迷宮映画館

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輝く夜明けに向かって

2007年06月14日 | か行 外国映画
南アの精油所に勤めるパトリック・チャームソ。アパルトヘイト下の黒人にしてみれば、随分と恵まれた方である。美人の妻がおり、家もきちんとしている。車も持ち、愛人までいる。時代と国を考えれば、かなり恵まれた方だ。

普通ならば、仕事もなく、ソウェトのあばら家に住み、明日とも知れぬ生活を送っていくのが常だ。パトリックは、当然アパルトヘイトをよしとしているわけではないが、自分の安定した生活を維持していく事も大事だ。なるべく大人しく、目立たないように、過激な活動なのにはかかわらないようにしている。活動家だった母にも、ラジオの音を小さくするように言うほどだった。

ある日、彼の勤める精油所でテロ騒ぎが起きる。その日パトリックは、会社に内緒で監督をしているサッカーの試合に行き、そして愛人のところに行っていた。アリバイをいう訳にもいかない。彼は容疑者にされ、妻も拷問にあう。傷付いた妻を見て、彼は「自分が爆弾を仕掛けた・・・」と言ってしまう。

一旦釈放されたパトリックは、同じように仲間が拷問にあい、命を落としていくのを見て、今までの自分を捨てる。ANCの戦士となり、反アパルトヘイトの闘士へと変貌していく。

誰しも生まれながらに闘士となるわけではない。不条理に出会い、悲しみに遭遇し、やりきれない思いを我慢し、とことん精神を追い詰めたあとに闘士となる。かつての南アにはやりきれない怒りがそこここに満ちていた。あまりの不条理に、幾つもの映画が作られ、眉をしかめながら見た。『ワールド・アパート』・『サラフィナ』・『サラフィナの声』・・・・。何が出来るか、何とかならないのか、の思いを抱きながら、もどかしく、でも遠い国のこととして見ていた。

不自由なく暮らしていたパトリックも、闘士などにならなくて済むことも出来た。でも、彼がぶち当たったのは黙っていられない怒り。その道のりは、崇高といえるものではないかもしれないが、一人の市井の人間が行動を起こす事になった過程が物凄くよくわかる。さすがに社会派サスペンスの妙手、フィリップ・ノイスの作品だ。どうしても『遠い夜明け』が頭の片隅にあって、至上の崇高な闘士の物語を勝手に構築していた。

しかし、これぞ人間。人間臭い。愛憎のぶつかり合いは、決して美しいだけではなく、生身の人間を感じさせてくれた。それは主人公のパトリックだけではなく、官憲側のニック・フォス大佐もそうだ。官憲の側にいながら、この国の矛盾もキチンと理解している。やりきれない思いを抱きながら、彼もまた一人の人間であり、父親である。なんともいえない複雑な人間像を見事にティム・ロビンスが演じている。

遠い、遠い、【夜明け】なんか永久にこないのではないかと思っていた差別は、うそのように消え去った。本当にあの当時、アパルトヘイトが消え去るなんて、信じられなかった。しかし、イリュージョンのように見事に消え去り、夜明けがやってきた。そのために幾つの命が犠牲になった事か。苦労して、苦難のうちに迎えた夜明けは果たして、誇れるモノなのだろうか。

「許そう・・・」というマンデラの崇高な意志は沁みた。チャムーソも許した。しかし、いまや南アは世界でも有数の犯罪発生国になっている。人口当たりの殺人事件の数は世界一らしい。その根っこにあるのは、勿論貧困だ。その貧困を生み出したのはアパルトヘイト。アパルトヘイトがなくなって10数年経ったが、長年のくびきがそう簡単に取り払えるわけがない。

次期ワールドカップは南アで開催される。また世界から注目を浴びる事がかの国ためになるコトを望んでやまない。

最後に本物のパトリックが登場して、彼は今、孤児院の経営をして、数十人の子どもの面倒を見ているそうな。その子どもたちの笑顔は最高だった。その笑顔をいつまでも守ってもらいたい。

◎◎◎○

『輝く夜明けに向かって』

監督 フィリップ・ノイス
出演 ティム・ロビンス デレク・ルーク ボニー・ヘナ


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2 コメント

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パトリック・チャムーソ (ETCマンツーマン英会話)
2014-04-08 00:17:45
南アフリカの歴史を勉強中です。『Catch A Fire』を観ました。

>あまりの不条理に、幾つもの映画が作られ、眉をしかめながら見た。『ワールド・アパート』・『サラフィナ』・『サラフィナの声』・・・・。

これらの映画も最近観たばかりです。アフリカは遠い、遠い国。でも、たくさんの隔たりが、バランスを取ろうとしてなくなるように、日本とアフリカの距離も今よりもずっと短く感じられるときが来る様な気がしています。

TEDのビデオスピーチで、パトリック・チャームソ氏が震災に襲われた日本にメッセージを送っているのを観て、胸が熱くなりました。

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>ETCマンツーマン英会話さま (sakurai)
2014-04-15 15:20:07
コメント、ありがとうございました。
見たのは、結構前になったんで、若干失念しております。
崇高な理想のもとに!!!というのももちろんありだし、そっちの方が受けがいいのですが、こういう人間臭いのもなかなかぐっとくるなあと感じたのを思い出しました。
「遠い夜明け」を見たころは、真面目に夜明けなんか来るんだろうか思ったものですが、ちゃんと来た!人間もそんなに捨てたもんじゃないなあと感じます。
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