蛇行する狩野川に盲腸のように繋がる短い川(画面中央)は、一日約100万トンの水量を誇る東洋一の湧水を水源とする、全長約1.2kmの日本最短の一級河川、柿田川である。
柿田川は四万十川や長良川とともに日本三大清流に名を連ねる清流として知られる。
三島駅(画面上)から徒歩30分ほどという都市部に隣接した場所を流れていることにまず驚く。
柿田川はその大部分を富士山からの湧水に頼っているが、富士山に降った雨や雪が地下に浸透し、長い年月をかけた後、柿田川の上流部分で湧き出している。
柿田川にこれほどの流量がある理由は、富士山南部の山麓が水を通しにくい地層(古富士泥流)の上に、水を通しやすい地層(三島溶岩流)が重なっているためだ。富士山に降った雨や雪は三島溶岩流の中を通って、三島市の辺りで一気に湧いて出るのだ。柿田川の水は、湧き水であるため、水温は年間を通して一定しており、そのため多くの貴重な動植物が柿田川には生息しているという。
ミシマバイカモ(三島梅花藻)はその名の通りこの地域にしか生息しない希少な種だ。この水生植物は、かつては三島市内各地の河川や湧水池などで一般的に見られていたが、湧水の減少や水質汚染の影響で、柿田川以外の場所ではその姿を見られなくなった。また11月下旬から12月初旬にかけては一斉に遡上していくアユは柿田川を語る上で欠かせない存在だ。
環境省が選定した「名水百選」や森林文化協会と朝日新聞社が選定した「21世紀に残したい日本の自然100選」などにも選ばれ、日本有数の貴重な河川としてさまざまな場でその価値が認められている。
今を遡ること40年、田中角栄の“日本列島改造論”による開発や、第1次オイルショックの不況対策で、公共事業費の大盤振る舞いに因る乱開発が柿田川でも跋扈(ばっこ)した。それを見兼ねて、1975年、「柿田川自然保護の会」が発足。漆畑会長らが、自然保護の運動に立ち上がった。以来30数年、柿田川自然保護の会の人達の地道な活動・努力によって、この清流は守られて来た。また“柿田川みどりのトラスト”を立ち上げ、川に隣接する自然林や川中の湿地帯の募金による買い取りや、水源の富士山の植樹や涵養までも行っている。