つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

花のお江戸の男の娘。

2022年10月10日 18時18分18秒 | 手すさびにて候。
                               
<知らざあ言って聞かせやしょう
 浜の真砂と五右衛門が 歌に残こした盗人の 
 種は尽きねえ七里が浜 その白浪の夜働き
 以前を言やァ江の島で 年季勤めの児ヶ淵 
 百味講で散らす蒔銭を 当に小皿の一文子
 百が二百と賽銭の くすね銭せえだんだんに 悪事はのぼる上の宮
 岩本院で講中の 枕捜しも度重なり お手長講と札付きに 
 とうとう島を追い出され それから若衆の美人局 
 ここやかしこの寺島で 小耳に聞いた祖父さんの 似ぬ声色で小ゆすりかたり 
 名せぇ由縁の 弁天小僧菊之助たァ 俺がことだ>


ほんの手すさび 手慰み。
不定期イラスト連載 第二百十一弾「弁天小僧菊之助(べんてんこぞう・きくのすけ)」。



冒頭の台詞は、歌舞伎のワンシーン。
『弁天娘女男白浪(べんてんむすめ めおの しらなみ)』の一節。
掛け言葉・語呂合わせが散りばめられていることに加え、
江戸の風習について予備知識がないと理解しずらい箇所が多いかもしれない。
だからと言って丁寧に解説をすると、勢い長文で複雑になる。
そこで、ざっくり現代意訳を試みてから本題に入ろうと思う。

<知らねえんだったら、教えてやるぜ。
 『石川や 浜の真砂は尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ』って、
 天下の大泥棒「石川五右衛門」辞世の句に然り。
 七里ヶ浜で夜な夜な不埒な悪行三昧さ。
 まぁこれでも昔は江ノ島の弁天様で見習い奉公をしていたんだが、
 賽銭くすねてチンケな博打を打つうちに、泊り客の財布もくすね、
 拍車がかかるのはお決まりの成り行き。
 アイツは盗みを繰り返すとんでもねえ奴だと知れ渡り、
 江ノ島を追い出されてからは、女に化けて美人局。
 爺さんの(※1)美声にはとても及ばないが、
 あちらこちらで馬鹿な男を騙して強請って糧を得ている悪党よ。
 名前もゆかりの(※2)「弁天小僧菊之助」とは、俺の事だ。>

--- といった感じになるだろうか。

(※1)爺さんは、初演で主役を張った役者の祖父。大物役者である先祖へのリスペクト。
(※2)ゆかりの名前「菊之助」は、名跡を継ぐ正統な後継者の証と主張。
    ⇒共に楽屋落ちの洒落。

『弁天娘女男白浪』は、町人文化に根ざした内容の「世話物(せわもの)」の1つ。
中でも盗賊を主人公にしたピカレスクロマン、
「白浪物(しらなみもの)」と呼ばれるジャンルの代表作。

主役は、美しい武家娘「お浪」(実は「弁天小僧」の変装)。
お供の若侍を伴い訪れた呉服店で、彼女は万引きの疑いをかけられ、
もみ合いの末、額に傷を負わされてしまう。
程なく濡れ衣だったことが判明し、怒りに震える若侍が猛抗議。
店側は示談金100両を支払うことになった。
ところが、店の奥から黒頭巾を被った武士が現れ、待った!をかける。
『先ほどチラリと二の腕に桜の彫り物が見えた。そいつは男だ!』
2人はグル、万引き騒ぎは窃盗のための作戦だとバレたうえに正体を見破られ、
開き直って放つのが、冒頭の名台詞である。

「弁天小僧菊之助」は、歌舞伎作品でも屈指の人気キャラクター。
その魅力の一端は、悪漢と美少女が同居する「中性美」だ。

男か、それとも女か。
人間を生物学上の性によって二分する考えは、長年「常識」とされてきた。
ここ近年、その常識を取り払い、多様な性を認める動きが出てきたのはご存じの通り。
しかし、まだ歴史は浅くマイノリティであるのが現状。
一方、長い歴史を振り返ってみると「性の境界」を越えようとする動きがあった。
社会的・文化的に性を区分するシンボル---「装い」を逆手に取る「異性装」がそれだ。

女装して油断を誘い敵を討った「ヤマトタケル」。
女装した稚児に扮して「弁慶」と戦った「牛若丸」の逸話。
鎧兜を身に着けた女武者「巴御前」。
歌舞伎や大衆演劇の女形に、少女歌劇の男役スター。
「リボンの騎士」「ベルサイユのばら」「ストップ‼ひばりくん!」---。
日本人は異性装のヒーロー、ヒロインに対し寛容な面がある。

昨今は、アニメ・漫画・映画などのポップカルチャーと結びついた、
「コスチュームプレイ(コスプレ)」で異性装を見かける機会も少なくない。
女装した男子は「男の娘(こ)」と呼ぶそうだ。
否定はしない。
まあ、僕にその趣味嗜好はないし、変装した自分を想像すると背筋が凍る。
しかし、整った女装・男装をカッコいい、美しいと思うことはある。
「弁天小僧」もその一人だ。
                               

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