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朝明けに

聖書のことばから、うれしい一日一日の糧を!

私たちを豊かにならせたいのだそうですね。あの方

2014-06-25 23:08:15 | 聖書から
主は

その

偉大な御名のゆえに、



ご自分の民を

決して

おろそかには

なさらない。

サムエル記上12:22

 





あなたがたは、

主イエス・キリストの恵みを

知っています。



主は

豊かであったのに、

あなたがたのために

貧しくなられた。



それは、

主の貧しさによって、

あなたがたが

豊かになるためだったのです。

Ⅱコリント8:9〜10 





(ローズンゲン日々の聖句6/26;木)







あの方と

心を合わせ、

思いを一つにするのでは

なく、



自分の考えを押し通す

私たちなのですね。



打ち捨てられて当然の者なのに、

なお、

私たちを、

ご自分の民として

全うさせようとして下さるのは、



あの方ご自身の

偉大な御名のゆえ

なのだそうです。






あの方は、

私たちのために、

御子である方を、

その栄光の御位から離れさせて、

人間の世界に遣わし、



人間の中でも

貧しく低く歩ませ、



ついには、

神に呪われたものとして、

十字架刑で処刑し、

罪人、反逆者として

天と地との間にかかげ、

さらし者にされたのですね。




それは、

私たちに」

神の子(養子)の身分を与え、



その豊かさに

あずからせるためだったのだそうです。




神の子の身分を与えて下さる霊と

呼ばれる方を

お迎えして、



子としていただき、



あの方と

思いを一つにして

過ごしたいですね。



今日も。



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慈しみとまことのゆえになのですね。あの方

2014-06-24 23:14:59 | 聖書から
主の

慈しみとまことは

とこしえに、



私たちを超えて

力強い。

ハレルヤ。

詩編117:2

 





あなたがたにまで伝えられた

この福音は、

世界中

至るところで

そうであるように、



あなたがたのところでも、

神の恵みを聞いて

真に悟った日から、

実を結んで

成長しています。

コロサイ書1:6
   



(ローズンゲン日々の聖句6/25;水)

...





イエスに関わる素晴らしいニュースは、

世界中に伝えられ、

ついには

東の果ての日本の

私たちのところにまで

伝えられてきているのですね。



そして、

その約束のとおりの事実が

起こり、



人を変革し

新しい生き方が

始まっているのですね。





これからも、

この事実にあずかり、

仲間に加わる人が

日々に

起こされていくのだそうです。




これは、

私たちの良さとか、

熱心さによるのではなく、



あの方の

いつくしみと真実によること

なのだそうです。




あの方は、

この宇宙が造られる前から

心に思っておられたご計画を、



今、

確実に

実現しておられるのだそうです。



今日も。










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愛である神とのお名前にふさわしく行って下さっているのですね。あの方

2014-06-24 08:52:03 | 聖書から
我々の罪が

我々自身を告発しています。



主よ、

御名にふさわしく

行ってください。

エレミヤ書14:7

 





(バブテスマの)

ヨハネは、

自分の方へイエスが来られるのを見て

言った。



「見よ、

世の罪を取り除く

神の小羊。」

ヨハネ1:29
   



 (ローズンゲン日々の聖句6/24;火)

...





イエスを身代わりの小羊とし、

我々の罪を彼の上に置き、

彼の処刑を私たちの処刑として、

私たちを処刑済みの者と見なして下さったのですね。

あの方。




私たちの罪にふさわしく

私たちに行うのではなく、



御名にふさわしく、

正義を貫きながら、

愛と憐れみを現して下さったのですね。

私たちに。





そして、

いよいよ、

人間創造の目的、



父がイエスにおられ、イエスが父におるように、

私たちが御父、御子、御霊におるようになり、



御父、御子、御霊が一つであるように、

私たちが、

御父、御子、御霊と一つになる、





回復される。




復活され、

天の御父の右の座に帰られたイエスによって、



御霊とか聖である霊と呼ばれる方が

私たちのうちに派遣され、



この方によって、

私たちの心が一新され、



私たちの心に

御父の御思いが来るようになり、



私たちが

御父がしようと思われることをするようになる。



御父と

一つ思いになり、一つ行動をとる者と

なる。




聖である霊と呼ばれる方によって

心に書き付けられる思いに

心を向け、



その思いに

ついて行きたいですね。




イエスが、

「わたしが言う言葉は、わたしが自分から話しているのではありません。。

私のうちにおられる父が、

ご自分の業をしておられるのです

(ヨハネ14:10)。



わたしと父とは一つです

(ヨハネ10:30)。



わたしを見た者は、

父を見たのです

(ヨハネ14:9)」





言った言葉が、

私たちも言えるほどに。



今日も。



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将来があり、希望があるのですね。あの方によって。私たち

2014-06-22 22:09:17 | 聖書から
わたしは

あなたたちのために立てた計画を

よく心に留めている

と主は言われる。



それは

平和の計画であり、

災いの計画ではない。



将来と希望を与えるものである。

エレミヤ書29:11

 





わたしは、

平和を

あなたがたに残し、



わたしの平和を

与える。



わたしは

これを

世が与えるように与えるのではない。



心を騒がせるな。

おびえるな。

ヨハネ14:27
   



 (ローズンゲン日々の聖句6/23;月)







あの方が

バビロンに捕囚された人たちに立てておられた計画も

そうですが、



私たちに立てていて下さる計画も

そうなのですね。



災いを計画しておられるのではなく、

平和の計画、

将来と希望のある計画なのだそうです。




そして、

イエスのうちにあった平和を

与えて下さるのだそうですね。


心の内の、

思いのすべてを

あの方の前に差し出し、

見ていただいている、



隠れた所が一つもない、

全部、知っていただいている

安心。




また、

「生まれた時からの霊」から来る思いは、

死んでしまっているものと計算して、



これと取っ組まないで



これを眺めながら

通り過ぎて行ける安心。




さらに、

「聖である霊」と呼ばれる方によって

私たちの心に来る

あの方の御思い。



この御思いについて行き、

あの方のしようと思っていらっしゃることをしていく私たちの

将来と希望。




全部、

イエスによって用意され、

私たちに

プレゼントされているものなのだそうです。


大胆に

いただいていきたいですね。



今日も。


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あの方が思ってくだされば、その思いのとおりになるのだそうですね

2014-06-21 23:54:02 | 聖書から
あなたがたに耳を傾ける者は、

わたしに耳を傾け、



あなたがたを拒む者は、

わたしを拒むのである。

ルカ10:16

(今週の聖句)

 





主よ、

あなたが

いやしてくださるなら、

私は

いやされます。





あなたが

救ってくださるなら、

私は

救われます。

エレミヤ書17:14







 バルテマイという

盲人の物乞いは、

ナザレのイエスだと聞くと、

叫んで、

「ダビデの子イエスよ、

私を憐れんでください」と

言い始めた。



イエスは

立ち止まって、

「あの男を呼んで来なさい」と

言われた。

マルコ10:47、49
   



 (ローズンゲン日々の聖句6/22;日)







「わたしはある」という名の方が

癒そうと思われれば

癒されるのですね。




このエリコ街道で物乞いをしていた

盲人のバルテマイは、

イエスのうわさを聞いていて、



この方こそ

「わたしはある」という名の方だと

確信していたのでしょうね。



それで、

そのイエスが

今、

目の前を通っていると聞いて、



まわりの人からたしなめられるのを振り切って、

このように

大声で叫んだのでしょうね。




そして、

イエスから

「わたしに何をして欲しいのか」と

尋ねられると、



躊躇せす

「先生、見えるようになることです」と

答えたのですね。




この方が

「見えるようになれ」と思ってくださりさえすれば、



そのお心一つで、

私の見えなかった目が

見えるようになると

確信していたのですね。



「そのとき、

目の見えない者の目は開き、

耳の聞こえない者の耳はあく。

そのとき

足のなえた者は鹿のように飛び跳ね、

口のきけない者の舌は喜び歌う。」

との

イザヤ書35:5~6が

心に浮かんでいたのかもしれませんね。




イエスから

「さあ、行きなさい。

あなたの信仰があなたを救ったのです」と

言っていただき、



見えるようになったこの人は、

そのまま、

イエスについて行く人に

なったのだそうです。




私たちも、

イエスによる救いをいただいて、

イエスについていく者に、



聖である霊と呼ばれる方によって私たちの心の内に書き付けられる

この方の御思いに

ついて行く者になりたいですね。



今日も。



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