朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

変わることのない、永遠なる方と、思いを一つにして

2023-01-30 22:16:46 | 聖書から
神よ、あなたは変わることはなく、
あなたの年は終わりがありません。

              詩篇102:28(ドイツ語聖書)



恵みがあなたがたと共にあるように。
今おられ、かつておられ、
やがて来られる方から
平和があるように。黙示録1:4



 ヨハネ1:43~51
 創世記16:1~16(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/31;火)



    ―――― ☆ ――――



 聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
変わることのない、その年も尽きることがないお方。



そして、イエスは、
今、おられ、昔おられ、やがて来られる方。

この方から、恵みと平和が来るのですね。





 ナタナエルが、イエスがそのようなお方であることを
認めるようになったいきさつを、
ヨハネは次のように記しています。



その翌日、イエスはガリラヤに行こうとされた。
そして、ピリポを見つけて、
「わたしに従って来なさい」と言われた。
彼はベツサイダの人で、
アンデレやペテロと同じ町の出身であった。


ピリポはナタナエルを見つけて言った。
「私たちは、モーセが律法の中に書き(申命記18:15、18)、
預言者たちも書いている方に会いました。
ナザレの人で、ヨセフの子イエスです。」



ナタナエルは彼に言った。
「ナザレから何か良いものが出るだろうか。」


ピリポは言った。
「来て、見なさい。」



イエスはナタナエルが自分の方に来るのを見て、
彼について言われた。
「見なさい。まさにイスラエル人です。
この人には偽りがありません。」



ナタナエルはイエスに言った。
「どうして私をご存じなのですか。」


イエスは答えられた。
「ピリポがあなたを呼ぶ前に、
あなたがいちじくの木の下にいるのを見ました。」



ナタナエルは答えた。
「先生、あなたは神の子です。
あなたはイスラエルの王です。」



イエスは答えられた。
「あなたがいちじくの木の下にいるのを見た、
とわたしが言ったから信じるのですか。
それよりも大きなことを、あなたは見ることになります。」



そして言われた。
「まことに、まことに、あなたがたに言います。
天が開けて、神の御使いたちが
人の子(イエスご自身のこと)の上を上り下りするのを、
あなたがたは見ることになります。」(ヨハネ1:43~51)





 ナタナエルは、
イエスが知るはずのないことを言われたので、
イエスに、【全知なる神】を感じたのでしょうね。





 また、この方は、女主人サライのもとを逃げ出して、
行き悩んでいるエジプト人の女奴隷ハガルを
顧みておられ、
ハガルに現れ、言われました。


「あなたの女主人のもとに帰りなさい。
そして、彼女のもとに身を低くしなさい。
わたしはあなたの子孫を増し加える。
それは、数えきれないほど多くなる。



見よ。あなたは身ごもって

男の子を産もうとしている。

その子をイシュマエルと名づけなさい。

【主】が、あなたの苦しみを聞き入れられたから。

彼は、野生のろばのような人となり、

その手は、すべての人に逆らい、

すべての人の手も、彼に逆らう。

彼は、すべての兄弟に敵対して住む。」(創世記16:9~12)





 神である【主】は、ハガルに語られたとおりになさり、
このイシュマエルからアラブ人が出たのですから。



 神、【主】は、変わることのない方、
今おられ、昔おられ、やがて来られる方。



イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
私たちもこの方の御思いを心に置いていただき、
この方と思いを一つにして生きていくのですから。



イエスが言われたように
「自分の思いを行うのではなく、
遣わされた方、【父である神】の
みこころを行う」(ヨハネ6:38)生き方を生きて。

今日も。



      ~~~~~~~~~~~~~~


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この世に調子を合わせるのではなく、イエスの生き方で生きて

2023-01-27 22:28:11 | 聖書から
(ダビデのゴリアテへの言葉)
お前は剣、槍、投げ槍を持って
私に向かって来る。
しかし、私はお前に向かって
万軍の主の名前によって行く。
                サムエル記上17:45(ド)



この世と調子を合わせてはいけません。
                ロマ書12:2



 黙示録15:1~4
 創世記14:17~24(通読箇所)
     (ローズンゲン日々の聖句1/28;土)



    ―――― ☆ ――――



 イスラエル軍に向かって来るペリシテ人の巨人ゴリアテ。
ダビデは、羊を飼う杖と石投げと五つの小石を持って、
万軍の【主】の御名によって
ゴリアテに向かって行ったのですね。





 そのダビデのように、この世と調子を合わせ、
この世に倣(なら)って行動するのではなく、
神のみこころによって行動するように、と。





 神である【主】は、
ローマ皇帝ドミティアヌスの迫害により、
エーゲ海のパトモス島に流刑になっていた使徒ヨハネに
これから後、この人間の歴史の中で今後起こることを、
幻によって見せられました。


その中に、この世の終わりに起こる、
「獣」による世界支配の幻がありました。
彼は、
イエスによって生きている者たちを迫害するのですね。



「この獣の像を拝まない者をみな殺させた。
また、小さい者にも、大きい者にも、
富んでいる者にも、貧しい者にも、
自由人にも、奴隷にも、すべての人々に
その右の手かその額かに、刻印を受けさせた。



また、その刻印、
すなわち、あの獣の名、
またその名の数字(666)を持っている者以外は、
だれも、買うことも、売ることもできないようにした。」



「私は、火の混じった、ガラスの海のようなものを見た。
獣と、その像と、その名を示す数字に打ち勝った人々が、
神の立琴を手にして、
このガラスの海のほとりに立っていた。
彼らは、神のしもべモーセの歌と小羊の歌とを歌った。



『主よ、全能者なる神よ。
あなたのみわざは偉大で、驚くべきものです。
諸国の民の王よ。
あなたの道は正しく真実です。
主よ、あなたを恐れず、
御名をあがめない者がいるでしょうか。
あなただけが聖なる方です。
すべての国々の民は来て、
あなたの御前にひれ伏します。
あなたの正しいさばきが
明らかにされたからです。』」(黙示録15:1~4)





 この世と調子を合わせないで、
獣とその像を拝まないことは、
神の御思いだったのですね。



そして、このように天に引き上げられ、
神の御座の前で賛美を献げる者にしてくださる。





 私たち、
まだ、いのちを落とすような迫害の中にはいませんけれど、
この世の生き方、
「神の一人のようになり、
善悪を知る者」(創世記3:22))となって、
神の創造の目的から「的外れ」になっている
自分の理性による善悪の判断で生きる、
〔生まれたときからの私〕という霊を、
イエスが受けられた十字架刑の死刑に
合体させていただいて、
死刑が住んでいるもの、
死んだものと手続きしていただくのですね。



そして、死んで墓に納められ、
三日目、日曜日の早朝、新しい霊のからだに復活し、
天の、【父である神】の右の座に復帰されたイエス。



そのイエスを通して来てくださる【聖である霊】と呼ばれる方。

私たちは、この方が私たちの心に置いてくださる
【父である神】の御思いと
思いを一つにしながら生きるのですから。

この世と調子を合わせるのではなく。

今日も。



      ~~~~~~~~~~~~~~


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イエスによる、義の実を結ぶ者に、と

2023-01-26 21:38:38 | 聖書から
義(ただ)しい人は
小川のほとりに植えられている
木のようで、
時が来ると実を結び、
その葉は枯れることがない。

           詩篇1:3(ドイツ語聖書)



(パウロの手紙)
私はこう祈ります。
あなたがたの愛が
知識とあらゆる体験にあって、
ますます豊かになり、
イエス・キリストによる
義の実りで満たされて、
神に栄誉と賛美がもたらされますように。

            フィリピ書1:9、11(ド)

 コロサイ書1:(21~23)24~29
 創世記14:1~16(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/27;金) 

    ―――― ☆ ――――



 聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)との正しい関係、
あるべき関係に生きている人は、
乾燥した地域にあっても
小川のほとりに植えられている木のようで、
日照りの時も実を結び、その葉も
枯れることがないようにしていただけるのだそうです。



パウロがピリピの人たちに書き送っているように、
神への愛、お互い同士の愛が、
知識とあらゆる体験、識別力によって、
いよいよ豊かになり、
イエスによって与えられる義の実に満たされて、
神の栄光と誉れが現わされる、そのような実が
結ばれていくようにしていただけるのですから。





 そして、かつては神から離れ、敵意を抱き、
神に対立、対抗して
自分を建て上げでいく生き方の中にいた私たちも、
【父である神】が、
人となられた【御子である神】、イエスの肉体において、
その死によって、ご自分と和解させてくださっている、
その、神との回復された関係にあって、
聖、この世から取り分けられた者、
傷のない者、責められるところのない者として、
はばかることなく、躊躇することなく神の御前に出て、
神との、思いを一つにする関係の中に生き、
いよいよ、神への信頼関係がしっかりした者とされ、
聞いているイエスに関する良き知らせによる望みに
しっかり立つ者とされて。





パウロは、
キリストのからだである信じる者の群れのために、
自分の身をもって、
キリストの苦しみの欠けたところを満たし、
神から委ねられた務めにしたがって、
信じる者の群れに仕え、
神のことば、キリスト、栄光の望みを伝える者となり、
すべての人を成熟した者として立たせるために、
あらゆる知恵をもってすべての人を諭し教えていまます。
そのために、
私は自分のうちに力強く働くキリストの力によって、
労苦しながら奮闘しています、と言っています。





 私たちも、流れのほとりに植えられた木が、
日照りの時も流れからの水を受け、
葉を茂らせ、実を結ぶように、
イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
【父である神】の御思いを内に置いていただき、
【父である神】が思っておられる
それぞれの分に応じて動き、働き、
実を結んでいくのですね。

今日も。



      ~~~~~~~~~~~~~~


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義に飢え渇く者は幸いです

2023-01-24 23:14:11 | 聖書から
義は命へと導く。
しかし悪を追求することは
死へと導く。箴言11:19(ドイツ語聖書)



義に飢え渇く者は幸いです。
その人たちは
満ち足りるからです。マタイ5:6



 ルツ記4:7~12
 創世記12:10~20(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/25;水)



    ―――― ☆ ―――― 



 聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)との正しい関係、
この方の創造の目的に合った関係を求めていくなら、
生きる者となるというのですね。
永遠のいのちの関係の中を。



しかし、創造の目的から「的外れ」になっている、
自分の理性による善悪の判断を実現していく道は、
死を目指している道のようです。



この方、神である【主】との
あるべき関係になっていない自分を知って、
この方と思いを一つにし、心を一つにして生きることに
飢え渇いているものは、
満ち足りるようにしていただける、とイエスは言うのですね。




この方、天の神、【主】は、

イスラエル人の家系を大切に思っておられるようです。
家系が絶えてしまったり、その家の相続地が
他の人に移ってしまったりすることがないよう、
「買戻し」の制度を定められました。

 

申命記25:23~25には、次のように記されています。

「土地は、買い戻しの権利を放棄して売ってはならない。
土地はわたし(神)のものである。
あなたがたは、
わたしのもとに在留している寄留者だからである。



あなたがたが所有するどの土地においても、
土地を買い戻す権利を認めなければならない。
もしあなたの兄弟が落ちぶれて、
その所有地を売ったときは、
買い戻しの権利のある近親者が来て、
兄弟が売ったものを買い戻さなければならない。」





イスラエルに王が立つ前の頃のこと、
ユダの町、ベツレヘムの人ボアズは、
隣国、モアブからベツレヘムに帰って来たエリメレクの妻、
ナオミとその嫁ルツから買い戻しの行使を申し出られ、
モーセの律法に定められている買い戻しの権利を行使して
エリメレクの畑を買い戻し、
エリメレクの名が続くようにしようと
その申し出を受け入れました。



しかし、自分よりももっと近い親戚がいて、
その人のほうに買い戻しの権利があるので、
その親戚の人に買い戻しをするよう交渉しました。
ルツ記にはその時のことを次のように記しています。



ボアズは、その買い戻しの権利のある親類に言った。
「モアブの野から帰って来たナオミは、
私たちの身内のエリメレクの畑を売ることにしています。
私はそれをあなたの耳に入れ、
ここに座っている人たちと私の民の長老たちの前で、
それを買ってくださいと言おうと思ったのです。

もし、あなたがそれを買い戻すつもりなら、
それを買い戻してください。
けれども、もし、それを買い戻さないのなら、
私にそう言って知らせてください。
あなたを差し置いてそれを買い戻す人はいません。
私はあなたの次です。」



彼は言った。
「私が買い戻しましょう。」
ボアズは言った。
「あなたがナオミの手からその畑を買い受けるときには、
死んだ人の名を相続地に存続させるために、
死んだ人の妻であったモアブの女ルツをも
引き受けなければなりません。」



するとその買い戻しの権利のある親類は言った。
「私には、
その土地を自分のために買い戻すことはできません。
自分自身の相続地を
損(そこ)なうことになるといけませんから。



私に代わって、あなたが買い戻してください。
私は買い戻すことができません。」



昔イスラエルでは、買い戻しや権利の譲渡をする場合、
すべての取り引きを有効にするために、
一方が自分の履き物を脱いで、
それを相手に渡す習慣があった。こ
れがイスラエルにおける認証の方法であった。



それで、この買い戻しの権利のある親類はボアズに、
「あなたがお買いなさい」と言って、自分の履き物を脱いだ。


ボアズは、長老たちとすべての民に言った。
「あなたがたは、今日、私がナオミの手から、
エリメレクのものすべて、キルヨンとマフロンのものすべてを
買い取ったことの証人です。

また、死んだ人の名を相続地に存続させるために、
私は、マフロンの妻であったモアブの女ルツも買って、
私の妻としました。
死んだ人の名を、その身内の者たちの間から、
またその町の門から絶えさせないためです。
今日、あなたがたはその証人です。」



門にいたすべての民と長老たちは言った。
「私たちは証人です。
どうか、【主】が、あなたの家に嫁ぐ人を、
イスラエルの家を建てたラケルとレアの二人のように
されますように。



また、あなたがエフラテで力ある働きをし、
ペツレヘムで名を打ち立てますように。


どうか、【主】が
この娘を通してあなたに授ける子孫によって、
タマルがユダに産んだペレツの家のように、
あなたの家がなりますように。」(ルツ記4:3~12)





 このようにして、神との正しい関係を求めるボアズと
異邦人であるモアブの女でありながら、
「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です」と、
義母ナオミから離れようとしなかったルツの子孫から、
ダビデ王が、


そして、そのダビデの子孫のマリアの胎を通して
イエスが生まれることになったのですから。



私たちも、神である【主】とのあるべき関係、
イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方によって、
【父である神】の御思いを心に置いていただいて、
一つ思いになって生きる生き方に飢え渇いて。

今日も。



      ~~~~~~~~~~~~~~


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おしつぶされたり、恥をかいたりすることがないように、と

2023-01-23 14:44:35 | 聖書から
人々が東からも西からも、
また南からも北からも来て、
神の国で食卓につきます。ルカ13:29
                (1/22の週の聖句)



私が潰(つぶ)れないようにしてください。
私はあなたを信頼しております。
             詩篇25:20(ドイツ語聖書より)



雨が降って洪水が押し寄せ、
風が吹いてその家を襲っても、
家は倒れませんでした。
岩の上に
土台が据えられていたからです。マタイ7:25



 使徒16:9~15
 創世記11:1~9(通読箇所)
   (ローズンゲン日々の聖句1/23;月)





    ―――― ☆ ――――



 聖書が啓示している神、
天の神、【主】、
「『わたしはある(I am)』という者」と
名乗られる方(出エジプト3:14)は、
私たちが潰(つぶ)れてしまわないように、
恥を見ないように、私たちを守り、
困難から、不当な苦しみから救い出してくださる方。



それで、私たちはこの方に信頼し、
この方に身を避けます。



しっかりした土台、
砂地ではなく、岩を土台として家を建てる人のように。


自分の理性に信頼し、
自分の理性による善し悪しの判断の上にではなく、
イエスを通して来てくださる
【聖である霊】と呼ばれる方が心に置いてくださる、
【父である神】の善し悪しの判断の上に
自分の生活を立ち上げて。





 パウロたちが、
【聖である霊】と呼ばれる方の導きについていって、
自分では思ってもいなかった、
エーゲ海を渡り、マケドニア、ギリシャ地方に
イエスによる良い知らせを伝えていったように。





ルカはこの時のことを次のように記しています。

その夜、パウロは幻を見た。
一人のマケドニア人が立って、
「マケドニアに渡って来て、私たちを助けてください」と
懇願するのであった。

パウロがこの幻を見たとき、
私たちはただちにマケドニアに渡ることにした。
彼らに福音を宣べ伝えるために、
神が私たちを召しておられるのだと確信したからである。



私たちはトロアスから船出して、サモトラケに直行し、
翌日ネアポリスに着いた。
そこからピリピに行った。
この町はマケドニアのこの地方の主要な町で、
植民都市であった。



私たちはこの町に数日滞在した。
そして安息日に、
(この町には、ユダヤ人の会堂がまだなかったので)
私たちは町の門の外に出て、
祈り場があると思われる川岸に行き、
そこに腰を下ろして、集まって来た女たちに話しをした



。リディアという女の人が聞いていた。
ティアティラ市の紫布の商人で、神を敬う人であった。
主は彼女の心を開いて、
パウロの語ることに心を留めるようにされた。



そして、
彼女とその家族の者たちがバプテスマを受けたとき、
彼女は「私が主を信じる者だとお思いでしたら、
私の家に来てお泊りください」と懇願し、
無理やり私たちにそうさせた。(使徒16:9~15)





このようにして、神である【主】は、パウロたちを導いて
ヨーロッパ最初の教会をピリピに作られ、
パウロの宣教の働きを支援する群れとされたのですね。





 このような神の御思いの上に立った行動、
岩の上に家を建てる出来事と真反対の出来事が
創世記に記されています。



神である【主】は、
「われわれのかたちとして、
われわれの似姿に」(創世記1:26)と望んで造った人間が、
ご自身と思いを一つにして生きる場に留まらず、
もっと素晴らしい者になろうとして
「神のひとりのようになり、
善悪を知る者」になって(創世記3:22)、
それぞれが自分の善し悪しの判断で生きるようになり、
地が暴虐で満ちていることを悲しまれました。


それで、大洪水によって生きているものをみな滅ぼし、
その時代で一番神とともに歩んでいたノアとその家族を
箱舟によって大洪水から救い、
彼らから新しい歴史を始められました。

しかし、その結果は次のようなものでした。



さて、全地は一つ話しことば、
一つの共通のことばであった。
人々が東の方へ移動したとき、
彼らはシンアル(シュメール)の地に
平地があるのを見つけて、そこに住んだ。

彼らは互いに言った。
「さあ、レンガを作って、よく焼こう。」
彼らは石の代わりにレンガを、
漆喰(しっくい)の代わりに
瀝青(れきせい、アスファルト)を用いた。

彼らは言った。
「さあ、われわれは自分たちのために、
町と、頂が天に届く塔を建てて、名をあげよう。
われわれが地の全面に散らされるといけないから。」



そのとき【主】は、
人間が建てた町と塔を見るために降りてこられた。
【主】は言われた。
「見よ。彼らは一つの民で、
みな同じ話ことばを持っている。
このようなことをし始めたのなら、
今や、彼らがしようと企てることで、
不可能なことは何もない。



さあ、降りて行って、
そこで彼らのことばを混乱させ、
互いの話ことばが通じないようにしよう。」



【主】が彼らを地の全面に散らされたので、
彼らはその町を立てるのをやめた。
それゆえ、その町の名はバベル(バビロン)と呼ばれた。
そこで【主】が全地の話しことばを混乱(ヘブル語バラル)させ、
そこから【主】が人々を地の全面に散らされたからである。

                      (創世記11:1~9)





私たちは、
この、「神の一人のようになり、善悪を知る者」になって、
神に対立、対抗して、
自分の理性の判断だけで善悪を決めていく生き方か、
神である【主】と相談しながら善悪を判断していく生き方かを
選びながら生きることになるのですね。
岩の上の土台か、砂地の上の土台かを。



神である【主】は、私が潰(つぶ)され、
恥をかくことがないよう、守り、救い出し、
神の国で、神の家族として食卓に着くよう、
願っていてくださるのですから。

今日も。



      ~~~~~~~~~~~~~~


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