正月(1/3)話題の映画「君の名は。」を家族で見に行きました。
8月公開の作品というのに地元のシネ・コンのそこそこ大きな上映会場がいっぱいになっていました。
改めてですが人気なんですね...。
小学校2年の娘には「わかるかな?」と思って連れてくのに少し躊躇したのですが、いろんなところで話題になっている作品だけあって「見た」ということにしたいというのもあったのだと思いますが見たがったので、私も便乗して見にいくことにしました。
(私はとても見に行きたかった)
結果小二の娘も多少は退屈したようですが、それなりに楽しめたようでよかったです。
それほど乗り気でなかった妻も「面白かった」といっていたので万人に楽しめる作品に仕上がっているところが本作の人気の所以なんでしょうね。
私もにわか新海誠ファン(…というか注目をしている人)ではありますが、一応本ブログでも’14年7月にこのブログで「秒速5センチメートル」の感想を書いていますので「君の名は。」で初めて名前を知って書いているのではない…という言い訳はしておきます。
「秒速5センチメートル」を見た後、新海誠監督作品では「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」はDVD借りて見ています。
「星を追う子ども」は途中まで見たのですが...どうも内容についていけず半分くらい見てやめました(汗)。
今回これを書くのにいろいろネット情報みていたら「星を追う子ども」は「ジブリ作品を意識していた」ようですが「画的な」アニメーションのクオリティが低く、活劇部分の思い切り度合が中途半端で3流アニメを見ているようにしか感じられませんでした….。
「秒速5センチメートル」はメジャーになりそうな雰因気のある作品でしたが「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」はSF的要素が強く、マニアックで万人受けとは思えず、「星を追う子ども」はそこから退歩したかのようなライトノベルもしくは同人誌的SFファンタジー展開にもついていけなさを感じたので「この人はメジャーにはならないだろうなー」と勝手に思っていたので今回の「君の名は。」のあまりの売れっぷりには驚いていました。
「言の葉の庭」は見ていないのですが、それなりに売れたようなのでいわゆる「売れる」アニメ監督に脱皮していたんでしょうか…。
上記含め「君の名は。」がどんな作品なのかとても楽しみで見に行きました。
全体的な感想としてはとても楽しめました。
オープニングで映像と音楽、とても美しく「こりゃいい映画な気がする」という印象を受けました。
もともとの「新海誠」の特徴である映像美、音楽との調和に加え入念なストーリーの作りこみと説明しきらないで観客に想像させる構成、速いテンポで展開し飽きさせないところがそろい、売れる作品になったのではないでしょうか。
テンポについては一つの場面で一番長かったのは、最後 ご神体の辺りで三葉と瀧が探し求め、出会う場面くらいでしょうか。
男女の入れ替わりがテーマの作品なのにお互いが入れ替わっている場面も一つ一つはとても短くBGMを入れセリフなしの場面展開で処理している場面がとても多いです。
一方で重厚感は薄くいわゆる「名作」とか「作品」としての玄人受けする感は薄いかなとは感じました。
音楽もジブリ作品のように久石譲の重厚な音楽を使うのではなく、RADWIMPSですからその辺も軽量感かなぁ。
説明しきらないストーリー展開は「いい点」でもありますが「わかりにくさ」と裏返しでもありますね。
序盤、糸守での三葉の登校場面でのいかにも日本の田舎の景色などはっとするほど美しかったですし、最初に三葉が入れ替わった場面を描かず「あーこの前日入れ代わりがあったんだな」というところから始め、三葉の日常→東京のイケメン=瀧くんとの入れ代りがとてもスムーズでした。
その他全体よく練られた楽しい作品だったと思います。
以下ネタバレ気にせず書きますのでご注意。
すでに見ていた長男(中二)から事前に「主人公二人のIPHONEのバージョンの違いに注目」と時間のズレにつきネタバレ的な話を聞いてしまっていたのでそこがストレートに楽しめなかったのが残念でしたが、IPHONEだけでなく細かいディテールにこだわっている所には感心しました。
瀧くんが腕に巻いている「紐」の扱いなどうまいなぁ…。
「紐」が存在の輪的な位置づけを持ち、瀧君と三葉の縁をつないでいる。
ラストでも三葉は髪に紐をつけていますので、最初の方で三葉が何気なく髪に結んでから映画の時間軸では三葉→中学生の瀧→高校生の瀧3年、糸守の危機で瀧→三葉→ラストまで5年=8年は使われている紐なわけですよねぇ。
最後の5年のうち最初の3年は同じ時間上に存在していることになるわけですが、果たして同時に存在しえたのかどうか...、パラレルワールド的なことなのか?
「存在しえない」とするとラストで二人が出会って認識できるのは「???」なのですが…。
そんな疑問もあり瀧君側はあの紐はどの場面から出ていたのか…もう一度確認のために見たくなりました。
ネット上では何回も見てその辺指摘する人やら、逆にあら捜しする人やらいるようですが、それに耐えるほどよく練られた映像なんでしょうね。
また根本的に「入れ替わっている間に当事者二人は時間のずれに気付かなかったのか?」という問題があります。
もしかしたら入れ替わっている間は気づいていても「戻ると記憶があいまいになる」というところで説明がつくかとも思いましたが...。
瀧君の方が三葉と入れ代わっている間「糸守高校」に通っていて隕石が落ちたことを知識として知っているのに「隕石」と「糸守」を結びつけないところを見ると、入れ替わっている間も気づいていないと思う方が合理的かもしれない…。
なにか完璧な入れ替わりでなく時代に意識がアジャストされる機能をもつというような。
三葉の東京行きの場面は時代の違いに気づいているのか、いないのかで三葉が髪を切る感情が違ってくるのでとても気になりますが…。
そんなこんないろいろ考えさせられました。
三葉の世界で最初に隕石が落ちる所、前後の場面の切り替えもうまいなぁと感じました。
瀧に景色をたくさんか描かせて糸守の美しい景色に思い入れを抱かせた後に隕石落下後の糸守の無残な姿を見せるあたりもぐっときましたー。
最後の入れ代わりから、三葉、瀧、三葉の友人勅使河原、早耶香とで町の人々を救おうとする辺りは若干紋切型かなぁとも思いました。
この辺の奮闘最後に町長を説得する場面はもう少し考えようもあったのかもしれません。
なおこの場面では勅使河原が超常現象部に入っているところ(部室)が興味深かったです…。
「ムー」読んでいる勅使河原くん、ゼネコンの息子でゴツイ顔している割にオタクですねぇ...新海誠監督も地元のゼネコンの家に生まれたらしいのでその辺自身にかぶらせているんでしょうね。
勅使河原の読んでいるものかなにかに糸守の湖がクレーターであることが書いてあり、状況からご神体辺りもクレーターっぽいので糸守ばかいにクレーターが落ちる原因がなにやらありそうな気もしますし、宮水神社とその辺の「運命」的なものがもう少しでてきてもよかったと...。
掌の「すきだ」はまぁ高校生男子はこの程度のものかと(笑)
ラストのハッピーエンドはこれまでの新海監督の「結ばれない」作風からの転向ととらえられているようで賛否両論巻き起こっているようですが「秒速5センチメートル」とほぼ同じような流れで、見ている人はハッピーエンドであることを知っていてもハラハラするでしょう。
「すれ違い」の代名詞の「君の名は」をタイトルで選んでいるわけですからここは思いっきりすれ違いを重ねないといけないでしょうね。
出会いの場面は三葉が年上になっていることをもっと強調するのもありかななどとも思いましたが、まぁ「よかったねぇ」と見ている立場としては「ホッ」としました。
ここで出会えるラストでなかったら現在の驚異的な興行成績はないんでしょうね。
でもまぁ三葉・勅使河原・早耶香の三人、瀧・司・高木の三人とも、他の友達と別に昼食をとっているなど高校の中で必ずしも大勢と溶け込んでいないように見えました。
その辺、本来の新海監督の「マイナー感」の表れなんでしょうね、次作は思いっきりプレッシャーかかるでしょうがどんなものを出してくるか楽しみです。
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8月公開の作品というのに地元のシネ・コンのそこそこ大きな上映会場がいっぱいになっていました。
改めてですが人気なんですね...。
小学校2年の娘には「わかるかな?」と思って連れてくのに少し躊躇したのですが、いろんなところで話題になっている作品だけあって「見た」ということにしたいというのもあったのだと思いますが見たがったので、私も便乗して見にいくことにしました。
(私はとても見に行きたかった)
結果小二の娘も多少は退屈したようですが、それなりに楽しめたようでよかったです。
それほど乗り気でなかった妻も「面白かった」といっていたので万人に楽しめる作品に仕上がっているところが本作の人気の所以なんでしょうね。
私もにわか新海誠ファン(…というか注目をしている人)ではありますが、一応本ブログでも’14年7月にこのブログで「秒速5センチメートル」の感想を書いていますので「君の名は。」で初めて名前を知って書いているのではない…という言い訳はしておきます。
「秒速5センチメートル」を見た後、新海誠監督作品では「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」はDVD借りて見ています。
「星を追う子ども」は途中まで見たのですが...どうも内容についていけず半分くらい見てやめました(汗)。
今回これを書くのにいろいろネット情報みていたら「星を追う子ども」は「ジブリ作品を意識していた」ようですが「画的な」アニメーションのクオリティが低く、活劇部分の思い切り度合が中途半端で3流アニメを見ているようにしか感じられませんでした….。
「秒速5センチメートル」はメジャーになりそうな雰因気のある作品でしたが「ほしのこえ」「雲の向こう、約束の場所」はSF的要素が強く、マニアックで万人受けとは思えず、「星を追う子ども」はそこから退歩したかのようなライトノベルもしくは同人誌的SFファンタジー展開にもついていけなさを感じたので「この人はメジャーにはならないだろうなー」と勝手に思っていたので今回の「君の名は。」のあまりの売れっぷりには驚いていました。
「言の葉の庭」は見ていないのですが、それなりに売れたようなのでいわゆる「売れる」アニメ監督に脱皮していたんでしょうか…。
上記含め「君の名は。」がどんな作品なのかとても楽しみで見に行きました。
全体的な感想としてはとても楽しめました。
オープニングで映像と音楽、とても美しく「こりゃいい映画な気がする」という印象を受けました。
もともとの「新海誠」の特徴である映像美、音楽との調和に加え入念なストーリーの作りこみと説明しきらないで観客に想像させる構成、速いテンポで展開し飽きさせないところがそろい、売れる作品になったのではないでしょうか。
テンポについては一つの場面で一番長かったのは、最後 ご神体の辺りで三葉と瀧が探し求め、出会う場面くらいでしょうか。
男女の入れ替わりがテーマの作品なのにお互いが入れ替わっている場面も一つ一つはとても短くBGMを入れセリフなしの場面展開で処理している場面がとても多いです。
一方で重厚感は薄くいわゆる「名作」とか「作品」としての玄人受けする感は薄いかなとは感じました。
音楽もジブリ作品のように久石譲の重厚な音楽を使うのではなく、RADWIMPSですからその辺も軽量感かなぁ。
説明しきらないストーリー展開は「いい点」でもありますが「わかりにくさ」と裏返しでもありますね。
序盤、糸守での三葉の登校場面でのいかにも日本の田舎の景色などはっとするほど美しかったですし、最初に三葉が入れ替わった場面を描かず「あーこの前日入れ代わりがあったんだな」というところから始め、三葉の日常→東京のイケメン=瀧くんとの入れ代りがとてもスムーズでした。
その他全体よく練られた楽しい作品だったと思います。
以下ネタバレ気にせず書きますのでご注意。
すでに見ていた長男(中二)から事前に「主人公二人のIPHONEのバージョンの違いに注目」と時間のズレにつきネタバレ的な話を聞いてしまっていたのでそこがストレートに楽しめなかったのが残念でしたが、IPHONEだけでなく細かいディテールにこだわっている所には感心しました。
瀧くんが腕に巻いている「紐」の扱いなどうまいなぁ…。
「紐」が存在の輪的な位置づけを持ち、瀧君と三葉の縁をつないでいる。
ラストでも三葉は髪に紐をつけていますので、最初の方で三葉が何気なく髪に結んでから映画の時間軸では三葉→中学生の瀧→高校生の瀧3年、糸守の危機で瀧→三葉→ラストまで5年=8年は使われている紐なわけですよねぇ。
最後の5年のうち最初の3年は同じ時間上に存在していることになるわけですが、果たして同時に存在しえたのかどうか...、パラレルワールド的なことなのか?
「存在しえない」とするとラストで二人が出会って認識できるのは「???」なのですが…。
そんな疑問もあり瀧君側はあの紐はどの場面から出ていたのか…もう一度確認のために見たくなりました。
ネット上では何回も見てその辺指摘する人やら、逆にあら捜しする人やらいるようですが、それに耐えるほどよく練られた映像なんでしょうね。
また根本的に「入れ替わっている間に当事者二人は時間のずれに気付かなかったのか?」という問題があります。
もしかしたら入れ替わっている間は気づいていても「戻ると記憶があいまいになる」というところで説明がつくかとも思いましたが...。
瀧君の方が三葉と入れ代わっている間「糸守高校」に通っていて隕石が落ちたことを知識として知っているのに「隕石」と「糸守」を結びつけないところを見ると、入れ替わっている間も気づいていないと思う方が合理的かもしれない…。
なにか完璧な入れ替わりでなく時代に意識がアジャストされる機能をもつというような。
三葉の東京行きの場面は時代の違いに気づいているのか、いないのかで三葉が髪を切る感情が違ってくるのでとても気になりますが…。
そんなこんないろいろ考えさせられました。
三葉の世界で最初に隕石が落ちる所、前後の場面の切り替えもうまいなぁと感じました。
瀧に景色をたくさんか描かせて糸守の美しい景色に思い入れを抱かせた後に隕石落下後の糸守の無残な姿を見せるあたりもぐっときましたー。
最後の入れ代わりから、三葉、瀧、三葉の友人勅使河原、早耶香とで町の人々を救おうとする辺りは若干紋切型かなぁとも思いました。
この辺の奮闘最後に町長を説得する場面はもう少し考えようもあったのかもしれません。
なおこの場面では勅使河原が超常現象部に入っているところ(部室)が興味深かったです…。
「ムー」読んでいる勅使河原くん、ゼネコンの息子でゴツイ顔している割にオタクですねぇ...新海誠監督も地元のゼネコンの家に生まれたらしいのでその辺自身にかぶらせているんでしょうね。
勅使河原の読んでいるものかなにかに糸守の湖がクレーターであることが書いてあり、状況からご神体辺りもクレーターっぽいので糸守ばかいにクレーターが落ちる原因がなにやらありそうな気もしますし、宮水神社とその辺の「運命」的なものがもう少しでてきてもよかったと...。
掌の「すきだ」はまぁ高校生男子はこの程度のものかと(笑)
ラストのハッピーエンドはこれまでの新海監督の「結ばれない」作風からの転向ととらえられているようで賛否両論巻き起こっているようですが「秒速5センチメートル」とほぼ同じような流れで、見ている人はハッピーエンドであることを知っていてもハラハラするでしょう。
「すれ違い」の代名詞の「君の名は」をタイトルで選んでいるわけですからここは思いっきりすれ違いを重ねないといけないでしょうね。
出会いの場面は三葉が年上になっていることをもっと強調するのもありかななどとも思いましたが、まぁ「よかったねぇ」と見ている立場としては「ホッ」としました。
ここで出会えるラストでなかったら現在の驚異的な興行成績はないんでしょうね。
でもまぁ三葉・勅使河原・早耶香の三人、瀧・司・高木の三人とも、他の友達と別に昼食をとっているなど高校の中で必ずしも大勢と溶け込んでいないように見えました。
その辺、本来の新海監督の「マイナー感」の表れなんでしょうね、次作は思いっきりプレッシャーかかるでしょうがどんなものを出してくるか楽しみです。
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