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自縄自縛日記

小杉泰『イスラーム帝国のジハード』

2017-02-05 10:15:38 | 中東・アフリカ

小杉泰『イスラーム帝国のジハード』(講談社学術文庫、原著2006年)を読む。

林佳世子『オスマン帝国500年の平和』杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』と同様に、講談社の「興亡の世界史」シリーズの1冊である。今回はkindle版にしてみたところ、用語の検索が意外に便利だった。(そして飛行機の中では、うまく読書灯が当たらず紙の本を読みたくなくなることがままあって、kindleはとても快適だと気が付いた。)

一見してタイトルが過激なようだが、実はそうではない。もとより「ジハード」とは、武力の行使(剣のジハード)に限定されるものではなく、自分の心の悪や社会的不正義をただすための奮闘努力を意味し、戦争の原理ではなかった。そして、それは、7世紀のアラビア半島西部・ヒジャーズの部族社会において、共同体(ウンマ)の論理を構築しようとしたムハンマドのヴィジョンであった。

しかし、当初の理想的なものは、その及ぼす影響の範囲が大きくなると、国家という別の論理にとってかわってゆく。ムハンマド没後に指導者がどのような存在であるべきか、どのように選ばれてゆくべきかという模索が、ウマイヤ朝やアッバース朝という初期のイスラーム帝国でも歪みを生み、シーア派・スンニ派という異なる流れを生んだ。そういった構造的に不可避だったであろう歴史は、現在に至るまでダイナミックにつながっているわけである。

著者がイスラームに向ける視線は、西側の偏った視線を極力排除して、人類の精神的遺産として評価しようとするものにちがいない。カリフという存在や呼称は、7世紀から紆余曲折あるも続き、オスマン帝国の滅亡とともにいちどは廃されるわけだが、またISにおいても復活している。しかし、不幸な歴史や状況にのみとらわれることは誤りである。

イスラームの歴史的な意味や流れを俯瞰するための良書である。

●参照
林佳世子『オスマン帝国500年の平和』
高橋和夫『中東から世界が崩れる』
鵜塚健『イランの野望』
桜井啓子編『イスラーム圏で働く』、岩崎葉子『「個人主義」大国イラン』
アレズ・ファクレジャハニ『一家族三世代の女性から見たイラン・イスラム共和国』
ジョン・フィルビー『サウジ・アラビア王朝史』
保坂修司『サウジアラビア』
中東の今と日本 私たちに何ができるか
酒井啓子『<中東>の考え方』
酒井啓子『イラクは食べる』


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