朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

あの方の招待に応じる人は幸いですね

2014-01-31 23:32:16 | 聖書から
神よ、

立ち上がり、

地を裁いてください。



あなたは

すべての民を

嗣業とされるでしょう。

詩篇82:8
 





ヨハネの手紙:

私が見ていると、

見よ、

あらゆる国民、

数えきれないほどの大群衆が、

玉座の前と

小羊の前に立って、

大声でこう叫んだ。



「救いは

玉座に座っておられる私たちの神と、

小羊とのものである。」

黙示7:9〜10
  



(ローズンゲン日々の聖句2/1;土)






あの方は、

全ての国々を

ご自分の民として下さるのだそうですね。]

あらゆる国民の中から

あの方の民は

集められるのだそうです。



それは数えきれないほどの

大群衆なのだそうです。



そして、

あの方と、

過ぎ越しの小羊となって

私たちの罪を背負って

処刑されて下さり、



3日目に復活され、

天に帰られた方の

御座の前で

ほめ歌を歌うのだそうです。




今は、

こちら側にいる

私たちですが、



声高く

歌いたいですね。



今日も。



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知恵ある人の舌は癒す

2014-01-30 23:43:11 | 聖書から
軽率なひと言が


剣のように

刺すこともある。



知恵ある人の舌は

癒す。

箴言12:18






悪い言葉を

一切

口にしてはなりません。



ただ、

聞く人に

恵みが与えられるように、



その人を

造り上げるのに役立つ言葉を、

必要に応じて

語りなさい。

エフェソ書4:29





(ローズンゲン日々の聖句1/31金)






私たち、

他の人を

慈しみをもって見るよりも、

批判的に見る方が

得意なようですね。



その

批判的な思いが

口から出て、

剣で刺されたような痛みを

与えてしまうことがあるようです。




私たちの本体である

「生まれた時からの霊」は、

自分が一番でないと気が済まないもの、

他の人の欠点を見て

安心するものなのでしょうね。



だから、

悪い言葉を一切口にしないようにしようと、

その思いを抑え込んでいくと、

どこかで爆発したり、



おかしくなったりするようです。



また、

上手くいっているとその努力している自分を誇り、

出来ない人を

批判する心が

湧いて来るようですね。




あの方は、

その心を変える秘訣は、

霊を取り替えることだと

仰っておられるのでしょうか。





「生まれた時からの霊」は、

イエスが

十字架刑で処刑されたとき、



イエスに合わせられて

処刑されたものと

計算し、





復活され、

天に帰られ、

御父の右の位に就かれて、





その御自分に代わって

派遣して下さっている

「聖である霊」と呼ばれるお方をお迎えして、



この方によって、

御父の御思いを

私の心の思いに

思わせていただくのだそうです。




御父の御思いが

私の心の思いに来るとき



私たちの心は、

批判よりも慈しみを、



傷つけるよりも、

包み癒す思いを、





悪い言葉よりも、

聞く人が恵みを感じ、

その人が生き生きし、

立ち上がれるような言葉を、



しかも、

押し付けではなく、

その人の必用に応じて

語るように

なるのだそうですね。




「聖である霊」と呼ばれる方を、



もっともっと

お迎えして、



心の思いを

入れ替えていただきたいですね。



今日も。




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.

2度目に来られる日が近づいているようですね

2014-01-29 23:43:34 | 聖書から
神は

時を移し、

季節を変え、



王を退け、

王を立てられる。

ダニエル書2:21
 





あなたがたは、

これらのことが起こるのを

見たら、



神の国が

近づいていると

悟りなさい。

ルカ21:31
  



(ローズンゲン日々の聖句1/30;木)






自然界の運行も、

人間の歴史の

移り変わりも、



御手に取っておられる方が、

神の国の前兆を

見せて下さり、



私たちの救いを

完全なものとして下さるのですね。



御子である方が

2度目に

来られる日が

近づいているようです。



そのことが

いつ起こってもいいように、



目の前で起こる

一つ一つの出来事を用いて

あの方との関係を

より深いものにしていきましょう。



今日も。



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一度死んだが、また生きた方が

2014-01-28 23:54:04 | 聖書から
ベツレヘムよ、

お前の中から

わたしのために

イスラエルを治める者が

出る。



彼の出生は

古く

永遠の昔に

さかのぼる。

ミカ5:1






スミルナにある教会の天使に

こう書き送れ。 



「最初の者にして、

最後の者である方、



一度死んだが、

また生きた方が

言われる。



『わたしは、

あなたの苦難や貧しさを

知っている。



だが、

本当は

あなたは

豊かなのだ。』」

黙2:8~9
  



(ローズンゲン日々の聖句1/29;水)






東方からの博士たちが

エルサレムにやって来て、

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は

どこにおいでになりますか。」

と尋ねたとき、



学者たちは、

このミカ書5:1をもって、

「ベツレヘムです」と

ヘロデ王に答えたのだそうです

(マタイ2:1~7)。




ユダヤ人の王、

キリストが

ベツレヘムに生まれるという、

700年ほど前に

ミカを通して告げられた預言。



しかもそれは、

永遠の昔から定められていたことだ



いうのですね。



この方は、

最初からおられた方、



この自然界や人間が

創造される前、



この方は

すでに

出生の場所も

十字架で処刑されることも

了解していたということなのでしょうか。 





そして、たしかに、

十字架刑で一度死に、

また生きた、

よみがえった方

なのだそうですね。




この方、

あのときは

私たちの罪を負って

十字架刑の処刑を受けるために来られましたが、



次には、

王として、

世界を治めるために

来られるのだそうです。





その日は

私たちの希望が実現する日

なのだそうです。


イエス・キリストが再び来られる

その日を、

私たちも

「主よ、来てください」

(黙示録22:17)と

待ち望みたいですね。



今日も。










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瀕死の病も従う権威を持つ方と

2014-01-27 23:48:16 | 聖書から
いかに幸いなことでしょう。

あなたによって

勇気を出し、



心に

広い道を

見ている人は。

詩篇84:6
 





百人隊長は

友達を使いにやって

言わせた。



「主よ、

御足労には及びません。



私は

あなたを

自分の屋根の下に

お迎え出来るような者ではありません。





ひと言おっしゃってください。



そして

私の僕を

いやしてください。」

ルカ7:6~7
  



(ローズンゲン日々の聖句1/28;火)






「聖である霊」と呼ばれる方が

働いて下さるとき、



心に、

勇気や力、生き生きとした思いが

湧いてくるのでしょうね。





それは、

あの方の心なのでしょうから。




心に

広い道を見ている人、



それは、

御座におられるあの方の御前に

まっすぐに通じている道

なのでしょうか。





ローマ兵100人を率いる隊長でありながら、

被征服民の、

しかも

名もない一人の男の前に

身を低くする心、



そして、

この方こそ、

天の神から遣わされた方、



この方の御言葉には、

病も従う

との信頼、



それも、

この広い道なのでしょうか。




慕わしいですね。

そのような思いを

私の心にも

起こして下さる方。



今日も。



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