Sightsong

自縄自縛日記

ロバータ・フラックとヴォン・フリーマンの「The First Time Ever I Saw Your Face」

2009-03-10 14:55:27 | アヴァンギャルド・ジャズ

ロバータ・フラックが初アルバム『FIRST TAKE』(Atlantic、1969年)の中で歌い、ピアノを弾いている「The First Time Ever I Saw Your Face」は良い曲だ。メロディはさほど劇的に変化するわけでなく、ロバータも抑えた感じに歌っているが、それがまた効果的なのだ。歌詞はというと、「月や星ぼしは貴方のくれたキスだった」だの「太陽が貴方の眼から昇るように思った」だの、でろでろに甘くてまともに聴いていられないものだが、これはまあどうでもいいことである。ロン・カーターのベースは存在感があるような仕立てで、ジョン・ピザレリのギターが寄り添うのも良い雰囲気だ。

この曲、実は映画『PLAY MISTY FOR ME(恐怖のメロディ)』(クリント・イーストウッド、1971年)の中で使われ、その後にシングル・カットされて全米1位のヒットになったものだ。ついジャズ好きは「Misty」ばかりに気を取られてしまう。何しろクリント・イーストウッドのファンだったので当然観たが、あまりにも怖くてもう二度と観たくない作品である。

『SONG TO SOUL』というBS-iの番組(>> リンク)では、毎回ある曲をとりあげてそれにまつわるエピソードなんかを紹介している。ロバータの「Killing Me Softly(やさしく歌って)」を特集した回では、この「The First Time Ever I Saw Your Face」についても話題にのぼっていた。ロバータがクインシー・ジョーンズと組んだコンサートでアンコールが連発し、もう歌う曲がなくなった。「The First Time・・・」をもういちどやろうか、と提案したところ、クインシーは「何か別のものをやろう」と答えた。それで、ロバータがカバーしようと心に練っていた「Killing Me Softly」を歌いはじめたのだ、ということである。もともとこの曲を歌っていたシンガーソングライターのロリ・リーバーマンは、その後、カーラジオでロバータが歌うのを聴き、仰天し喜んだという。著作権などが大らかな時代ならでの話だろうか。

ところで、「The First Time・・・」の邦題は「愛は面影の中に」であり、まるで昔何本かあった映画のタイトルのようだ。「貴方の顔をはじめて見たとき」のほうが直球勝負(WBC開催中なのでついそのような表現になる)で良いじゃないか。「やさしく歌って」だって「やさしく殺して」の方がコントラストあるタイトルになるし、『恐怖のメロディ』も『私のためにミスティを』(ラジオDJへのリクエスト)の方が独自性があると思うのだがどうか。

ジャズ方面では、シカゴの大物テナーサックス奏者ヴォン・フリーマンが、1972年にこの曲をカバーしている(『DOIN' IT RIGHT NOW』、Atlantic、1972年)。ロバータの演奏とは随分違って、ジョン・ヤングのピアノは跳ね回るし、サム・ジョーンズ(ベース)とジミー・コブ(ドラムス)はもう堂々とフォービートを押し出してくる。何より、独特のアクのあるヴォンの音色と、どこに連れて行くのだろうという勢いがたまらなく良いのだ。

アルバムは、何とあのラサーン・ローランド・カークが尽力し、プロデュースしている。ヴォン本人も、「ラサーンに捧ぐ」と書いている。こういった雰囲気ムンムンの演奏を聴くと、息子のチコ・フリーマンは演奏がいつまでも端正で親父の魅力には叶わないなと思うのだった(実は、チコのファンなのだが・・・)。カークが生きていたら、チコのアルバムを出そうと考えただろうか?

●参照
チコ・フリーマンの16年
ヘンリー・スレッギル(4) チコ・フリーマンと
最近のチコ・フリーマン