ゆっくり読書

読んだ本の感想を中心に、日々、思ったことをつれづれに記します。

幻戯

2008-11-09 00:07:13 | Weblog
中井英夫さんのベストセレクション『幻戯』を読みました。

『虚無への供物』は、日本のミステリー史上に残る名作と言われているけれども、
私は、いまひとつ、その「よさ」がわからなかった。
でも、読後なんとなくのこるものがあったので、
なんとなく、この残滓は今後ミステリーを読む上での判断基準になるのだろうと思いました。

『幻戯』には、21の短編が収録されています。
その中で、特に心に残ったのは「黒鳥譚」と「見知らぬ旗」。

「黒鳥譚」を読んだとき、的外れかもしれないけれども、
ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を思い出しました。
カラマーゾフで語られる原罪が、ここでは「恥」という言葉で
表現されているように思いました。
それは、生き延びてしまったことゆえの「恥」。
いま生きている人は、みな生き残り。
戦争のない平和な日常に生きていたとしても、この世界は「生き残り」の日常。

「見知らぬ旗」は、三島由紀夫が中井がこんな文章を書くとは思わなかった、
と言った作品。
確かに、そこには三島の『豊饒の海』に通じる時代観がありました。
もし、「見知らぬ旗」に書かれているとおり、
太平洋戦争の末期、銀座には自由な雰囲気があふれていて、
みな戦後にいかに繋げるかを考えていたとしたら、
私は同じ日本人として、救われるなあ。
少なくとも祖父母の世代を尊敬します。

約15年前、北京に留学した時、
よく中国人の戦争を経験していない若い世代から
日本の戦争責任について、問いつめられ、
永遠に中国人とは仲良くなれないと確信したけれども、
いまの中国人はすっかり生活が豊かになったからか、
あんな議論をふっかけてくる人はめっきり減った。

人にとって、一番重要なのは今。
その時間が豊かであれば、他人にも寛容になる。
そこにポッカリと広がる「虚無」。

たとえ見えたとしても目をそらせるべき「虚無」。
それを「熟視」した人を、心の底から尊敬します。