すごい湿度で高温の昨日、中学校体育祭(千葉県我孫子市)の練習は、丸一日、午前も午後もぶっ通し。
みな疲れ切って、給食ものどを通らない子がほとんど、とのこと
途中で、休憩とかないの? のわたしの問いに、「全然なし。」
これが、土曜日の本番までやすみなしに続くとのこと。
猛暑の日はとくに休みを入れ、おやつなど食べさせる(現状は一切禁止)などという「ふつうの工夫」さえない。まるで集団イジメのようですが、倒れたり、病気になっても「自己責任」なのでしょう。
こういうのを「全体主義」というのですが、下のドナルド・キーンさんの記事にあるように、また「ニューヨークタイムス」東京支局長の言うように、
人権意識のある民主政の国からは考えられないのが、わが日本という国の現状です。
これでは、一人の「独立した人格をもつ人間」、「自由と責任をもつ個人」は育ちようがありません。
戦前と同じで「集団人」の日本を維持するための教育に陥っています。人間はいない。いつまでも後進国。
武田康弘
わたしは、小学5、6年の「政治クラブ」でそう思い、それ以降、半世紀以上にわたり、明瞭に主張し、「正す」ために思考し発言し行動し続けてきましたが、
多くの人は、自分の言葉と行為をもたないのです。それでは人生の充実はなく悲しいです。
実存のよろこびとよき公共世界はほんらい一つです。
誰かがおかしいということを言えば済むことかもしれない。