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Sightsong

自縄自縛日記

山本義隆『熱学思想の史的展開 3』

2011-08-22 23:57:53 | 思想・文学

山本義隆『熱学思想の史的展開』全3巻(ちくま学芸文庫、2009年)の完結編・第3巻を読む。1冊読んでは間をおいてまた1冊、結局、第1巻を読んでから2年半が経ってしまった。

熱と仕事の互換性に到達した天才たちは、いよいよ目覚ましい展開を見せる。互換性だけではなくそれらの組み合わせを定理とし、定式化することが如何に難しく、そして次に向けての如何に大きなステップであったか、ということが納得できる。そして、実証的なプロセスの中で、<熱素>という奇妙な概念は葬りさられる。気体分子運動論というミクロな力学と結合することは、いまの目で見れば当然のようにも感じられるが、そんな簡単なことではなかったのである。

議論は、状態関数としてのエントロピー導入、相平衡、エントロピー以外の関数の導入、絶対温度などと進んでいく。かつて熱力学をかじった自分ではあるが、ここまで来ると、もう丹念に数式を追う気力を放棄している。どんな教科書でも、突然、状態図や、エンタルピー、ギブスの自由エネルギー、ヘルムホルツの自由エネルギーといった関数式がトップダウンで登場し、感覚的な理解に至らなかった経験があるからだ。本書のように思考の歴史を追跡する方法で学んでいたならば、また違っただろう。なんだか悔しい気分だ。

実際に、エントロピーの概念は、(キャッチフレーズ的に使う人はいても)広く理解されているわけではない。本書によれば、多くの学者ですら無理解甚だしいことがあり、特にエントロピー増大の法則(熱力学第2法則)が「エネルギーの散逸」にのみ求められ、物質については無視される事例が多いという。典型的な例として、エネルギーについてのみ第2法則を語り、物質に対しては原理的にリサイクルが可能と説いていた故・竹内均の言説が挙げられている。これを「大量生産・大量消費をよしとする成長経済を支えるイデオロギーではあっても、物理学的にはまったくの誤りである」とばっさりと批判するのは痛快でさえある。著者が大学アカデミズムの世界に身を置いていたなら、ここまで書くことはなかったであろう。これは単なる理解度の話ではない。文明や産業に対するスタンスの透かし彫りになっているのである。
(ところで、竹内均は寺田寅彦の孫弟子であり、私は大学院時代、竹内の弟子格の先生のもとで勉強した。研究を続けることをそこで完全に放棄した自分にはこんなことを言う権利はないが、自分が寺田寅彦の曾々孫弟子であったかもしれぬと思うと、妙に愉快になる。)

著者があとがきで書いているように、確かに、熱学はもともと世界と宇宙を相手にせんとした学問体系であった。世界はノイズの集合体、ノイズそのものである。ノイズを可能な限り排除した抽象の純粋科学とは、出発点から異なるものであった。

間もなく、山本義隆氏の最新刊『福島の原発事故をめぐって』(みすず書房)が出る(>> リンク)。科学と産業の歴史的な変貌について説くのか、それともエネルギー論の面から発言するのか。実は心待ちにしているのである。

●参照
山本義隆『熱学思想の史的展開 1』
山本義隆『熱学思想の史的展開 2』
山本義隆『知性の叛乱』


抒情溢れる鉄道映像『小島駅』

2011-08-22 00:20:57 | 中国・四国

科学映像館で、吉野川に沿って走る徳島本線の小さな小島駅(おしま)を撮った8ミリ映像『小島駅』(1973年)が配信されている。これを撮った上原芳明氏は、8ミリ同好会のハイアマチュアであったようで、カメラワークや編集技術はプロの水準だと言うことができる。それよりも、確かにタイトルなどのスーパーインポーズの手作り感が8ミリを感じさせるものの、8ミリ特有の滲みやピンボケがほとんどなく、16ミリだとしか思えない。

>> 『小島駅』

10分の小品だが、地域と鉄道の移り変わりのストーリーが詰め込まれている。「グリーンスリーブス」のメロディーとともに、カメラは、マイカー社会の到来による乗降客の減少、準急通過駅としての位落ち、そして無人化を目撃していく。見るからに篤実な駅員さんの仕事も相まって、身動きできなくなるような哀しさと懐かしさにとらわれてしまう。

ところで、その駅員さんが持ち歩いている輪っかは何だろうと思い調べてみた。「タブレット」というもので、単線の鉄道区間において行き来の交通整理を行うための器具だった。昔の方や単線が生活域にあった方にとっては常識なのかもしれない。いまこれを使っているところはあるのだろうか。

●参照
土本典昭『ある機関助士』
大木茂『汽罐車』

●科学映像館のおすすめ映像
『沖縄久高島のイザイホー(第一部、第二部)』(1978年の最後のイザイホー)
『科学の眼 ニコン』(坩堝法によるレンズ製造、ウルトラマイクロニッコール)
『昭和初期 9.5ミリ映画』(8ミリ以前の小型映画)
『石垣島川平のマユンガナシ』、『ビール誕生』
ザーラ・イマーエワ『子どもの物語にあらず』(チェチェン)
『たたら吹き』、『鋳物の技術―キュポラ熔解―』(製鉄)
熱帯林の映像(着生植物やマングローブなど)
川本博康『東京のカワウ 不忍池のコロニー』(カワウ)
『花ひらく日本万国博』(大阪万博)
アカテガニの生態を描いた短編『カニの誕生』
『かえるの話』(ヒキガエル、アカガエル、モリアオガエル)
『アリの世界』と『地蜂』
『潮だまりの生物』(岩礁の観察)
『上海の雲の上へ』(上海環球金融中心のエレベーター)
川本博康『今こそ自由を!金大中氏らを救おう』(金大中事件、光州事件)
『与論島の十五夜祭』(南九州に伝わる祭のひとつ)
『チャトハンとハイ』(ハカス共和国の喉歌と箏)
『雪舟』
『廣重』