さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

河田育子『園丁』

2018年05月19日 | 現代短歌
 なんとこれが第一歌集だという。私が河田さんの名前を最初に知ったのは、『現代短歌雁』だった。すぐれた評論を書くひとだから、歌集も何冊かつくっておられるのだろうと勝手に考えていた。歌は章立てに工夫がこらされているが、奇をてらうような作品はさらさらなく、良識あるひとが、世界のできごとや、身の回りのできごとを前にして、感興をおぼえたり、怒りに胸をふるわせたりした内容が丁寧にうたわれている。読み始めるとあっという間に目が進んでいくので、この編集のしかたは成功している。随所に作者の批評的な目が感じられる作品があって、そこから自ずと立ち上がるものがある。

 向ひ家のシベリア帰りの老大工怒鳴りつつをり理解をされず
  ※「家」に「や」と振り仮名。
 
 「企業戦士」その比喩ならぬさまを知り献花つづける人々の群

 ひと言でいふのが流行るこの時代 いつそ無言でゐるがいい

 ほんたうの父さんや母さんが一人子を殺したあとも食事をしてる

 カタカナの並べる薬多く持ちやや途方にくれた感じの父在り

 作者は個性とか、独創性といった近代の通念をあまり信じていないだろう。先立つものとして、日々の思い、揺れる己の歌魂がある。それを鎮めるために歌を作っている。だから、平淡な外見をもちながら、ゆるい直球でもストライクを決められる。

 朝靄のなかを寄り来る鬣のかすかに濡れて湯気たつ仔馬

 寒狭川のちひさき魚を皿に盛り帽子をぬげるひとりの夕餉
  ※「寒狭川」に「かんさがは」と振り仮名。

 黒雲の濃淡見する空合ひのいづこに澄める十六夜の月
  ※「黒雲」に「くろくも」と振り仮名。
 
地に在るに星屑を数ふ 砂粒を読むがごとき空すがすがしさか
  ※「空すがすがしさ」の「空」に「むな」と振り仮名。

安らかな歌いぶりである。作者は日本の古典にも通じているから、古典和歌ふうの淡くてしぶい古語の斡旋や、折口信夫ふうの和訓をすいすいと使いこなせる。「音」で武川忠一に教わったと歌集の後記にある。内藤明の名も出ている。交友面ではめぐまれた人と言うべきであろう。
 


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