Tenkuu Cafe - a view from above

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初秋の佐渡を飛ぶ (4)

2011-10-15 | 関東



「あなたはオランダ語が話せるか」

とポンぺはいった。伊之助が黙っていると、「なぜ返事をしない」といった。
伊之助は生まれてはじめて聞く、ネイティブのオランダ語に魅せられた。ポンぺの喉、口、舌を凝視した後、伊之助はまねをしてみせた。

〈あなたはオランダ語が話せるか。 なぜ返事をしない〉

うまくできた。というよりもポンぺの声そっくりだった。
ポンぺは一瞬、呆然とした。

(司馬遼太郎著 『胡蝶の夢』より)







江戸幕府はペリーの黒船来航後、海軍の必要性を痛感していた。1855(安政2)年、「海軍伝習所」を長崎に設立し、オランダに指導を依頼する。勝海舟、榎本武揚といった人々が育つことになるが、教授陣の中に軍医が入っていた。 ポンペ・ファン・メーデルフォールトである。

松本良順は海軍伝習所に軍医として入り、ポンぺに学ぶ学校づくりに奔走する。全国からポンぺの噂を聞きつけた蘭方医たちも集まって来た。ポンぺに良順が教わり、良順が諸藩の学生たちに教えるという形で、医学校(長崎奉行所西役所医学伝習所)は始まった。1857年12月27日のことである。 ここが日本における近代医学教育の夜明けとなった。(現在、長崎大学医学部の開学記念日とされている)。


しかし学生たちの多くはオランダ語が分からない。ここで異能の人物が活躍することになる。
佐渡でぼんやりとした日々を送っていた伊之助だった。
良順が呼び寄せたのである。

伊之助にとっても、生のオランダ語に接するのは初めてだったが、たちまち理解してしまう。