4月25日 はれ
花、花、花、桃源郷とよばれる所以に納得。
週末、どんより重い曇り空の東京を特急「かいじ」で出発、大月を過ぎ、トンネルをぬけるとそこは青空と車両の両側にピンクのカーペットが広がる別世界に、車両のなかで歓声があがる。
石和温泉でおり、タクシーで扇状地を見下ろせる丘の上に連れていってもらう。
桃の開花は下から順次高いところに上ってゆくので、山の上はまだつぼみが残っているが、遠くの桃園がみわたせるし、桜もまだ咲いている。
少し前に終わったというスモモの花は、白に薄い緑がかかる色で、丘の上に残っている。
桃の花の記憶はたくさんあるが、ここの桃は一緒に行った三男が「根性桃」と呼んだが、枝にみっしりすきまなく花をつけているので、近くで見ると可憐という雰囲気ではないが、そのお蔭で遠くまでピンクの花の存在感は抜群にひろがっている。
運転手さんが最後につれていってくれた桃園の花があまりに色とりどりで、花の様子も違うので不思議に思っていたら、観賞用の「花桃」とよばれるものであった。
果樹園の根性桃と違い、華やか、可憐ではあるが、おいしい実を育ててくれるしっかり者の桃にわたしはひかれる。
フルーツ王国の名まえのとおり、道路脇には梨の花も咲いているし、さくらんぼはハウスの中で満開、花が散るとハウスを閉じて鳥や虫の襲来からまもられるそう。
翌日、長男がここの風景が好きと連れていってくれた山あいの果樹園は、段々畑にひろがり、おだやかでやさしい心にのこるものであった。
実は観光ではなく息子の結納のための訪問であったが、「御願いだから結納は桃の花の盛りのときにしてください」と私の我がままを通してもらった。
願いがかない、ありがとうと桃の花たちに感謝した。