生きるか死ぬかの状況に直面することはめったにありません。ほとんどの時間を守られた安全な環境で過ごしています。しかし、一部の人は意に反して極限状態に置かれたり自らそこへ出向いたりします。
【ナレーション】
登山家でもあるカムラーは、エベレストで36時間の極限状況を過ごした経験があります。仲間とともに下山する途中、猛烈な嵐に襲われたのです。この荒しで8人が命を落としました。そのときカムラーは人間の身体が極限状況に対してどのように反応するのかを目撃したのです。
彼によれば極限状況に直面すると生き残る確率を増やすため人間の身体は特殊なサバイバルモードに入ります。
【カムラー】
生きるか死ぬかの状況になると人間の身体は信じられないほど強く巧みな方法で危機に対処しようとします。それは決して超自然現象ではありません。極限状況で生き続けるために脳が編み出した、生存のための適用方法なのです。
文字数が越えますので区切りのよいとこでここまでを前半とします。冒頭に書いたスイスの神経科学者ピーター・ブルーガーの幻肢の実験は後半になります。
と言い合いました。
父は二月二十一日から三月三日まで病院のベッドの上で点滴を受けながら、昏睡状態でした。
亡くなった後、呼び出し音はぴたりとなくなりました。
熊本の父を慕う姪が、父の臨終が近くなったころ、自宅にて、ふっと何かが入ってきたようなかんじがしたんだそうです。そのとき、きっと八女のおじさんがよくないに違いないと感じたんだそうです。
わたしは若いころ弟を突然なくしましたが、そのとき、ふしぎな体験をしました。音がきこえたのです。姿はみえないのですが、弟の足音が生きているかのように聞こえたんです。階段を上り下りする音。きっとまだ生きていたのでしょう。影は。
これは特殊モードの能力がひらいたときだったと信じています。
ところで。今日、同じ日に、父の兄からは慰めの電話があり、父の妹からは慰めの手紙が届きました。うちの母はこの二人の父のきょうだいについて、あまり見舞いにも来ないし、薄情だとやや恨んでいたのですが、わたしは血がつながっているからかもしれませんが、まったくそんなふうには思いませんでした。ことばや態度とは異なるところで、きっちりとむすぼれているものがあった。と思っています。
きょうだいって、はたからは伺いしれないものがありますよね。
これをかけてよかった。ありがとうございました。こういうことって、普段、なかなか書けないですね。
サードマン現象は御覧のとおりいろいろな分野の方が携わっています。
姫野様の事例の中には認知心理学の分野で説明されるものも含まれているように思います。
今回はあくまでも私見を入れず貴重な内容だと思いアップしました。