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Sightsong

自縄自縛日記

アート・アンサンブル・オブ・シカゴの映像『LUGANO 1993』

2012-05-30 07:45:00 | アヴァンギャルド・ジャズ

アート・アンサンブル・オブ・シカゴのライヴDVD、『LUGANO 1993』を入手した。

どうやら、『Salutes the Chicago Blues Tradition』としてCDで出されている演奏と同時期のものであり、同じ1993年7月、異なるスイスの都市で収録されている。ナレーションはドイツ語(意味は判らないが、ドイツ語であることは判る)、現地でのテレビ放送だろうか。

これまでアート・アンサンブル・オブ・シカゴの映像は、『Live from the Jazz Showcase』(1981年)のVHSのみを持っていた。これがオリジナルメンバー5人による演奏であるのに対し、このスイスでのライヴは、吃驚するようなゲストを迎えている。

Lester Bowie (tp)
Roscoe Mitchell (reeds, perc)
Joseph Jarman (reeds, perc)
Malachi Favors (b, perc)
Don Moye (ds, perc)
with
Frank Lacy (tb)
James Carter (ts)
Amina Claudine Myers (org, vo)
Chicago Beau (harp, vo)
Herb Walker (g)

白衣を着てトランペットを楽しそうに吹きならすレスター・ボウイは相変わらずだ。ドン・モイエの素朴を拡張したようなタイコも、音の響きに味のあるマラカイ・フェイヴァースのベースも、相変わらず。勿論、音を聴いただけですぐにそれとわかる、 まるで雅楽のような音色もあるロスコー・ミッチェルのサックスも、やはり、相変わらず。

しかし、ジョセフ・ジャーマンのサックスは大勢の中では浮上せず、どうも分が悪い。それもあって、彼はある程度パーカッションに専念しているのではないか、などと思ってしまった。(個性があっても、少人数のなかでこそそれを発揮できる人はいるものだ。)

ゲストはそれぞれ見せ場を与えられている。フランク・レイシーの暴れるトロンボーンも、シカゴのブルースマンであるハーブ・ウォーカーやシカゴ・ボーも楽しそうにパフォーマンスを魅せる。

ジェームス・カーターは初リーダー作を出した頃であり、日本で凄いと騒がれるのもこの後すぐだ。ブルースが大排気量のエンジンを積んだようなスタイルはやはり気持ちがいい。ブルーノート東京では自分が引き立つように当て馬のサックスを連れて演奏したり、新宿ピットインではジョン・ヒックスの指示を無視して傍若無人に振る舞ったりと、馬鹿な様子をみてウンザリしていたが、また改めて聴こうかなという気にもなってくる。

そしてアミナ・クローディン・マイヤーズのオルガンとヴォーカル。においムンムンで素晴らしいのだ。彼女が参加していなければ、このDVDを入手したかどうかわからないが、それは正解だった。

●参照
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ『苦悩の人々』
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ『カミング・ホーム・ジャマイカ』
ロスコー・ミッチェル+デイヴィッド・ウェッセル『CONTACT』
サニー・マレイ『アフリカへのオマージュ』(ミッチェル参加)
ムハール・リチャード・エイブラムス『Streaming』(ミッチェル参加)
ジョセフ・ジャーマン
ドン・モイエ+アリ・ブラウン『live at the progressive arts center』、レスター・ボウイ
マラカイ・フェイヴァースのソロ・アルバム
マラカイ・フェイヴァース『Live at Last』
アミナ・クローディン・マイヤーズのベッシー・スミス集
ヘンリー・スレッギル(7) ズォイドの新作と、X-75(マイヤーズ参加)
ヘンリー・スレッギル(8) ラップ/ヴォイス(マイヤーズ参加)
ワールド・サキソフォン・カルテット『Yes We Can』(カーター参加)


生野慈朗『手紙』と東野圭吾『手紙』

2012-05-30 00:05:15 | アート・映画

生野慈朗『手紙』(2006年)が、思いのほか沁みる映画だった。

強盗殺人を犯してしまった兄を持つ弟(山田孝之)。大学進学を諦め、川崎のリサイクル工場で働く。やがて、お笑い芸人として目が出てくるも、2ちゃんねるで兄のことを中傷され、その道を断たれてしまう。知り合った令嬢との結婚も、過去を調査した家族に断念させられる。次に働いていた大型電器店でもそのことが発覚し、倉庫へと配置転換される。自分には罪はない。すべては兄の所為だ。

手紙のやりとりもやめてしまい、絶望していた男の前に、電器店の社長が現れ、彼に言う。「差別があるのは当然だ。お兄さんはそのことも含めて贖罪しなければならない。しかし、君はここからはじめることができる」と。彼を支えているのは、ずっと彼を慕っていた女性(沢尻エリカ)だった。彼女は、兄弟の手紙を通じたつながりも維持し続けていた。そして、かつての芸人の相方が、兄のいる千葉刑務所に慰問に行こうという。兄は、弟の芸を見ながら、手を合わせ、涙を流し続ける。

差別のある社会を糾弾するのではなく、それを現実として受容し、その上でどのように生きていくか。答えはないのだが、周囲を責めることに解決策を見出すことの空疎さを突きつけてくる映画だった。

沢尻エリカはいい女優だな。何で(以下略)

その後に、映画の原作、東野圭吾『手紙』(文春文庫、原著2003年)も読んだ。設定の違いは多々あれど、基本的には同じストーリー展開だ。しかし、原作は映画よりももっと重い。少なくとも、まるで将来に希望を持てるかのような、感動によるカタルシスは得られない。それでも、すべてを宙ぶらりんにする方が、このテーマには相応しい。