原武史『レッドアローとスターハウス もうひとつの戦後思想史』(新潮社、2012年)を読む。
戦中、西武鉄道と武蔵野鉄道(のちに西武に合併)は、糞尿列車としての機能を担った。都心で発生する糞尿を、武蔵野に持ち出すのである。武蔵野は、それほどに田舎であった。
その地に、戦後、西武グループの創業者・堤康次郎は、大きな都市開発事業とインフラ事業を仕掛け続けた。学園都市開発には成功しなかったものの、都市公団と組んでの大規模な団地の開発、西武ストアーや西友の店舗開発、行楽施設。ハンセン病や結核の療養施設。
堤康次郎の信条は、親米反共であった。ところが、鉄道とセットになった郊外における集合住宅は、実際には、ソ連型のものであった。そして、この地、すなわち清瀬や保谷や田無や東村山といった地域においては、新たな生活とともに大きな矛盾が顕在化した。それは、権力のからくりに敏感な人々にとって、自治の思想を発展させる土壌となったのだという。結果として、西武沿線は、堤の思想とは真逆に、日本共産党や社会党の大きな支持基盤となっていった。
本書において語られるこのような地域史は、非常にスリリングで面白い。そして、この地にいちどは根付いた革新思想が、共産党の教条主義、中央集権主義、権威主義によって阻害されることなく、さらなる独自な発展を遂げていたならと思うと、とても残念な気がする。
●参照
○工藤敏樹『メッシュマップ東京』
○団地の写真(北井一夫『80年代フナバシストーリー』、石本馨『団地巡礼 日本の生んだ奇跡の住宅様式』)