Sightsong

自縄自縛日記

フィリップ・K・ディックの『ゴールデン・マン』と映画『NEXT』

2008-03-28 07:57:09 | 北米

昨年国際線のなかで、リー・タマホリ監督の映画『NEXT』(2007年)を観た。わりに面白かったので、フィリップ・K・ディックの原作小説を探したが、ハヤカワ文庫が品切れになっていて、古本を探すかなと思っていたら再発された。この、フィリップ・K・ディック『ディック傑作集 ゴールデン・マン』(ハヤカワ文庫)には、7つの短編が収められている。

映画『NEXT』の原作となった『ゴールデン・マン』(1954年)だが、すぐ先の未来をいまの風景のように視ることができる男の話、という以外には、共通点がまったくない。映画では、変な顔のニコラス・ケイジがその男の役で、あくまで人間的(ケイジにはこの手の役がとてもはまる)。超能力について嗅ぎつけたFBIが、テロリストとの闘いに利用しようとするという話が、アメリカ映画またかという感じで、うんざりさせられる。しかし、「2分後の自分の姿」を複数同時に視て、最適な行動の判断をするという映像が新鮮で楽しめた。ケイジの「運命の女性」役、ジェシカ・ビールも魅力的だとおもった(シャーリーズ・セロンやアンジェリーナ・ジョリーと同様、少しエキゾチックで濃い顔だち)。

ただし、深くて没入させられるのはディック。『ゴールデン・マン』の超能力者は、突然変異で全身金色、何も話さないし感情が描かれることもない。あくまで「けもの」として、自らにとっては当然のように未来を視て行動するのみ、という存在である。何かの目的にまき込まれるドラマではない。人間が、自分たちの将来を守るために、遺伝子として優れているかもしれない突然変異を潰していこうとする話である。商業的に大利益を得るのでなく、また、あやうい問題を回避するのでなければ、原作に忠実な映画のほうをこそ観たい気がする。もっとも、『NEXT』も、興行的にははずしたということだが。

他の短編もとても面白い。ファンタジーでありながらH・P・ラブクラフトのような恐怖の裂け目をも提示する『妖精の王』。宇宙人がトロイの木馬的な装置を人間に与える強迫観念の結晶『リターン・マッチ』。メディアによる大衆の飼い慣らしが恐ろしい『ヤンシーにならえ』。個人の愛に基づく行動が政治に抑圧される『小さな黒い箱』など、どれも冗談とは思えず、ひきつけられる。1950年代、60年代に書かれたものが今なお力を持っていることが、ディックの凄さだ。

今回の再発版には、映画『NEXT』をめぐるさまざまなエピソードも巻末に付されている。今後『ヴァリス』、『アルベマス』の映画化の可能性があることにも興味があるが、何より、ジョン・レノンが生前、『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』の映画化に意欲的だったということに驚かされた。

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