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-空から見るからこそ見えてくるものがある-

晴れ渡る皐月の空を飛ぶ (8) - 八ヶ岳高原

2010-05-16 | 中部


八ヶ岳のいいところは、その高山地帯についで、層の厚い森林地帯があり、その下が豊かな裾野となって四方に展開していることである。五万分の一「八ヶ岳」図幅は全体この裾野で覆われている。頂稜から始まる等高線が、規則正しく、次第に目を粗くしながら、思う存分伸び伸びと拡がっている見事な縞模様は、孔雀が羽を拡げたように美しい。そしてその羽の末端を、山村が綴り、街道が通り、汽車が走っている。

その広大な斜面は、野辺山原、念場原、井出原、三里原、広原、爼(まないた)原などに区分されて、一様のようでありながら、それぞれの個性的な風景を持っている。風景というより、むしろ雰囲気と言おうか。例えば高原鉄道小海線の走る南側の、広濶な未開地めいた素朴な風景と、富士見あたりの人親しげな摺曲の多い風景とは、どこやら気分が異なる。高原を愛する逍遙者にとって、八ヶ岳が無限の魅力を持っているのは、こういう変化が至る所に待っているからだろう。

昔は信仰登山が行われていたというが、現在ではそういう抹香臭い気分は微塵もない。むしろ明るく近代的である。阿弥陀とか権現とかいう名前さえも、私たちに宗教を思いおこさせる前に、ヨーデルの高らかにひびく溌剌とした青年子女の山を思い浮ばせる。

それほど八ヶ岳は若い一般大衆の山になった。広濶な裾野、鬱然とした森林、そして三千米に近い岩の頂――という変化のあるコースは、初心の登山者を堪能させる。しかもその頂上からの放射線状の展望は、天下一品である。
どちらを眺めても、眼の下には豊かな裾が拡がり、その果てを限ってすべての山々が見渡せる。すべての山々? 誇張ではない。本州中部で、この頂上から見落される山は殆んどないと言っていい。

(深田久弥著『日本百名山』より)




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