散歩の時に見つけた

東京都内を散策しますが、こんな所にこんな物がと再発見します。写真等を添えて記録します。

天然記念物・公孫樹 (芝東照宮)

2008-12-11 07:43:38 | Weblog
    

 都心のど真ん中に立派な樹がありますね。文部省の看板があります。「目通幹囲

六メートル余 公孫樹の地方巨樹として有数のものなり」と。昭和11年4月17

日 文部省 です。  

          

 この樹は、寛永18年(1641)安国殿の再建に際し、三代将軍徳川家光が植

えたものと伝えられています。現在は東京都指定天然記念物となっています。平成

5年の調査では高さ21.5m、目通り幹囲6.5m、根元の周囲が約8.3mだそ

うです。500年後はどんな大木になるでしょうね。

芝東照宮 (都立芝公園)

2008-12-10 07:56:09 | Weblog
 

       

 東照宮といえば日光、次に上野です。ここは江戸時代「増上寺安国殿」といわれ

ていました。御祭神の徳川家康が元和2年に死去しましたが、遺言により元和3年

に現在地に社殿が建立されました。  

 明治時代になって神仏分離令によって、増上寺と分離され「芝東照宮」と呼ばれ

るようになったものです。旧社殿は先の大戦で焼失しましたが、昭和44年に現在

の社殿が再建されたものです。

東京タワー・芝公園

2008-12-09 08:05:15 | Weblog
  

      

 東京タワーは昭和33年12月23日に開業し、今年で50周年になります。高

さは333メートルです。50年といえば、一万円札も発行して50年といいます

から昭和33年はいろいろなことがありましたね。  

       観世音菩薩

 芝公園に出かけてみました。なんでも都立芝公園は、日本で最初の公園として明

治政府が指定したのが1873年だそうです。銀杏、欅、楠木などの大木の他、梅

桜などがいっぱいですね。今キレイに色づています。東京タワーの場所は、徳川二

代将軍秀忠が江戸城内の紅葉山から楓などを移植して、紅葉の名所といわれたそう

です。徳川家の菩提寺の増上寺、門を入って左の観世音菩薩とみごとな紅葉が目に

映えますね。

 

法真寺・一葉桜木の宿(本郷5丁目)

2008-12-08 07:36:02 | Weblog
      

 東大赤門前の信号を渡ると「法真寺」の石柱があり、傍に文京区教育委員会の

「樋口一葉ゆかりの桜木の宿」の掲示があります。 

 「ゆく雲」の一節です。隣家はお寺さまにて、寺内広々と桃桜いろいろ植わたし

たれば、此方の二階より見おろすに、雲は棚引く天上界に似て、腰ころもの観音さ

ま、濡れ仏におわします。御肩のあたり、膝あたり、はらはらと花散りこぼれてー

とあります。  

  腰衣観音です

         一葉塚

 隣家のお寺が法真寺で、この濡れ仏は、現在も本堂横に安置されている観音様で

す。「此方の二階」とは、境内のすぐ東隣にあった一葉の家です。樋口一葉が明治

9年(1876)から14年(1981)までの5年間住んだのがこの家で、一葉

が「桜木の家」と呼んで懐かしんだのがここです。

 


宝林山 霊雲寺 (湯島2丁目)

2008-12-07 07:31:13 | Weblog
      

 2階建ての立派なお寺ですね。このお寺は元禄4年(1691)五代将軍綱吉の

命により、将軍家の武運長久の祈願寺として建立されたといいます。当時は伽藍が

整い、学寮もあり土塀を巡らした江戸時代の名刹でした。  

 関東大震災と第二次大戦で焼失しましたが、昭和51年に再建されたのが、現在

の姿です。鉄筋コンクリート2階建てで立派です。

麟祥院・からたち寺(2)

2008-12-06 07:36:52 | Weblog
      

 山門を入った左側に「東洋大学発祥之地」の石碑があります。明治20年(18

87)に井上円了が、この地に哲学館を創設し「哲学館大学」の名称を経て、明治

39年(1906)に東洋大学となったものです。  

    

        本堂前庭です

 さらに進むと、本堂入り口があり「麟祥禅院」の扁額のあるお堂があります。前

庭には霜除けの藁が敷きつめられて、充分な手入れがうかがわれます。都心にこん

な所がある・・と驚きました。

からたち寺 1 (湯島4丁目)

2008-12-05 07:59:41 | Weblog
 

       春日局のお墓

 湯島の切通坂を上がると右側に麟祥院・からたち寺があります。徳川三代将軍の

徳川家光の乳母「春日局」の菩提寺です。寛永元年(1624)春日局の願いによ

って創建されたもので、同女はここで余生をおくり寛永20年(1643)65歳

で死去しました。没後、境内にお墓が建てられました。  

    

 当時は、お寺の周囲にからたちの生垣をめぐらせていたので、「からたち寺」と

親しみをもって呼ばれていたそうです。現在も境内の風情はまるで江戸時代を彷彿

とさせるような趣で、見学者が絶えません。

湯島天神 初冬の佇まい

2008-12-04 07:37:16 | Weblog
  

          

 鳥居にかぶさるような黄金色が見事ですね。合格祈願の絵馬がいっぱいです。こ

の時期はなぜか学校の合格より、志望職種への合格祈願があります。薬剤師国家試

験合格を、さらには、娘さんの縁談成就祈願・・お母さんの願いがありました。思

わず一緒にお願いしました。  

     泉鏡花の筆塚

 お蔦・主税の悲劇、悪者は真砂町の先生ですが、湯島の白梅の唄と共に有名で紅

涙をしぼった物語。境内に泉鏡花の筆塚もあります。

マリオン(有楽町2丁目)

2008-12-03 07:48:17 | Weblog
      

 有楽町センタービル、通称マリオンの一階通路にピカピカのイルミネーションが

灯りました。晴海通りからJR有楽町に通じる廊下、キレイに光っています。待ち

合わせスポットの定番ですね。ビルの前にはあの有名な「有楽町で逢いましょう」

の歌碑があります。

銀座あけぼの (銀座5丁目)

2008-12-02 07:36:50 | Weblog
 

        

 三愛の西隣の「銀座あけぼの」は気になるお店です。甘党という自覚はありませ

んが、もちどら、白玉豆大福、新栗などと書いてあり、現物が店の前に陳列されて

いると足が止まりますね。  

 人並みが途絶えた瞬間に写しました。白玉豆大福が盛ってありますが、いかがで

すか、食べたくなりませんか。