六甲1号の出撃にっき

撮影ロケの出撃模様のほか、日々の雑感なんかも綴ったものです。

企業の吹奏楽団は楽しそう

2023-03-07 | 日記
 例年なら3月のダイヤ改正で廃止になる列車などの撮影にあちこち出掛けて忙しい時期なのですが、今年は目ぼしい物もなく(本当は北海道のキハ183系とか行きたいけど無理なので)暇な3月を迎えています。
 そんな中、ふとした事である告知が目に留まりました。
 それはある企業に属する吹奏楽団がコンサートを行う、しかも入場無料! こんどの土曜日。
ということで、日帰りで大阪まで出ることにしました。近鉄沿線なので往復近鉄とする事が多いのですが、今回は日帰りなので青春18きっぷの方が安上がりですから、前記事で書きました3月4日の入鋏印で大阪へGo!
 昼前にまず難波から日本橋オタロード界隈を散策と昼食として、色々お店が出来たり無くなったりしてるのを確認、よく使っていたお店が3つほど閉店・移転していて少々がっくりでした。
 さてコンサートが開かれる場所は日本橋から東に1kmほどなので、そのまま歩いていくことにしました。

 クレオ大阪中央という大阪でも有数の1000人規模のホールだそうで、1企業の吹部の演奏会ぐらいで、こんな大きなホールにお客さん入るのかな?という心配がよぎります。

 14時開演で、開演の25分前に入りましたが、すでに結構入っています。
 この後も続々とお客さんが入ってくるので、なんかすごい。
 舞台上では、サックス4重奏による、プレ演奏が行われていました。

 続いて、何やらどこかで見たようなコスチウムの人たちが入ってきて、あの曲の演奏が始まりました。
 メーテル何人おんねんw
 銀河鉄道999のテーマと言えば今はJRの定番曲の感があるのですが、演奏してるのはJR西日本ではなく、NTT西日本ですw

 今回訪れたのはNTT西日本大阪吹奏楽団が主催する「オレンジ コンサート」で(オレンジカードなら聞いたことあるw) JR各社より少し早く昨春から演奏会が復活しているようです。

           
 14時開演となり、何曲かの演奏が進んだあと、

 最近人気のあの曲・・・として、ジャンボリミッキーの演奏が始まりました。
 チアリーダーの人たちが出てきて、ハァハァ言いながらかどうかは分かりませんが、軽快?に踊って盛り上げていました。
 これ、ちょっと踊っただけでも息切れしますからねw 中年にはキツイっす。

 その後は吹奏楽オリジナルの曲や、コンクール課題曲など、真面目な演奏も取り入れたり、観客の年齢層に合わせて?1980年代の歌謡曲メドレー、野球部大好きディープ・パープルメドレーなどで楽しい演奏会はあっという間に過ぎました。

 パンフレットを見ると、裏面には協力として「応援部」の名があります。(右上の団員名紹介の部分は割愛しています)

 日本を代表する大企業には野球部を持つ企業も多く、その応援のために吹奏楽部とチアリーダーも大概セットでいたりします。
 音大出のバリバリの演奏家がプロへの道をやめて、こういった企業の楽団に入ることもよくあり、有名どころの企業は結構演奏のレベルは高いです。野球の応援でも出てくる浜松市のヤマハなんかは圧倒的ですね。
 また子育てが落ち着いて、再就職でグループ会社に派遣社員として勤め始めて、よし〇十年ぶりに吹いてみよか?と参加する人もいるようで、必ずしも正社員である必要はないとの事なので、今の時代、意外と敷居は低いのかも知れませんね。

 流行り病のため、中止をしていたJR各社の演奏会も昨秋あたりから復活しているので、3月13日の実質マスクオフ解禁後はいよいよ本格的に各社動き出すと思います。「JR〇〇 吹奏楽団」などで検索してみると、ホームページが見られます。
 今回たまたま見つけて、こういった企業所属の楽団の演奏会を見てみましたが、各企業の持つホームページを見ると、団員募集とかあるので、その気になったら、どこかのグループ企業に入って、こういう活動に勤しむのも楽しいか知れません。
 私の場合は中学3年間の吹部生活の後は、16歳の時にポートピア81と夏の高校野球(友情応援)で吹いたのを最後に、それ以降楽器を吹くのはやめましたが、24歳の時に昔の仲間に呼ばれて、打楽器ならばと一度だけ参加したことはあります。
 今はからだの調子の関係で、決まって人前で何かするというのが難しい状況なので、ひとり気ままにフラッと無計画にどこかへ寄るというスタイルで趣味生活を続けるつもりです。

 あまり参考にならない記事になりましたが、次はまた鉄っちゃん記事に戻ります。
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虎ノ門ニュースが終了

2022-11-10 | 日記
 日曜日に百田尚樹氏が「明日衝撃的な発表がある」旨の発言をしていたので、まさかとは思っていましたが、やっぱりというか翌日の番組の終わり際に正式に番組終了のアナウンスがありました。
 7年8カ月に亘って続いたこの番組ですが、私も割と初期の頃から見ていて、自称精神科医の人が降板する直前あたりだったと思います。
 元々はテレビ東京の中の1番組だったようですが、その辺りは知りませんが、朝8時からの2時間の帯番組になってから、固定で見れるようになって全国・海外からも見られることで、一気に視聴者数を伸ばしたと思います。

 この番組のおかげで、一般のテレビ・新聞がいかに片寄った報道をしているのかが分かり、もうテレビは見なくなりましたが、最近はその虎ノ門ニュースも出演者が固定化されるようになってきた感があって、真新しさに欠ける面もあり、再生数もピーク時の3分の1程度に落ちていました。
 この再生数の落ち込みは、保守政治系の動画チャンネルが多く誕生した事により、各チャンネルに視聴者が分散したと推測されます。以前は保守系と言えば、チャンネル桜と虎ノ門ニュースしかなかったのですが、今は色々ありますし、虎ノ門の出演者自身が個人でチャンネル持って配信してますから、それで代替できるとも言えますが、個人のチャンネルは配信時間がその日によってバラバラで、内容も個人での範囲内に留まることから、虎ノ門ニュースのような、百貨店的な番組はある意味初心者や流し見での視聴には最適なコンテンツでした。

 DHCの吉田会長による持ち出し的な要素があったので、企業内での広告効果の見直しとなれば、商品と視聴者層がかけ離れている感は否めず、地上波と変わらない機材やスタッフを揃えるなど、膨大な制作費を使ってまでの番組続行は出来なくなったということでしょうか。
 企業のM&Aによる体制見直しが要因と言われていますが、いずれにしろ、保守系番組のパイオニアの1つとして役割を果たしたことは大きかったでしょう。いかに既存のテレビ・新聞が見る価値がない物かを知らしめた事には大きな功績があったと思います。 
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入院生活こぼれ話 18禁

2022-10-22 | 日記
 2か月近い長~~い入院生活となると、普段の生活と同じように、いい事も悪い事もありますが、今回は良くも悪くも上で入院生活上であった事を元におもしろおかしく?記述してみます。お食事中の場合はご遠慮くださいw

 .体が動かないので

 前にも書きましたが、7月下旬から腰の痛みが酷かったんですが、8月に入って遂に立ち上がれなくなり、足を見てみたら産まれた時の小鹿の如く、両足をブルブルさせて何とか立ち上がる状態で、8/5に家の玄関前へ出て力尽きて119番通報で救急搬送での入院になったのですが、そこで医師から告げられたのが「手遅れで脊椎から菌が全身に回ったら、敗血症で命を落とす病気で、絶対安静で2か月の入院になる。万一の事態の場合の事があるので、神戸の実家の方と連絡取りたい。」と言われたので、まさか命の危険性に及ぶ事になるとはというのと、入院はせいぜい一週間から10日程度だろと思って着替えなんかも鞄に3着ほどしか入れてなかったので、半ば呆然としました。

 入院してからは抗生剤の点滴を続けながら、骨盤から下が回復しない場合は手術も考慮という形での治療ということになり、点滴の針を通してベッド上の寝たきり生活が始まりました。



 入院してから暫くの間、欠かせなかったのが、食事の写真を撮ることでした。
 ブロガーやYouTuberなどの配信者の人だけでなく、一般の人でも入院したら病院食ってどういう物かなと、記念に食事の写真を撮ったりする人も多いと思いますが、今回は記念のための写真ではなく、ベッドの角度を数度起こしただけでも痛みが走るので、体を起こせずに寝たままでの食事になる(介助なし・自力)ことから、まずは食事の写真を撮って、どの品がどこに配置されてるかを確認をすることが必要でした。



 そして写真上の食器の配置を見ながら手を伸ばして食器を取り、胸の上に置くような形で少し首だけ起こして食べます。
 お茶については吸い飲み(楽飲み)があるのですが、味噌汁は周りからこぼれるので円型の器での汁ものは飲めませんでした。
 このような形での食事が半月ほど続きました。

 左の写真は実際の食事時のアングルで、広角レンズなのでテーブルが遠いように見えますが、実際は腰の上辺りにテーブルがあって、腕を伸ばしてお盆の手前側に置かれた器を取り、お盆の奥側にある器については、テーブル上でお盆を回転させて手前側にしたところで取ります。

 抗生剤が効き始めて体を起こしても痛みがなくなってきた8月下旬には、もう写真に頼らなくても食事をすることが出来るようになったので、ベッドを30度ほど起こして食べるようになり、写真も70枚ほど撮っただけに終わりました。



 .フン闘の毎日
 体が動かない(両腕だけは動かせる)ということで、食事介助はなく自力ですが、「食べる」という事は「出す」ということで、こちらの対応はどうなかったといいますと、小については尿瓶で行うことで問題なかったのですが、大についてはベッド上で腰を浮かせて布団とお尻の間に挟み込む「差し込み便器」なる物があると言われたのですが、10cm程度の高さがあり、そんなに腰を上げるのは痛くて無理ということで、オムツの中に出すという形になりました。


 両腕は動くものの、それ以上の動きもできないし、当然歩けないので、オムツに大きい方を出して回収&下部洗浄をしてもらうのですが、入院当初から便秘が続いたのと、下半身に力がほとんど入らないことから、糞詰まりを起こしていて、後ろからどんどん押してくるが結局出せずに、10分おきぐらいに便意が来るの繰り返しで夜も眠れない日々が続きました。

 ようやく出た場合でも夜勤帯は看護師が2人しかいないので、特に男性看護師の日は朝までそのまま放置して、朝に日勤の女性の看護師さんが出てくるのを待って、オムツ交換&下部洗浄をしてもらうようにしました。ほとんどがコロコロ便だったので、数時間程度の放置であれば気持ち悪くはなかったです。 自慢のバズーカ砲はすっかり小さくなっていて、何とも情けない状態でしたが、やっぱり看護婦さんに優しく洗ってもらう方がいいですもんね。ということで11年ぶりに看護婦さんに一物の扱いをしてもらう事になりました。
 
 入院して気付いたのが、自力で動けないので手が洗えないこと。毎朝顔拭きのおしぼりが渡されるのと、朝9時半ごろに体拭きの熱いタオルを渡してくれるのですが、それ以外の時間帯では何もないので、正直尿瓶を触った手で食事をするのが、入院から翌水曜日まで続きました。面会禁止で差し入れも週に1回のみとの制限だったので、職場の人に頼んでいたアルコールスプレーとウェットティッシュが差し入れで届いた時にはようやく安堵しました。
 またオムツ生活中は食事中に下から自分の〇ンコの臭いがする事もあり、これは複雑な心境でしたね。



 .看護婦さんと一緒にトイレに入る
 8月下旬になって上半身を起こせるようになると、すぐに車椅子への移乗練習をして動くようになり、車椅子でトイレに行けるようになったことで、大をオムツにする事は無くなったのですが、万一の心配があるので、オムツ(穿くパンツ型)は継続になりました。もう自分で行けるよね?として、さっさと尿瓶も撤去されました。

 しかし車椅子でトイレに行くことになった翌日、事件は起こりました。
 太ももがまだ痩せていて、長時間便座っていることが難しく、3分程度が限界だったのですが、まだ下腹部にすんなり力が入らないので、フン闘していたところ、頭部の血圧が下がって倒れる(実際には手摺りに掴まったまま動けなくなる)状態で非常呼出し釦を押しました。
 数人の看護師さんが駆けつけて来て、取りあえず車椅子に移して、ベッドに戻したのですが、血圧が下がっているので、急きょ別の点滴と血圧モニターを繋がれてひと晩中ピーピー音がする中の観察となりました。
 座った状態で力む時にお尻に力を集中することで頭部の血圧が下がる「状況失神」を起こしているとして、トイレの際には看護師が見守るという事になりました。病棟の多目的トイレの片隅に丸椅子が置いてあるのは、そのためなのかと納得しました。

 看護婦さんと一緒に多目的トイレに入る・・・〇〇さんなら大喜びなシチュエーションですが、すぐに安定したので、程なくこの措置は終わりました。




 .最後はア〇〇攻め
 腰の痛みもほぼなくなり、退院へ向けてリハビリ生活の日々に変わった9月ですが、日々のフン闘によって切れ痔となり、オムツにけっこう出血が見られた事から、肛門に薬の注入をする処方が出て、毎朝日勤の看護師が出てきた9時過ぎに薬を入れてもらう事になりました。
 万一腸内出血でないか一応CTの検査もありましたが、無事?切れ痔だけだという事で、注入薬の他にマグネシウムの飲み薬も飲む事になりました。

 切れ痔自体は10日程でだいたい良くはなったのですが、薬の処方が出たままなので、こちらから中止を申し出る事はせずに、これ幸いとばかりそのまま退院の前日まで、毎朝看護婦さんに肛門を攻めてもらう形になり、ちょっとした肛門ニケーションwとなりました。退院するとこれがなくなったのでちょっと寂しいですw

 こうして倒れてもタダでは起きない入院生活をある意味楽しんだ?のですが、終わってみれば早い7週間でした。




 .おもしろイラスト

 今回看護師のフリーイラストで使わせてもらった「看護roo!」っていうサイトですが、その中に面白いイラストがありました。
 理想と現実の落差を描いたイラストなんですが、わざわざ ⇒現実 なんて書いてあり、これが誰のためのイラストなのかという事ですが、サイトは医療従事者・看護学生などに向けたものなんですが、入院生活をしたオッサンにも使えるなぁということですね。
 この絵はナースの服の理想が可愛いワンピース型だったのに、実際はズホンタイプだったいう現実を描いているのですが、ナースを目指していた学生が実際に病院に就職してみたら理想と違ってたという事なのか、腰のクビレがはっきり分かるエロティシズムを求めて入院したオッサンが、実際はズボン姿のナースにがっかりする絵なのか、まぁどちらでも使えますね。

 既に多くの病院ではナースキャップは医療器具との接触事故の防止や衛生面などの観点からほぼ廃止されていますが、ワンピース型のナース服は近所の開業医でも見掛けたりするのでまだまだ残っていますが、オッサン達にとっては最近増えたズボン型にがっかりする必要はありません。ズボン型であれば、お尻の山の形が楽しめるので、目線を腰からお尻に落とせば十分楽しめます。
 
 余談はさておき、退院から1か月経って、いよいよ来週から復職することになり、長かった86連休が終わります。
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退屈な入院生活の強い味方は?

2022-10-08 | 日記
 8月5日から9月24日までの2か月弱の長~い入院生活になり、コロナ対策のために外部からの面会は一切禁止されたり、一人で歩けるようになっても外出・外泊が禁止されていたため、完全に缶詰な入院生活となったのですが、従来なら病室に据え付けてある有料のテレビでも見てその日1日過ごすというものですが、私にとってはテレビなんかは『視ると不快になるメディア』でしかないので、居室に置いてあるテレビは一切触りませんでした。

 テレビの代わりに毎日視るのがネットで、その中でもYouTubeは必須なのですが、1時間も見ると300MBぐらい通信量を食うので、wi-fi環境がないとかなり苦しいです。
 幸いなことに私の入院した病院は入院病棟にwi-fiが設置してあり、テレビのブースターの電源が入る6時~22時の間で一緒に無線ルーターも連動して電源が入るようで、wi-fiの無線が飛んでいたので利用できで助かりました。
 

 くしくも入院した翌日から夏の高校野球が始まったので、勿論地上波のテレビでも見られますが、ネットを使えば無料で見ることができ、重宝しました。

 こちらがバーチャル高校野球の画面で(キャプチャは秋の国体の模様)、8/6の第一試合から最終日の決勝戦まで全ての試合を中継していて、どこかの地上波放送のように、11:55になるとチャンネル変えて、また13:05になるとチャンネル変えてなんて煩わしい事はしなくてよいし、イニング間にCMが入りますが、その中での何本かはスキップもできたので、快適に見ることが出来ました。
 
 そして高校野球が終わると、大リーグの終盤戦が見ものになるので、これもネットを使って視ることができました。



 こちらはYouTubeによる個人配信(多分違法)で、英語放送なので何を言ってるかは分かりませんが、NHK-BSで放送している大谷翔平出場のエンゼルスの中継だけでなく、ダルビッシュ出場のパドレスの試合まで視ることができました。
 これで高校野球が終わった8月下旬からの1か月、お昼過ぎまで楽しみができました。

 更に入院してから見るようになったのが、時事系の各チャンネルで、特に8月は自称少年革命家(但し革命の意味は知らない)のゆたぼん騒動で、あちこち盛り上がっていたので、結構楽しませてもらいました。


 この辺のいわゆる動物系時事YouTuberのチャンネルと、V-tuberのやつなど幾つかあったので、夕食後はこれらのチャンネルが楽しませてくれました。
 最近はゆたぼん騒動も下火になったのか、あまり騒がれていませんね。
 彼も炎上してなんぼの商売なので、再生数が伸びないと商売上がったりでしょうに。



 
 そして時事系動画を見始めて暫くしておススメに上がってきたのがこちらで、「見始めたら癖になって毎日見てしまう」と岡田斗司夫氏も言っていたヘライザー総統。
 彼女の語り方はヒットの法則を見事に突いているとの事で、なるほど。
 でもよくもあれだけ次々と話題と口上文が出てくるのが不思議で、編集だけでなく、文章も作家か誰かが付いてるんじゃないのと疑いたくなるほど。ってことー。



 このように、ネットが見られることで、地獄の?入院生活が少しでも楽になるようになりました。但し22時~6時の間はwi-fiが止まるので、そのまま動画を見てたらえらい事になるので、自重はしてましたが。

 そして体が動くようになった8月末からは車椅子に乗って病院に併設されているコンビニへ通う毎日が始まりました。9月15日頃には自力で歩けるようになったので、リハビリを兼ねてのコンビニ&コーヒー自販機通いの日々です。
 何せちゃんとカロリー計算された病院食なので、小学6年生時の体重まで落ち込んだのを取り返すには、やはり余分にカロリーが欲しいところですが、元々小食な私なので、午後にパウンドケーキ又はロールケーキを、そして夕食後にはポテトチップスやおにぎりせんべい、ビスケットなどのスナック菓子を食べて、カロリーと脂質を余分に摂る、そういう至福の時間が過ぎました。

 おかげ様で退院する9月24には体重が6kg増えて、55kgまで回復しました。
 コンビニはもちろん、一部の飲料自販機もICカード対応になっていたので、入院中は一切現金を扱うことが無かったのも時代のおかげですね。

 話題が前後しましたが、前々回の記事で書いていたように、18禁な話題を次は書こうかと思いますが、どうしようかな・・・
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退院しました

2022-09-27 | 日記

(実際には病院関係者の見送りも花束もありません)
 先週の土曜日に退院し、自宅に帰りました。暫くは通院治療になります。
 治療自体は9/9で終わっていたのですが、リハビリが残っていたため、ある程度歩けて自宅まで帰れる段階になった9/24に退院、早速9/29には検査のため通院で、しばらく病院通いが続くと思います。
 土曜日でバスの本数が少なく、1時間半待ちだったので、駅まで15分ほど歩き、その日は昼前にコンビニへ、夕方はスーパーへ往復し。合計で30分強歩いたのですが、それの影響か太ももが非常に痛く、両足太ももに湿布を貼ってしのぎました。
 このまま太ももの痛みが残るのかと思ったのですが、徐々に痛みも引いていき、何とか生活できるかなという感じです。
 しばらくの間は、体重をある程度まで戻して、足の筋力を取り戻すのと、通勤のための電車で乗って通う練習、長い時間椅子に座って仕事に復帰する練習を行って、社会復帰を目指します。

 そしてスーパーで買ってきたお寿司を食べる。
 ずーっと毎日病院食だったので、お寿司を食べるのは2か月ぶりです、
 こうした食生活(栄養バランス的には病院食には勝てませんが)に戻るのも、元の日常生活に戻る第一歩になるでしょう。

 次はちょっと子どもさんには読むのを控えていただきたい記事を書こうか考え中。
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今年は出撃ないかも

2022-09-10 | 日記

 8月1日の投稿を最後に1ヶ月以上投稿が無かったので、どうしたんだろうと思われていた人もいるかも知れませんが、実は8月5日に家の前で倒れて救急搬送されて病院に入院しております。(初めて救急車乗ったよ!って喜んでる場合じゃない)
 順調に回復していたと思っていた腰痛でしたが、7月後半から再度痛みが増してきて、痛み止めの注射で乗り切っていたんですが、遂に力尽きて倒れてしまいました。
 病状ですが、ぎっくり腰をやった後にどこからか菌が入り込んで、腰の骨を溶かしているため激痛が走り、もし菌が脊椎経由で全身に回れば敗血症で命を落とす病気なので、2ヶ月入院してもらいます。と言われて呆然となりました。過去の入院例だと尿路結石での4日が最高で、今回も1週間から10日ぐらいだろなと思っていたのと、万が一の時の話、つまり死亡した場合の家族への連絡の話し方もあったので、これはただ事ではないなと感じました。
 絶対安静指定で、電動ベッドも頭の持ち上げ角度は45度以下と制限されていましたが、15度上げただけで激痛が走るので、自分ではほとんど上げず、寝たきり状態が続きました。
 幸い手遅れ状態ではなく、抗生剤の点滴が効いて、血中内の菌も順調に減り始めたので、3週間経ってようやく車椅子への移乗が出来る様になり、9月後半には退院して、自宅から通院治療となる旨の話になりました。
 入院時の体重が衝撃の49kg台と小学生の時に戻った程に痩せこけていた事(元の体重は65kg)や、3週間もの寝たきり生活の中で、完全に歩行機能が退化してしまったので、リハビリを行って、ようやく杖を使って200m程歩けるようになりました。
 退院しても暫くは社会復帰のためのトレーニングが続くので、職場に復帰するのは11月ごろとみられ、会社への往復に加えて8時間フルに勤務出来るかなどの課題があって、年内は何処かへ行くのは絶望的だろうと踏んでいます。貯まっていた年休も8月末で使い果たしてしまったので、9月からは病気休暇を申請してもらう形で最大3ヶ月は基本給が出るので助かりますが、医療費諸々で出費もかさむので、自由に歩けるようになっても、当分の間は出撃などは見合せたいと思います。
 鉄道撮影や野球などのスポーツ観戦、街の出歩きなどで、投稿をいろいろ読んで頂いた皆様には、復帰までの長期の間、記事の作成も少なくなると思われますが、何卒ご了承頂けたらと思います。
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新しい三脚を買ったけど・・・

2022-08-01 | 日記
 2019年春を最後に一眼レフを使った撮影をしなくなってもう3年以上経ちますが、その時の撮影は富士山の風景写真だったので、撮り鉄での一眼使用は2018年秋の山陰迂回貨物の撮影が最後となっていました。
 一眼レフ持参の場合はスリックの2m位ある大型三脚(但し脚だけ購入して、上部の雲台はビデオ用を付けて使用、一眼レフは脚の部分に付けたグリップに固定して利用)で、それ以外の場合は多くがビデオ用三脚のベルボンC-500を使ってきました。
 しかし15年近く使ってきて、相当ガタがきたのと、1,700gといえど重たいのでもう少し軽くて小さく畳める新しい三脚に更新しようということになり、幾つかのモデルから選んだのが、スリックのGX7500シリーズで、安いスチル用と高いビデオ用の2モデルがあるのですが、一眼レフで撮り鉄はしないので、高いですがビデオ用のモデルを買うことに。
 価格コムで調べると最安が9,200円あたりからありますが、着目したのがポイントの付与率で、左図下のヨドバシだと1,000円分近く付くので、次回の買い物と併せて実質9,200円になり、これが最安と判断しました。


 ということで早速ヨドバシで購入してきました。通販なら送料無料なんですが、在宅時間が不規則で対応に困るので、お店まで買いに行きました。
 比較のためにVelbon C-500とGX-m7500を並べます。C-500のケースがやや大き目なので10cmほど長いかな?
 三脚本体を取り出して、畳んだ時の長さの比較。C-500が62cmに対してGXは51cmと11cm短いです。
 脚を広げて段を伸ばさない、最低地上高で比べてみました。57.5cmのC-500に対してやはり左側のGXの方が49cmと低いですね。
 それでは脚を全部伸ばしたらどうなるでしょう?
 このようになりました。 C-500は122cmでGXは153cmとさすが5段の威力か、GXの方が圧倒的に高いです。 最後にエレベーターを全伸させた最高長での比較です。
 私の身長よりも高い176cmあります。C-500の全高は152cmですから、その差は24cmもあります。
 これならコンパクトに畳めて持ち運びも楽な上に、高さも稼げると言うことなしのようですが、不安なのが、5段の脚なので、その足の細さが気になります。
 線路脇での撮り鉄はほぼ辞めてますが、駅などでの朝ラッシュ電車撮影などはまだしており、その際に揺れないか心配です。

 なお前回記事に書いた大和西大寺へ献花に行った後から、再び腰痛が悪化し始めて、7/18頃に予定していた東京行き(都市対抗野球撮影)も中止、7/23からの九州遠征も中止となり、せっかく買った三脚も一度も使えずに置いたままとなっています。
 あんまり痛いので6月上旬に打った、ブロック注射を再度打ちましたが、まだ痛みが引かないので、このままだと8月中のお出掛けも難しいかも知れません。
  
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さようなら安倍元総理

2022-07-13 | 日記
 献花台設置は7/18まで
 奈良市内の演説中に狂弾に倒れ、帰らぬ人となった安倍晋三元総理の献花台が近鉄大和西大寺駅北側の事件現場の近くに設けられ、連日大勢の市民が献花に長い列を作って花を手向けています。

 私も去年の衆議院選挙の際に名古屋駅前で生安倍ちゃんを見たことや、国益を護る会を支持している立場から、できれば献花に訪れたかったものです。

 .旅行再開への練習に
 3月に起きた頚椎症を発端とした、その後の生活に於いての3連続ぎっくり腰で、相当腰にダメージが来ていて、通常なら2ヶ月もあれば全快するところ、6月になって再び痛みが悪化し、大きな注射をお尻にブスリと打ってもなかなか痛みが引きませんでしたが、7月に入ってようやく痛みが悪化する前の状態に戻ってきたようなので、4ヶ月ぶりに愛知県外へ出ることとして、今回の奈良行きを決行することにしました。
 しかし朝5時に起きてみると結構痛い、早速湿布を貼っても効かないので、これは無理かもと、朝6時半の特急は諦めて、特急電車と同じくリクライニングチェアに座って暫く様子を見ることに。
 7時を回ってから痛みも治まってきたので、朝8時半の特急に乗ることにして家を出ました。

 久しぶりに乗る近鉄特急、というかJRも含めて全く県外に出てなかったですからね。
 なお大和西大寺へは、途中の大和八木で乗り換えるのではなく、鶴橋から戻る形でのルートとして、もし体がキツい場合はそのまま難波まで乗って、西大寺へは行かず、愛知へとんぼ返りも考えていました。

 懸念されていた痛みも出ずに無事に大和西大寺に到着。
 駅の北側も南側も工事・工事で本当に手狭になっています。

 .いよいよ献花へ

 西大寺駅の中に色々なお店があり、その中には花屋もあるので、多分こういう状況だから献花用のお花を置いているだろうと思って寄ったところ、何人もの人が並んで買い求めていました。
 既に献花台が花でいっぱいになってるので、大きな束を置くのは悪いと思い一番小さな束を買いました。これでも税込みで1,100円ですから、結構な値段ですが、状況からすると安いもんです。

 駅の北側デッキからは当日の演説会場(暗殺現場)の様子が見えてきます。
 何人もの人がここに足を止めて写真を撮っていました。
 平日ならと思って来たのですが、かなりの列ができているようです。

 デッキから降りてて献花台の所にきました。北側に長い列が出来ているので、そのまま通り過ぎて、人の列を見ながら列の最後尾を目指します。
 腰痛でお婆さんレベルの速さでしか歩けないので、途中何人の人に抜かされましたが、5分ほどで最後尾に到達。

 最後尾から献花台方面を見たもの。
 さてどれ位の待ち時間で辿り着けるのか?

 列は意外とすんなり進んで、約20分程で献花台の所まで来ました。
 思ったより早かったです。

 そして献花をして手を合わせ、最後の言葉をかけます。
 ありがとう、そしてさようなら。
 献花台にいた背広姿の人(自民党関係者か奈良市の方か分かりません)が、手を合わせる人1人1人にお辞儀していました。

 並び時間を含めて25分程であっさり終わってしまった献花ですが、皆さんこのあと事件現場となったガードレールの場所での手を合わせたり、写真を撮ったりして余韻に浸っていました。
 テレビカメラも大阪・東京のキー局だけでなく、東海テレビなんかも来ていました。

 こうして無事に献花を終えて、一旦難波へ出て買い物等の用事を済ませて、15時半の特急で帰宅に就きました。
 帰りの特急に乗るまでに8千歩ほど歩いており、これなら、来週以降も出掛けられるかなと思いましたが、さすがに久しぶりの遠征だったので、帰宅した頃には結構腰が痛くなりました。はたして来週は出られるかな?
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NHKをぶっ壊す! 2022参院選

2022-07-01 | 日記
 いよいよ参議院選挙も9日後に迫ってきました。実質の選挙戦はもう1週間。
 もう誰に(どこの政党に)投票するか決まっている人もおられるかと思います。
 そしてまだの人は、こんな面白い政見放送もあるので一度見て決めるのもいいでしょう。

 前回参院選で「NHKをぶっ壊す!」のフレーズで有名になったN国(現在のNHK党)の2022参院選向け政見放送ですが、前回は余りにも衝撃的なカーセックスというキーワードを出して物凄い数の再生数を叩き出しましたが、今回は色物ネタは僅かな時間に留めて、肝心の政策について訴えています。
 政見放送の後半は怪しい候補者たちの演説なので、立花氏が語る最初の8分見るだけでいいです。話題のガーシーも出てませんし。

 さすがに立花氏のことですから、面白おかしく伝えていますが、我々が選挙で投票する「投票用紙」が、ああいう形でお金になるという仕組みも解説するなど、結構なるへそ感があり、意外と役に立つ解説です。どうりで、なぜ当選する見込みが少ない候補者を全都道府県に立てているかという理由が分かりました。得票率が2%を超えたら、1票✕250円で交付されるから、それを運営資金にするわけですね。
 かつては幸福実現党も物凄い数の候補者を全国に立てて戦ったのですが、こちらは上手くいきませんでした。真面目に政策を訴えるだけでは一般の人は見向きもしてくれない世の中ですから、少しでも目立った者勝ちというところでしょうか。
 それと左側にいる手話通訳の方の「ぶっ壊~す」の時の動きや表情も話題になっていました。

 今回は「ぶっ壊す」ありきから、「年金受給者の受信料を無料にする」を第一に掲げて、それ以外の方もNHKに受信料を払わなくてもいい方法を教えるので、コールセンターへお電話ください。とまるでTVショッピングみたいな乗りに。
 翌日、案の定NHK党のコールセンターは朝から電話が鳴りやまないパンク状態だったようで、面白政見放送の威力をまざまざと見せつけたのと同時に、放送を見て電話した(多分)高齢者も関心を持ったのではとうかがえます。

 今回の選挙では、無党派層は参政党にかなり流れるという噂があるので、無党派層内での票の奪い合いとなって、前回のようにNHK党が政党要件を満たすだけの得票数を取れるかは分かりませんが、残りの実質1週間でどう情勢が動くか見物です。
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2回目の抗原検査

2022-06-24 | 日記
 3月中旬に頚椎症になって、左上半身が動かず、ベッドもない環境なので起き上がりに苦労しているうちに3/23~25の3日連続で蹲踞の姿勢からバランスを崩してぎっくり腰3連発という悪夢から2か月半、今回の元になった頚椎症については1か月ほどでほぼ完治し、左手も普通にバンザイできるまでに回復したのですが、問題の腰の回復がなかなか遅れていて、6月に入って痛みがぶり返す状況になってしまいました。
 病院に行ったのは4月中ごろが最後で、ゆっくり自然の治癒力で治してきたのでしたが、6月に入って再び朝の起き掛けなどは唸り声を上げないとダメなほどの痛みとなったので、再び病院に行くことにしたのですが、前回の町営病院は様子見ばかりだのでやめて、別の町医者に掛かる事にしました。
 私の住んでる町には整形外科は4件だけで、駅から徒歩3分と近く内科・外科も兼ねている個人クリニックにしました。
 痛みが4月中旬レベルに戻ったので、今回は痛み止めの注射を打って、スッキリしたと思いきや、3日ほどで効き目が切れて元の痛さに戻ってしまったので、次は大きなブロック注射をズボっと打ち込みました。
 効いたのかどうか分からないうちに、ショック症状なのかしゃっくりが止まらなくなり、次に吐き気まで催すようになり、市中のドラッグストアではしゃっくりを止める薬は売っていなかったので、ネットで取り寄せ、カメムシが羽を広げた時のような吐き気がする味の漢方薬を3日ほど耐えながら飲んで、ようやくしゃっくりも吐き気も止まりました。
 幸い腰の痛みも和らいで、仕事も少しペースを上げかけた火曜日の夜、酷い悪寒が走って、手先が紫色になり、会社のロッカーに置いてあった作業服とヤッケを着こんで電車の中でもウンウン唸りながら帰宅、熱を計ったら38.5℃でした。
 しかし3月の頚椎症の時と状況は全く同じで、せき・くしゃみ・鼻水・四肢の痛みなど、風邪(コロナ)の症状は全く見られません。今回はどういう発熱のメカニズムなんだろうと思いながらも、家に着くなりバタンキュー、夜中の2時頃に目が覚めたので、帰りがけに買っておいたコンビニのざるそばを食べて再度寝ます。
 そして朝起きて熱を測ったら39.0℃。さすがに出社できません。職場に連絡し、2日間の年休となり、前回の例からしても絶対コロナじゃないとはおもいつつ、一応検査を受けるようにとなりました。

 近所のかかりつけの内科では今受けている腰痛治療の状況を知らないので、現在腰痛の治療を受けているクリニックに電話して、抗体検査を予約。
 病院裏のテントに入って待つ事20分、ようやく先生が出てきて症状を聞いて、首をかしげるも、やはり39℃も出たから、念のため抗原検査するね、ということで、またあのグリグリと鼻にワイヤを突っ込まれました。
 診察時に熱は既に37.1℃まで下がっていたのでしたが、テントの中が暑かったのか少し目まいがしたので、長椅子に寝転んでいると、予約なしで来た患者さんが、待つ場所が無いのでとして、テントの外でパイプ椅子で待たされていました。風邪の症状を訴えていたので、その人もグリグリ抗体検査をしていました。また夫がコロナになった期間の証明が欲しいブラジル人ぽい奥さんが書類の希望を申し出ていましたが、奥さんが陰性なら院内の椅子で待って貰えばいいのにと、とにかくコロナ関係は全部建物の外でという扱いです。
 20分ほど待って「陰性です」と言われ、風邪のような菌が入った疑いがあるので、菌に対する薬と解熱剤を出しときますと言われ、そのままテント内で更に待たされました。
 すると隣接する薬店からお姉さんがテントの中に入ってきて、診察代2,210円と薬代510円の計2,800円をまとめて会計しますとのことで、その場で会計を済ませて薬と診療内訳書を貰って退散となしました。
 一切病院内にも薬店内にも入らずに終わるのは前回と同じですが、予約していてもこれだけの待ち時間があるのは辛いし、せめて陰性と分かった時点で、あとは院内の待合で待てるなどの扱いに変えてほしいですね。というか、さっさと2類から5類に落とせよ岸田のボケ!!

 世間では風邪で少々の熱があっても、解熱剤で37.5℃以下に抑え込めたら、何気なく出社して平静を装う人も多いよう(実は陽性でバラ撒いてたりして)ですが、私のように39℃まで出てしまって、それも何が原因か分からない状況じゃ、会社を休まざるを得ないですね。
 この高熱の原因は、風邪などの菌というよりは、ストレス性高温症ではないかと思っています。心因的なストレスでは37℃の微熱が長期続くということですが、身体的ストレスだと短期間に一気に高熱が出て、交感神経の暴走で体温調整が狂うという話を聞いています。
 今後も度々出るようだと困りますね。ほぼ予兆なく急に襲って来るので・・・また年休を2日も減らしてしまうし。夏休み期間中の出撃も非常に危ういです。
 
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どこの電車の車内でしょう?

2022-04-17 | 日記

 はたしてこれは何処の電車の車内なんでしょう?

 天井からぶらさがっている広告を見ると、
 ①一番手前が京成電鉄 スカイライナー
 ②二番目の左側が、名古屋鉄道 犬山観光
 ③三番目の列が、近鉄新観光列車 あをによし
 ④四列目の右側が、西武鉄道 ラビューで秩父へ
の広告になっています。

 これだけの鉄道会社の広告が1車両の中に並ぶのは珍しいことですね。
*なお四列目右側の西武鉄道の広告は土曜日から劇団四季の広告に差替えが始まっているので、四社並びを見るなら今のうち。
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今年度上半期の出撃予定中止

2022-04-09 | 日記
 前回記事の続きとなります。
 3月中旬に頚椎症を発症し、左上半身が動かない不便な生活で、布団から真っ直ぐ起き上がれず、一旦うつ伏せになるのに10分、うつ伏せから正座になって立ち上がるのに10分という生活に陥っていますが、悪戦苦闘しながら体を動かしている時に、遂に『ゴキッ』と腰をやってしまい、ぎゃぁぁぁぁぁと大悲鳴。そうです人生初のぎっくり腰。
 一旦ぎっくり腰をやると、何度も腰の爆弾が破裂して、その都度「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ」となります。
 2週間は掛かる。と言われましたが、2週間経ってもなかなか快方しません。頚椎症の方は徐々に快方に向かい、上がらなかった左腕も曲げた状態なら180度上まで上がりますし、両手を背中で組むことも出来るまでに回復しました。
 しかし腰の爆弾のため、これまでずーっと仕事を休んでおり、33日残っていた年休がみるみる減っていく状況です。とりあえず、来週月曜日に職場に顔出しをして、勤務に就けるものか、1日に何時間程度働けるかの検証作業から始めます。
 しばらくは半日出勤を目指して復帰をすることにしていますが、2時間程度でギブアップというのも考えられます。最大で40時間まで、時間分割で休暇も取れますが、これも取り尽くしてしまうのか、先が読めません。
 年休がみるみる減っている状況ですので、今年度上半期の地方遠征の出撃予定については、大幅な見合わせを迫られる事になりました。

 2022年度上期の地方遠征予定
4月 4/24~4/29 東北地方⇒中止
5月  5/7~5/10  中国地方⇒中止
   5/18~5/20 関東地方⇒時期未定
   5/24~5/27 九州地方⇒中止
6月 6/17~6/22 北海道地方⇒中止
7月 7/17~7/20 東京⇒1日短縮で行く方向で検討中
   7/23~7/27 北海道地方⇒中止
8月 8/6-8/8・8/11-8/13 甲子園⇒行く方向で検討中
9月  9/3~9/6  九州地方⇒中止 ⇒時期を変えて出撃検討中

以上のように、旅程が3日以上となる地方遠征については大幅に中止となりそうです。


 正直こんなに回復が遅れるとは想像もしておらず、4/8~4/10辺りにはどこか出掛けられるだろうと踏んでいたのですが、その期待はモロくも崩れ去り、青春18きっぷも、残った3日間分は捨てる形になりました。(取りあえず最初の2日間で、16,665円分乗車はしているので、元は取れてますが)

 完治するまでには4月いっぱい掛かりそうで、基本的には遠くには出掛けられません。外出歩行訓練として電車で2駅+徒歩15分の所にあるイオンタウンまで出掛けて、買い物&外食をしていますが、今月はその程度のお出掛けになりそうでず。
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2022 謹賀新年

2021-12-31 | 日記
2022 あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いします。

  << 昨年のトピックより >>
・富士山バックに最後の活躍をする185系踊り子(3月)   ・しまなみ海道(3月)
・芸備線に残る長大編成気動車(8月)          ・東シナ海の海から見る36ぷらす3(9月)
・東京都心上空で五輪を描くブルーインパルス(7月)   ・初めて東京ドームで都市対抗野球観戦(12月)

 武漢肺炎ウィルス蔓延に伴う制限下に於いて、警戒をしながらの出撃が昨年も行いましたが、いわゆる撮り鉄と呼ばれる鉄道撮影の割合は以前よりも大きく落としているような気がします。
 2022年(令和4年)は撮り鉄としての撮影では、廃車が危ぶまれる小田急50000系やJR北海道のキハ283系、九州に残るED76・EF81などの撮影に出掛ける計画があるほか、動画サイトで視聴者からのリクエストがある撮影地での録画などを考察しています。
 鉄道以外では、高校野球・社会人野球の試合観戦を今年も行いたいと計画しています。

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ワクチン接種完了

2021-10-03 | 日記
 先月下旬にワクチン接種の2回目をようやく終えました。
 住んでいる町が実施していた7月後半~8月前半にかけての第1期の募集はすぐに満杯になって予約が取れず、名古屋空港で行っている大規模接種は「お住まいの自治体は対象外」だということで受けられず、その間に罹ったらどうすんねん!てところでしたが、職場でようやくモデルナの職域接種が始まりそうだという話が来た頃とほぼ同時に、町の第2期の募集が始まったので、予約開始日のAM9時00分00秒打ちで予約画面開いたら、意外とすんなり予約が取れたので、1回目接種が9/6、2回目接種が9/27で受けることにして、職場の職域接種はキャンセルしました。このワクチン接種は勤務日に受けると業務扱いとなり、職域接種だと2時間勤務を抜けるだけなのですが、自治体などの接種を受ける場合は4時間勤務扱いになるので、午前中に接種を受けて、午後は半日年休にすることで、会社には出勤せずに1日過ごせます。

 .意外と罹っていなかった

 自治体接種なのでファイザー製ですから、モデルナ製よりは副反応が緩めとのことですが、それでも2回目の接種時(想定2)には高熱や痛み・だるさを伴うことと、アナフィラキシーショックなので、既に無症状などを含めて何らかの形で感染している場合には1回目の接種時にもう反応が出てしまうとのこと(想定1)で、一度感染歴のあるフリーアナウンサーの住吉美紀さんが、1回目打った時に高熱が出て、あの時の悪夢(実際に罹患発症した時)の事を思い出したと語られていたので、参考にして想定をしていました。
 私の場合は、
 ①昨年の8月に微熱が続いて5分も歩くと休憩しなければならない程しんどい時期が半月ほどあった事や、
 ②その後も東は埼玉(今年)から西は鹿児島(2年連続)まで県境を何度も越えて電車や船であちこち移動してたこと、
 ③春先~夏前にかけて手荒れが酷くて左手だけ手洗いやアルコール消毒を軽めにしてたこと、
 ④不織布マスクではなくて2020年7月頃からずっとポリエステル素材の布マスク利用である
ことから、結構感染のリスクは考えられたので、想定1を覚悟していたのですが、1回目接種の翌朝に37.1℃の微熱が出た程度で終わったので、これは想定2なのか、もしかしたらさっきの微熱で全て終わってくれるのかなと思っていたら甘かった。

 .鎮痛解熱剤を切らしてた

 2回目接種を受けた9/27夜半から熱が出始めて、翌日明け方には38.5℃まで上昇、そのままほとんど落ちない状態が続いて丸1日寝ていました。なおこの日は公休日なので元々仕事は休み。
 冬場などに不意に歯痛になったりする(最近はほとんど無い)時のためにバファリンを通勤カバンに入れていたのを思い出して、ゴソゴソ探したのですが、あれ?無い!これはもう悟るしかありません。
 そのまま3日目の9/29の朝を迎えましたが、結局38.2℃と殆ど下がっておらず、この日は会社に連絡して突発休となりました。午後になってようやく37.5℃を切ったので家から徒歩5分の所にあるドラッグストアまで10分かけてヨボヨボ歩いていき、鎮痛解熱剤を購入。商品棚の半分位の銘柄が品切れになっていましたが、あまり使う事はないだろうと思って初めてノーシン20包剤の小さいやつを買って帰りました。
 空腹時に飲むと胃を傷めるかも知れないので、夕食後に飲むつもりでいたのでしたが、夕食後少し横になっているうちに飲み忘れてそのまま寝てしまい、目が覚めたら36.5℃まで熱が下がっていて、結局買ってきたくすりは全く飲まずに終了してしまいました。

 さて10月に入って緊急事態宣言も完全解除となりましたが、これでヒャッホー!と動き回るのではなく、人出の様子を伺いながらの判断になると思います。しかし、これまで全く感染してなかったという事は、緊急事態宣言で皆が旅行を控えている時の方がむしろ旅行しても感染リスクが低かったのかも知れませんね。
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夏休みの予定が大幅に見直し

2021-07-23 | 日記
 7月21日夜、恐れていたニュースが飛び込んできました。
 「夏の全国高校野球大会は無観客に」・・・・・ふざけるな!
 あ~あ。これで夏休みのメインの予定がすっ飛んでしまいました。
 去年春夏中止になり、今年はやっとこさセンバツ開催にこぎつけたのに、また見れない。どうすんべ?

 その前に、私の所属する職場では、東京五輪(パラ含む)関係の業務もしており、事故や事件・停電や故障・災害が無ければ1日座って定時の電話会議するだけの楽な仕事なんですが、そのために、夏休み中に5日間ほど交代で担当日が割り当てられました。万一テロ事案が起きた場合は自衛隊とも連携するなど業務内容がありますが、そのようなことは無いだろうなと思いますが。


↑上記が私のグーグルカレンダーの夏休み期間中のものですが、が高校野球関連日程
 以前から予定していたお盆の期間に夏季休暇を入れて4連休✕2回として、甲子園に高校野球を観に行く計画だったのですが、うまい具合に8月12日と18日に五輪担当日が入ってしまい、4連休が取れない状況でした。
 そんな中に飛び込んできた高校野球無観客のニュース。

 これでお盆の期間中は全く予定がなくなってしまったので、どうしようかな?というところ。
 8月3~6日は九州に電気機関車を撮りに行こうかと、一応予定は入れていますが、他は全く予定が立ちません。
 感染者数も増えていることだし、家で寝っ転がってる夏休みになるのかなぁ・・・
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