きぼう屋

生きているから生きている

家事

2009年12月27日 | 教会のこと
あまりに濃くて分厚い日々が続いた
といいましょうか
体中を満たしてこぼれ出ているような出来事が連続した
といいましょうか

つまり
ここにそれらを書くことができる
ということが本当は不可能なほどに
あまりに祝された時を過ごしております

主なる神に感謝


不可能であることを承知で
すこし遡りつつ書いてみたいと思います

まず本日
礼拝の準備と会堂清掃がありました
青年会担当の日

ウチの教会は毎月第四週の土曜日を各会で担当します
そして今月は青年会
でもクリスマスの忙しさの中で
わたしはそんなことをすっかり忘れておりました

しっかり4名も来てくれました

すごいねえ

わたしの中ではっきりとしていることが実はあります
それは
教会共同体という二千年の歴史の中で
信仰がどこではぐくまれてきたかというと
それは
会堂清掃であるということです

みんなが集まる場所を掃除するという行為には
究極といっても過言ではないところの
人間を健全にする本質が詰まっています

信仰はもちろん礼拝で養われます
しかし
その礼拝を常に選び取るためには
それ以外の教会共同体へのかかわりが決定的に必要です

そのかかわりはかっこいい奉仕もあるかもしれません

しかし
本質がつまっているのは
いわゆる家事です

食事に清掃に洗濯です

だれかがしないとならないけれど
しないでいいならしないでも特に文句は言われない
という
これらにこそ本質が詰まっています

そしてこれらを引き受ける人は
人のしたがらないことを進んでするわけで
それも喜びつつ感謝しつつできるすごい人もいるわけで

こういう人の信仰が
実は継承されていきます

本物だから!

マルタを経験せずにマリアにはなりません
マルタを経験するからマリアにもなるのです

だから信仰は

家事→食事の交わり→礼拝→かっこいい奉仕

という順序を実は持っています

聖書からわたしはこれを学んでいます


さてさて

というわけで
本日は教会のあらゆるカーテンの洗濯までできました
母子室がピカピカになりました

そして
Hおばあさんの心のこもった肉じゃがと
Tおじさんのコロッケの差し入れを
みんなで食べました

うまい!!


さらに
青年ふたりと若菜さんで聖書を読み祈る時間まで起こされまして

主の働きに感謝するばかりなのでありました


というわけで
まったくクリスマス行事まで遡れませんでしたが
というか本日(昨日)のことのみですが
すこしずつ書いていこうと思います

明日(本日)の礼拝も楽しみ!!

では
おやすみなさい!