Sightsong

自縄自縛日記

郭承敏『秋霜五〇年―台湾・東京・北京・沖縄―』

2010-09-20 23:56:32 | 中国・台湾

郭承敏『秋霜五〇年―台湾・東京・北京・沖縄―』(ひるぎ社、1997年)を読む。

著者は台湾生まれ。日本支配下の台湾では、最後には「天皇の赤子でない」として酷い差別を受ける。日本に移住すると、差別はさほどでなかったという。そこから、植民地においてこそ差別的意識は顕現するのだとしている。そして、日本敗戦後、台湾に逃れた国民党の狼藉と中国建国を目の当たりにして、中国に渡る。ところが文化大革命に突入し、知識人たる著者も糾弾され、河北省の農村に下放される。辛酸、沖縄移住、久しぶりの台湾訪問。本書には、そんな苦労の数々から著者が得た知見が集められている(『沖縄タイムス』、『琉球新報』、『けーし風』などへの寄稿も多く含まれている)。

繰り返し強く述べていることは、台湾において軍国日本の姿が温存されているという歪み、また、日本がアジア諸国に対する罪の認識を曖昧にし続けてきたことによる歪みである。本書が書かれてから10年以上が経ち、日本、中国、台湾の為政者たちも変わっているが、本書の観察は本質的に変わっていないと思える。

知らなかったこと。

○中国にも台湾にも、「敬惜字紙」(けいせきじし)という文化があった。文字を書いた・印刷した紙を大切に扱い、道でそうした紙を拾っては、大事に「焚字炉」で焼く習俗である。これは冊封使を通じて琉球に伝えられ(1838年)、今でも焚字炉が那覇の前島公園に保存されている。
○日本軍の真珠湾攻撃の暗号を最初にキャッチし解読したのは、当時の国民党情報機関の暗号解読部門であった。ルーズベルトはまさか「おくれた中国が解読とは」と信じられず、無視したという。

 


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