上海で買ってきたDVD、『白毛女』(1950年)。中国建国直後に作られたプロパガンダ・フィルムと言っていいだろう。このDVDは中国の古い映画シリーズのひとつで、15元(230円程度)。英語字幕が入っているが、シリーズの多くは中国語字幕のみ。中に以下の立派なポスターが折りたたまれて入っていた。
映画としては見るべきところはない。だが、面白い点はそこかしこに散りばめられている。
結婚を控えた小作人の娘。地主がその美しさに目を付けて、小作人の父に対し、借金をすぐ返せぬなら娘を差し出せと迫る。父はむりやり拇印を押されてしまい、結婚式の前の晩、自殺する。娘は地主にいじめられ、挙句にレイプされ、子供ができるや身売りされそうになるが、裏口から山へと逃れる。それまで死んでしまいたいと絶望していた娘は、生き延びて復讐してやるのだと誓う。そして、髪は白くなり、寺に住む白毛女という幽霊だと噂されるようになる。やがて許婚は八路軍に入り、軍とともに地主を罰する。
もともとは1940年代半ばの民間伝説であり、プロパガンダ劇であるいっぽう、死と再生のイニシエーションという神話的構造を内包しているという(藤井省三『現代中国文化探検』、岩波新書、1999年)。また、動乱の1940年代にあって、赤色政権の聖都・陝西省延安を中心とした解放区では、新しい社会意識を代表する理想が形成され、それまでになかった生き生きした女性像の原型が生み出された。そのひとつが『白毛女』なのだという(李子雲/陳恵芬/成平『チャイナ・ガールの1世紀』、三元社、原著2004年)。この時代と政治の象徴を担わされた妖怪ということだ。逆に、悪辣な地主という役を与えられた国民党にとってはいい面の皮だ。
実際、八路軍の兵士たちは非常に美化されて描かれている。もともとは、かわいそうな2人の結婚を応援していた「叔父さん」が、自分の体験を語るところからはじまる。曰く、黄河を西に渡ったらそこには「赤軍」がいて、土地を皆で公平に共有する素晴らしいところだったんだよ、と。そのため、結婚相手を奪われた許婚の男は、同じように決死の思いで黄河を渡る。そして八路軍の服を着て地元に凱旋し、「叔父さん」に、「赤軍」は正式には「八路軍」というんだったよ、と言うのだった。
その八路軍が悪辣な地主を攻撃するときのこと。そのような収奪は抗日のためにならないから、という理由を語るのだ。また、なぜか盧溝橋(らしき、欄干に多数の獅子がある橋)を攻撃し、橋のたもとにある、清の乾隆帝の揮毫「盧溝暁月」の碑を爆破する。日中戦争の契機となった地ではあっても、そのような八路軍による碑破壊の事実はないと思うがどうか。第一、まだ盧溝橋に残されている。
●参照 盧溝橋