時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(五百六十六)

2011-06-02 05:42:52 | 蒲殿春秋
範頼帰還を聞きつけて多くの人々が範頼邸へと集まった。

舅の安達藤九郎一家、藤九郎の妻の姉妹とその夫、そして小山一族。
皆範頼の無事な帰還を喜んで集った。
藤九郎の妻の妹の楓は大きく膨らんだおなかを大事そうにさすっている。
そして藤九郎の妻小百合は、末の息子である赤子を隣に寝かしつけている。

男達は口々に勝手なことを言いながら酒を口に運んでいる。
やがて無く今様の歌声が響きだす。

そのような騒ぎの中、弟をあやしながらも寂しそうな顔をしている幼子がいる。

この家の侍女頭志津の子新太郎である。

このような宴があると母は忙しく自分達を構ってくれない。
しかし、一番の寂しい原因は他にあった。
新太郎の父藤七が範頼と一緒に帰って来なかったからである。

母から父は暫くは近江から帰って来れないと言われていた。
だからあきらめている。

けれども、範頼とその郎党たちが無事に帰ってきたのに父はその中にいない。
その事実が新太郎の心に影を落とす。

宴から離れた場所で新太郎はぽつんと弟とあやしている。
やがて弟は眠る。

新太郎は寂しくなった。

━━ おうみ、か。

近江は父の主の佐々木秀義の元々の本拠地である。
平治の乱で主はその追い出されていたが、頼朝の挙兵以降その失地を回復すべく努力し
昨年末からの戦いでようやく元の所領を取り戻し、所領の経営に忙しくなっている。
だから、主佐々木秀義についていった新太郎の父藤七は近江に留まる主を助けなければならないため
鎌倉に戻れない。

そのような事を母は噛み砕いて新太郎に教えてくれたのだが、
幼い新太郎はよく意味がわかっていなかった。おうみというところがどこにあるのかもわからない。

蒲殿は鎌倉に戻ってきた。でも父は戻ってきていない。その寂しさだけが新太郎を支配している。

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