さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

久保田登『手形足形』

2021年05月01日 | 現代短歌
 今日は大気が不安定で、夜の七時すぎになって何度目かの雷鳴が響く。午前中はずっと体が重いのを押して動き回っていたが、昼の三時過ぎには何だか体がだるくて、寝そべることにして、手元の本を取り出してめくっているうちに、何となく気が休まって、親しい気持が湧いてきたのが、本書である。

  湖の浮子のめぐりにしきりたつ波は浜まで至ることなし
   ※「浮子」に「ぶい」と振り仮名。

  愛恋といふ言葉明治期のものなりと辞書にありしを渚に思ふ

 たちまちに目を射るというような歌ではないのだけれども、ある年齢に達した人間の思うこと、諦念とか断念と言ってしまうと強すぎるが、それに近い、うっすらとした過去の時間の過ぎ去り感への存念のようなものが、全編を流れる気分として感じられる。

  閉校となりしは昭和四十年代潟分校もわが分校も
   ※「潟分校」に「かたぶんこう」と振り仮名。

  明け方の湖岸を照らす何の炎消えそうになりまた盛りあがる

  夜の更けに机の縁より現れてつくづくと我を見てゐる守宮
   ※「縁」ニ「ヘリ」ト振り仮名。

  雲の湧く辺り平野の北の果て父母の墓おぼろに見ゆる
   ※「父母」に「ちちはは」と振り仮名。

 著者は群馬県桐生市に生まれ、大学も群馬大学を出て長く地元で教職に従事したという。

  秩父より志賀坂峠を越えて来てなほ深き山の村に入りゆく

  風吹けばそぞろ小石が落ちて来る山の荒れ人の荒れとはかういふことか

  自信なく一生の過ぎむなどいふな燃え立つばかり庭の風樹は

  「苦しくとも生きましょう」とは添削に添へたる言葉誰のためのことば

 自分で読む人のたのしみというものがあるから、引用はこのぐらいにして、おしまいに一首。

  日々あかく膨らむ莟老木の枝垂れ桜がわが肩に触る

 集中には木俣修の歌碑が津波で流されなかったのを幸いに、有志の手でそれを移築する歌が出て来るが、

  児童らの手形足形ちりばめて泳ぐ鯉のぼり校舎の空を

 という歌からは、戦後ヒューマニズム、善意のひとたちの輪がいきいきと時代を彩っていた日本の国の一時代というものを、あらためて思い出させられたのだった。

 以下は私事を書くが、小学校一年生の私は、ラジオ・ドラマの「スーホーの馬」を絵にかき、その絵が外国に渡ったと聞かされた。児童画の国際交流というものがあったのだ。それから学校の体育館の舞台で、「たつのおとしご」の公演を見た。龍だったおかあさんの頭からすっぽりと龍のお面が外れると、きれいな女の人の顔があらわれた。あの不思議。子供の感性を育てようと、芸術による情緒教育を当時の川崎市の、末吉小学校だったが、そこの先生たちは取り組んでおられたのだろう。子供に残酷なものを見せるときには手続きがいる。そういうことを忘れた現在の業界のひとたちの酷薄な内容のアニメなど、私はまったく好きになれない。昭和三十年代生まれの感傷と言われてもかまわない。私よりもっと年上のひとたちの感覚によって、私などは育てられた。私はそのことを感謝している。

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