朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

救い、贖(あがな)ってくださる方

2019-03-19 07:29:04 | 聖書から
すべて肉なる者は知るようになる。
わたしは主、
あなたを救い、あなたを贖(あがな)う。イザヤ書49:26



 天の国は、
ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。
家来たちは通りに出て行き、
見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、
婚宴の席は客でいっぱいになった。マタイ22:2、10



 ヨブ記2:1~10
 サムエル記上15:1~35(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句3/19;火)



 すべての肉なる者、
すべての人間が知るようになる、というのですね。
天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方こそが、
私たちを救い、贖(あがな)ってくださる方だと。


 ある王が王子のために結婚の披露宴を設けたのだそうです。
王は、
招待しておいたお客を呼びに、
しもべたちを遣わしたのですが、
彼らは来たがらなかったのだそうです。

 それで、もう一度、
別のしもべたちを遣わしたのですが、
彼らは気にもかけず、
ある者は畑に、別の者は商売に出かけていき、
ほかの者は王のしもべたちを捕まえて恥をかかせ、
殺してしまったのだそうです。

 それで、王は、しもべたちに言いつけたのですね。
「宴会の用意はできているが、
招待しておいた人たちは、それにふさわしくなかった。
だから、大通りに行って、
出会った者をみな宴会に招きなさい」と。
善人とか悪人とかに関係なく、誰でも。
宴会の席がいっぱいになるまで(マタイ22:2~10)。

サタンは、私たちのことを神に訴え、
私たちを罪に定めさせようと試みますが、
天の神、主は、そのサタンの働きにも
制限を加えていてくださるのだそうですから(ヨブ2:1~10)。

 私たちに、
イエスによって実現した救い、贖いを受け取らせ、
天の御国の大祝会に参加させようと。
今日も。

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限りない愛によって

2019-03-18 08:25:26 | 聖書から
キリストが私たちのために死んでくださったことにより、
神は私たちに対する愛を示されました。ロマ書5:8(3/17の週の聖句)



 ユダの王ヒゼキヤの歌:
父は子に
あなた(主)のまことを知らせるのです。イザヤ書38:19



 イエスの言葉:
子供たちを来させなさい。
わたしのところに来るのを妨げてはならない。マタイ19:14



 ヨハネ3:14~21
 詩10(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句3/17;Ⅲ日曜)



災いだ、
偽りの判決を下す者、
労苦を負わせる宣告分を記す者は。
彼らは弱い者の訴えを退け、
わたしの民の貧しいものから権利を奪う。イザヤ書10:1、2


あなたがたはこの世に倣ってはなりません。
むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、
何が神の御心であるか、
何が善で完全かをわきまえなさい。ロマ書12:2

 創世記37:3~4、12~14、23~35(36)
 サムエル記上14:1~15(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句3/18;月)

〔父である神〕は、
〔御子である神〕を人として人の世に派遣し、
この方を私たちすべての人間の身代わりとし、
私たちの「的外れ」の責任のすべてを負わせて、
十字架刑で、天と地の間に上げ、
神に呪われた者として掲げ、処刑することで、
私たちすべての人間の処罰が終わっているものとし、
私たちを新しく生まれさせ、
私たちが永遠のいのちで生きるご自身の子とすることで、
私たちへの愛を現わしておられるのですね(ヨハネ3:14~21)。



それで、この方を、
この方の愛の御業を、
父は子に、子はまたその子に告げ知らせるのですね。



イエスが、
小さな子供たちがイエスのところへ来ることを叱る弟子たちを押え、
子どもたちを迎え入れ、
手を置いて祝福されたように。


子どもたちが天の神、主との関わりの中で
幸せな人生を歩むようにと。



私たちは、地位を得、権力を握ると、初めの心を忘れ、
弱い、寄る辺のない者の正しい訴えを退け、
貧しい者、悩む者の権利を奪う者です。


〔父である神〕は、その「的外れ」になっている、
私自身である〔生まれたときからの私〕という霊を
イエスが私たちに代わって受けてくださった十字架刑での処刑によって、
処刑されたもの、死んだものとしてくださるのだそうです。



そして、イエスを通して、
私たちに〔聖である霊〕と呼ばれる方を派遣してくださって、
この方によってご自身の御思いを私たちの心に置いてくださり、
私たちの心をご自身の思いで一新してくださり、
御心に沿った、新し生き方をさせてくださるのだそうですから。


限りない愛の中で。
この新しい週も。





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恵みによって、完全な者へと

2019-03-16 20:18:41 | 聖書から
主は正しくいまし、
恵みの業を愛される。詩11:7

 あなたがたの父が完全であられるように、
あなたがたも完全な者となりなさい。マタイ5:48

 ロマ書6:12~18
 サムエル記上13:1~23(通読箇所)
  (ローズンゲン日々の聖句3/16;土)

 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
正しく、正義を、恵みの業を愛される方。
ご自身が完全であられるように、私たちを完全な者としてくださる方。



 私たち、この方によって
「われわれのかたちとして、われわれに似せて」造られていながら(創世記1:26)、
もっと素晴らしい者になろうとして、
「神のひとりのようになり、善悪を知る」ようになり、
「的外れ」になっているものです(創世記3:5、22)。


 けれども、神である主は、
そのような「的外れ」、
出来そこないになっている私たちを廃棄処分にしようとせず、
なお、大切に思っていてくださって、
私たちを最初の創造の目的のとおりに回復しようとしていてくださるのだそうです。



 イエスが言われたとおりの、
「それは、父よ、あなたがわたしにおられ、
わたしがあなたにいるように、
彼らもわたしたちにおるようになり、
わたしたちが一つであるように、
彼らも(わたしたちと)一つである」(ヨハネ17:21~23)者へと。



 それで、〔父である神〕は、
〔御子である神〕を預言のことばのとおりに、
「女の子孫」として(創世記3:15)、
アブラハムの子孫であるダビデ(Ⅱサムエル7:11~17)、
その子孫である処女マリヤの胎を通して(ルカ1:26~38、3:23~38)、
人の世に派遣されたのだそうです。



 この方は、およそ33歳の頃、
〔父である神〕の御思いのとおりに、
私たち人間の「的外れ」の責任のすべてを背負って、
十字架刑での処刑を受けてくださいました。

 〔父である神〕は、
このイエスが受けられた十字架刑での処刑によって、
私たちすべての人間の処罰が終わったものと
していてくださるのだそうです。

 私たちの、
「的外れ」になっている〔生まれたときからの私〕という霊を
処刑が終わっているもの、
罪に対しては死んだものとしてくださって(ロマ6:11)。

 さらに、〔父である神〕は、
死んで墓に葬られた御子イエスを、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活させ、
40日に渡って何度も弟子たちに現させて、
神の国について語らせた後、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、天に上げられ、
ご自身の右の座に復帰させなさったのだそうです。

 そして、このイエスを通して、
もう一人の方、
〔聖である霊〕と呼ばれる方を受け入れる者に派遣し、
この方によって、私たちの心に、
ご自身が私たち一人一人に思っておられる御思いを置き、
書きしるしてくださって、
受け入れる者の心にご自身の思いがあるようにして、
受け入れる者がご自身と心と思いを一つにする者にしてくださるのだそうです。

 それで、これを受け入れる者は、
神に対して生きる者にしていただけるのですね(ロマ6:12~18)。

 神の御心によって生きる、
霊によって新しく生まれた者に。
父が完全であられるように完全な者に。
今日も。


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善意と正義と真実を着せていただいて

2019-03-15 09:11:19 | 聖書から
主はこう言われる。
正義と恵みの業を行ない、
搾取されている者を虐げている者の手から救え。

寄留の外国人、孤児、寡婦を苦しめ、
虐げてはならない。エレミヤ書22:3



 光の子として歩みなさい。
――光から、
あらゆる善意と正義と真実が生じるのです。エフェソ書5:8~9



 ヘブル書2:11~18
 サムエル記上12:6~25(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句3/15;金)



 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方は、
私たちが、単に、宗教的行事を盛んに行うことを喜ばれる方ではないのですね。

 それよりも、
正義と公義、恵みの業を行なうことを求めておられる方。
搾取されている者、かすめられている者を、
しいたげている者の手から救い出すことを求めておられる方。

 寄留している外国人、みなしご、やもめなど、
弱い立場にある人たちを苦しめたり、いじめ、しいたげないようにと。

 私たち、
「的外れ」になっている
〔生まれたときからの私〕という霊から出て来る思いによって
生きていたときは、
暗やみの中にいる者だったのですね。

 けれども、その私のままで
光の中、天の神、主の御前に出ていくとき、
明るみに出て行き、
神である主に見ていただき、
知っていただく時、
神は、私たちを光に照らされ、
光の中にいる者として下さって、
暗やみである、
「的外れ」の私たちの「生まれたときからの私〕という霊を、
イエスの十字架刑での処刑に合わせて
処刑されたもの、死んだものとしていることを明らかにしてくださるのですね。

 そして、〔父である神〕は、
私たちが、もう一人の方、
〔聖である霊〕と呼ばれる方によって生きるようにしてくださるのだそうです。

 この方は、
死んで葬られ、
三日目、日曜日の早朝、
死人の中から新しい霊のからだに復活し、
40日に渡って何度も弟子たちに現れ、
神の国について語ったのち、
オリーブ山で弟子たちが見守る中、上げられ、
天の〔父である神〕の右の座に帰られたイエスを通して
私たちに来てくださる方。

 私たちの心に、
〔父である神〕の御思いを置き、書きしるしてくださって、
受け入れる者が〔父である神〕と同じ思いを思い、
一つ心になって生きるようにしてくださるのだそうですから(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28、ヨハネ17:21~23)。

 このままで御前に進み出て
光の子としていただき、
〔聖である霊」と呼ばれる方によって
善意と正義と真実である〔父である神〕との
一つ思いの中へと。
今日も。

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キリストの言葉を豊かに宿らせ

2019-03-14 10:28:54 | 聖書から
あなたを畏れる人、
あなたの命令を守る人、
私はこのような人の友となります。詩119:63

キリストの言葉が
あなたがたのうちに豊かに宿るようにしなさい。
知恵を尽くして
互いに教えなさい。コロサイ書3:16

 ヤコブ書4:1~10
 サムエル記上11:1~15(通読箇所)
   (ローズンゲン日々聖句3/14;木)

 天の神、主、
「『わたしはある(I am)』という者」と名乗られる方を愛する者、畏敬する者は、
この方の御思いが実現することを願うのですね。



 それで、私たちは、
人となられ、
私たちの身代わりとなって十字架刑の処刑を受け、
私たちのためにいのちをささげてくださった〔御子である神〕
イエス・キリストの言葉が豊かに宿るよう求め、
互いに教え合い、分かち合うのですね。


 イエスは、神の言(ことば)、
〔父である神〕の御思いの現れそのものであられる方なのですから。



 〔父である神〕は、
ご自身が「ねたむほどに愛し、慕っておられる方」(ヤコブ4:5)、
〔聖である霊〕と呼ばれる方を、
イエスを通して私たちに派遣し、
私たちのうちに住まわせてくださいました。



 そして、この方によって、
私たち一人一人に思っていてくださる御思いを
私たちの心に置き、書きしるしてくださって、
私たちがご自身と一つ思い、
一つ心になるようにしてくださるのだそうです(エレミヤ31:31~34、エゼキエル36:25~28)。
〔父である神〕の御思いが豊かに宿る者に。


 私たち、「的外れ」になっていて、
二心の者、
神の御思いが成るように願う心と
自分の思いを実現したいと思う思いで
心が割れている者です。



 心を単一にして、
自分の思いを実現したいなら、その思いだけ、
悲しいなら、悲しいだけ、
憂えているなら、憂えているだけ、
汚い思いなら、汚い思いだけに成り切って、
〔聖である霊〕と呼ばれる方によって、
その単一な、そのままの心で、
〔父である神〕の御前に出て行き、
その自分自身を差し出していくとき(ヤコブ4:6~10)、
私たちは御子イエスの十字架刑での処刑によって
処刑済みのもの、死んだものとしていただいていることが明らかになり、
いよいよ〔聖である霊〕と呼ばれる方によって心に来る神の御思いによって生きる、
新しく生きるようにしていただけるのだそうです。



 神のことばをにぎり、悪魔に立ち向かうなら、
悪魔、
私たちを誘惑し、神に告訴して私たちを罪に定めさせようとする者は
逃げ去るのだそうですから。



 聖書のことば、神の御思いをよりどころにして。
今日も。





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