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六甲1号の出撃にっき

撮影ロケの出撃模様のほか、日々の雑感なんかも綴ったものです。

岩手開発鉄道を録る

2025-07-24 |  出撃 at 東北地方
豆記事の続きになります。

 1.38年ぶりに岩手開発鉄道を訪問
 東北訪問3日目(6/16🈷)は午前中に本八戸からJR八戸園と三陸鉄道を乗り継いで一気にリアス線の南端である盛までやってきました。乗り鉄としてはここで終わるのですが、さて昼からどうしたかというと、この盛りには貨物専用鉄道である、岩手開発鉄道が走っていて、毎日貨物列車を走らせているので、それを久しぶりに撮影しようというものです。
 久しぶりにということは、以前にも来たことがあるのですが、以前に来たのが1987年で、まだ旅客列車も走っていて、終点の岩手石橋まで乗り潰しています。その後旅客営業が廃止となり、今は貨物専用鉄道になっています。

 撮影場所としては事前に航空写真から目を付けていた①~③の地点と、三陸鉄道を録る⓪の4つの地点を回ります。
 盛駅に着いたのですが、残念ながら駅にあったレンタサイクルは廃止しており、大船渡まで行かないと無いとのこと。急がないと釜石から来た三陸鉄道の列車が折り返していくので、全速力で歩きます。
 三陸鉄道⓪地点

 13:00 宮古から乗ってきた列車が32分後に折り返し釜石行として帰って行きました。
 この後は50分後にやってきますが、ここでは三陸鉄道の撮影は終えて、この地域でしか見られない開発鉄道側に回ります。
 ・岩手開発鉄道①地点

 13:30 先ほどの橋から徒歩10分ほどで最初のポイントに到着。
 カーブのコンクリート橋をインカーブからきれいに撮れます。
 列車のダイヤはその日の輸送量によって3通りのパターンがあって、濃いぃ時刻表などに掲載されていますが、今日は本数の少なめのダイヤで、しかも何分がずれているようです。
 ・岩手開発鉄道②地点

 14:00 続いて盛駅の北側方向へ河川敷を歩くこと約20分で2か所目のポイントに到着。
 既に列車の音が近づいていたので、慌てて堤防の階段を上がって撮影。アウトカーブ側の撮影だと、編成後部は見えませんが、先頭の機関車を強調するなら、このアングルの方が良いかも知れません。
 次は趣を変えて田んぼ沿いで撮れそうな所を探します。
 ・岩手開発鉄道③地点

 14:35 奥の直線を行く列車を手前の田んぼを入れて撮影してみました。
 残念ながら、動物除けのネットが張り恵まされて景色を狙うには、あまい良い感じでもなかったですが、バックが森で手前が田んぼの対比と、水面にかすかに映る列車の姿が撮れてまずまずです。静止画にしてしまうと確かにネットや柱が煩く感じますが、動画ならそこまで感じません。
 これより奥は木々が深かったり、あまり場所的に余裕が無さそうな所のように見受けられたので、この3ヶ所の撮影の留めて、盛駅に戻ります。
 戻る途中で②の撮影ポイントに再度寄ってもう1本録ります。

 16:00 残念ながら曇ってしまいましたが、インカーブ側からの撮影ができました。
 これで今日の午後の予定は終わりです。

 2.帰りも夜行バスで帰る
 さて盛・大船渡地区からの帰路ですが、往路に乗ったけせんライナーで検索すると『該当のバスは見つかりません』の表示。何度検索しても同じ、日を変えてみると出てきたりするので、おかしいなと思って調べてみるとなんと、週末のみの運行となっていました。
 往路はたまたま金曜日の夜だったので、何の苦労もなくチケットが取れたのですが、まさかのウィークデーは運休という事態に直面して、ルートを再考しなければならず、BRTなどで仙台へ出るか、盛岡へ戻ってドリーム号に乗るかの選択と成りました。
 仙台までのBRT・鉄道乗り継ぎだと結構値段がするので、盛岡に戻った方がトータルで安くなりそうなため、これから盛岡へ戻る事にしました。

 盛から釜石へは三陸鉄道が順当なルートなのですが、実は1日2本だけ、仙台—釜石間の高速バスが走っていて、ちょうど16時台にやってくるので、盛駅北側のショッピングセンター前から乗ります。
 値段も三陸鉄道より300円安い上に、釜石の到着が20分ほど早いため、先に釜石に着いて時間的な余裕があります。

 盛(サンリア前)で仙台からの乗客数名が降りて、代わりに私ともう1人が乗っても車内は10人もいかない程でした。

 バスは三陸復興道路を走り、時々山の切れ目から遠くに海を望むことができます。
 国道45号しかなかった時代は海沿いにくねくね走るのですが、高規格道で一気に走ります。

 17:10 4分遅れで釜石駅前に到着。
 盛からの三陸鉄道の列車だと到着が17:36と遅いので、乗り継ぎ時間に余裕があります。

 釜石駅前を走る岩手県交通の一般路線バス。
 やっぱり釜石駅前と言えばこの光景ですね。駅前に広がる工場風景は鉄の街の象徴です。

 釜石駅の中に入ります。
 既に売店は閉まっているどころか、駅の窓口も閉まっていました。
 一応マルス対応券売機があるので安心。

 盛岡までの普通乗車券を買います。
 出札窓口は閉まっていましたが、改札口の方は列車が入線すると人が出てきました。

 ホームに上がると、17:43発の釜石線の列車がポツリと待っていました。
 この後盛からの三陸鉄道の列車が到着して乗り継ぎ客を迎えます。

 2両編成ですが釜石からの乗客は10人程度、平日の帰宅時間帯でこの寂しさは半端ありません。
 2つ先の松倉で女子高生が2人だけ(下りの釜石行には6人位)乗ってきましたが、本当に人が居ないんでしょうかねというか、遠野のほうからわざわざ釜石まで通ってくるほうが珍しいのでしょうか? 生徒の1/3が国公立大へ進学する学校ですから偏差値も高いと思います。列車に乗るなり参考書広げてましたから。

 18:46 遠野に到着。
 釜石の高校生は2人とも降り、代わりに遠野の高校生たちがどっと乗り込んできました。野郎ばかりでちょっと鬱陶しい。

 遠野では釜石行きの快速はまゆり5号と交換します。
 遠野を出ると雨も降ってきて外は真っ暗になり、景色は見えません。

 19:53 花巻に到着。
 釜石線の普通列車としては朝の2本と夕方の1本が盛岡まで直通します。遠野からの高校生もほとんどが花巻までで降りて、車内は閑散となりました。

 この花巻で進行方向が変わるので、空いてるボックスに移って改めて右側車窓とします。
 小雨から本降りの雨となって窓の外も水滴できれいには写りませんね。まぁ夜で何も見えないし、いいか。

 20:45 盛岡に到着。
 花巻から東北線内はもっと乗ってくると思いましたが、それほど乗ってきませんでした。
 さすがに盛岡から北上方面に帰る電車は混んでましたけど。

 22:50 盛岡23時ちょうど発のドリーム青森·盛岡号に乗って東京へ向かいます。
 このバス1台で青森便と盛岡便を兼ねているので、週末などは早々と満席になるのですが、閑散期の平日だと割と余裕で割引席も取れたりします。
 ということで、4連休のうち3日を北東北で過ごし、最終日は関東地方で過ごすことになりました。

 4連休最終日の模様は次の記事で書きます。
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三陸鉄道で一気に南下する(後編)

2025-07-19 |  出撃 at 東北地方
前記事の続きになります。
東北3日目(6/16)は、本八戸を朝1番に出て、JR八戸線を南下し、久慈からは三陸鉄道に乗り換えて今日は延々と南下するプランです。
 三陸鉄道の1本目は久慈8:05に出る宮古行きに乗って、9:45宮古に到着、11分の乗り継ぎ時間で盛行きに乗り換えました。

 宮古の発車時には老夫婦が、そして次の磯鶏でも夫婦が列車の写真を撮っていました。何か珍しいことでもあるのかなと思っていたら、この夫婦はすぐにホームを走りだして、列車の運転席横に行って、何やら声を掛けていました。
 そして発車後もずっと見送っていました。
 運転士を見ると、横に指導員を付けた若い20歳過ぎのいかにも新米って感じの人(但し車掌から積み上げて3年ぐらいは掛かる)だったので、息子さんが運転士デビューしたのだと思われます。
 息子のそして宮古駅ではお爺ちゃんとお婆ちゃんが一人前になった(運転士としては半人前)孫のデビュー姿を見たかったのでしょうね。地元の足を担う鉄道運転士として立派に働く姿は親御さんたちにとっては、頼もしい息子の姿だったと思います。
 東京の大学に受かって何百万も掛けてたのにしがないサラリーマン人生送って親元に全然帰ってこない人も珍しくないですが(耳が痛い)高卒で地元の基幹企業に就職する方が、いい人生送れるかも知れませんね。

 10:11 津軽石で下り列車と交換
 津波に耐えた木造駅舎が味のある雰囲気を醸し得出しています。それにしても平日の10時過ぎだというのに、私服の高校生っぽいの?が何人も乗ってきます。まだ期末試験の時期でもなさそうなのに。

 国鉄山田線の名前の元になった山田町に入ってきました。
 震災から14年経ちますが、津波の被害で全く人がいない街跡になっています。

 10:35 陸中山田に到着。
 駅の近辺だけはいろいろと建物が建っています。10年以内に建ったものばかりなので、とてもきれいではありますが。

 10:44 岩手船越に到着。
 2014年4月に来た時は、この並行するバス停での乗り継ぎが出来ずに最悪の思いをした場所で、時間つぶしにベニヤ板で封鎖されたこの駅にも寄っていますが、残念ながら乗降していないので、下車駅としては扱えません。

 岩手船越を過ぎると車窓左手眼下に三陸の海が広がります。
 陸中山田辺りまでは海抜が低くて線路も被災しましたが、この辺りは高台を通っているので、被害はありません。

 車窓の風景が何となく変わったのに気づきましたでしょうか?
 気付いた人は偉い!

 10:56 吉里吉里に到着。
 井上ひさしの小説で有名になった場所ですが、今でも人気があるのかは不明です。

 11:07 鵜住居に到着、反対列車と交換します。
 ここでも高校生らしき子らがいっぱい乗ってきて、車内は全ボックス埋まりました。スポーツ施設の利用できたのでしょうか?

 鵜住居から10分ほど走ると、右下から釜石線の線路が近づいてきて釜石の駅に到着します。

 11:23 釜石に到着。ほとんどの乗客がここで下車し、向かいのホームに停車していた釜石線の列車もすぐに出ていきました。
 ここで15分間の停車ですが、普通乗車券なので外に出ずに缶コーヒーだけ買って車内に戻り・・・掛けたら面白い光景が見えたのでホームに出てきて撮影に勤しみました(これについては後日別記事で書きます)
 11:38 釜石を発車。
 車内は私と地元の婆さんと、大船渡の病院に転院した知人の見舞いに行くというにぎやかなオバサン、そして車内販売のおば・・・いやお姉さんの4人だけになりました。車内販売があるのが驚きです。しかもここから先は最も乗客の少なそうな区間になるのに不思議です。

 釜石を出発すると名物の大鉄橋を渡ります。
 左手には釜石の市街地が見えてきます。ここも震災3年後の訪問時に歩きました。

 吉浜を過ぎると案内放送が入り「車窓に風光明媚な吉浜の海の景色がご覧いただけ・・・」ませんw
 三陸地方も北海道同様にコロコロ天気が変わるというか、天気予報は晴れでも、風で海霧が運ばれてくるとこのようになります。もっと霧が押し寄せてくると雲海みたいになります。

 12:09 恋し浜に到着
 ここで3分間の停車をしますとのことで、慌てて列車の外に出ます。

 ホーム上の待合室には、何やらいろいろと貼られていました。
 遠路はるばるここへやってきて、何かに対する想いを書き綴っているのでしょうか? ご苦労様です。それで想いが実ればこんな安いことはありません。と夢をぶち壊すボヤキを入れて出ます。

 この恋し浜の駅なのですが、線路が高い所を通っていて、駅の外に出るには長い階段を下りなければなりません。
 とても3分間では無理です、ということで、せっかくホームには降りましたが、駅の敷地外には出れていないので、下車駅としてはカウントされません。残念!

 盛川の橋りょうを渡って90度カーブを曲がれば終着の盛に到着します。
 線路はここまでとなります。

 12:28 盛に到着。
 本八戸から6時間15分、222.4km 4,950円の旅が終わりました。

 列車を降りた数人の乗客はほとんどがBRTに乗り継いでいきました。
 既に下校の高校生などが列を作っていたので、昼間にも関わらず、結構混んでいました。

 さて私はこのあとどうするかというと、この旅でここへきて初めての撮り鉄を行いますが、その模様は次の記事で書きます。 
 なお途中のところで「景色の変化に気付いた人は偉い!」と書きましたが、どう変わったかという答えを書きますと、ヒントは建物の屋根にあります。岩手県の三陸南部にくると、降雪量がほとんどないので、瓦屋根の家が見られるようになり、北側から南下してくると、その変化に気付くと思います。同じ岩手でも東北本線の走る内陸部だともう少し雪が積もるので、スチール屋根が展開する風景となります。
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三陸鉄道で一気に南下する(前編)

2025-07-18 |  出撃 at 東北地方
6月に4連休で北東北に来ている旅の3日目になります。

 昨日はあおもりホリデーパスを使って青森県内の津軽半島北端まで行って八戸までやってきました。
 今日の行程は、初日の6/14㈯の午後に、チャグチャグ馬コのお祭りを見た後に岩手県釜石方面へ訪れる予定でしたが、お祭りが楽しくて全部見てしまい、予定をキャンセルしていたのですが、今日改めて釜石方面へ行くことにします。

 1.フリーきっぷ使わず普通に乗る

 昨日は青森県内と八戸線のみ岩手県の久慈駅まで乗り放題だったあおもりホリデーパスで、終点の久慈まで乗らずに本八戸で下車したので、今日は改めて本八戸から久慈まで乗るのですが、残念ながら今日は月曜日なのでフリーきっぷは使えません。また三陸鉄道線内は2日間有効の全線フリーきっぷがありますが、6,100円と値段が張るので、これも選択肢から外れます。

 本八戸から久慈までJR八戸線区間は1,170円、そして三陸鉄道の久慈から盛までは3,780円ということで、田舎の路線だし現金持ってないとダメかなと思ったのですが、一応みどりの窓口もあるし

 何と、本八戸駅にあるみどりの券売機で駅名指定検索でJR-三鉄通しの乗車券を買うことができました。4,950円ビューカード決裁ということで、財布の現金には手を付けずに済みました。
 私は乗り物だけでなく、食事などもできるだけd払いか交通系ICの電子決済をしているので、今回の旅行でもまだ現金は900円ぐらいしか使っていません。

 切符売り場の反対側には待合室があり、朝から数時間程度だけそば屋?が営業しているようです。まぁ朝5時台なので閉まってますが。

 6:13 一番列車の425Dがやってきました。
 同じ時刻に八戸行きの一番列車もやってきて、駅が目覚めの時を迎えます。この時期の6時過ぎなので、けっこうな明るさです。

 朝の6時過ぎの下り列車ということで、車内はガラガラという程ではありませんが、まぁ空いています。
 八戸線のキハE130系に乗るのは昨日・今日を含めて3回目ぐらいで、前回乗ったのは40系気動車が置き換えになる寸前の話なので、2018年3月以来の7年ぶりとなります。もちろん久慈に行くのも7年ぶり。

 6:32 八戸の市街地の端っこにくるとウミネコで有名な蕪島が見えます。
 あそこ晴れてても傘が絶対必要な島なんですよ。しかも臭いので二度と行くつもりはありません。

 鮫角灯台を過ぎると線路は南南東に進路を変え、三陸の海岸線に沿って南下していきます。
 7~8年前に2度ほど訪れている、陸中八木の手前にある「復興メッセージドラム缶」が見えてきました。7本のドラム缶は今も健在です。
 大きな川や峠を越えることなく、気付かないままに岩手県に入っていました。
 ここから先が急坂の峠を越えて、久慈の街に入って行きます。

 7:51 まだ8時前ですが久慈(ここで笑わないとこの後笑う所ありませんよw)に到着しました。
 県境を過ぎると1駅ごとに通学の高校生が乗って来て、2両の気動車は学生でいっぱいでした。多分久慈駅が最も混むのが9時、じゃなくて8時前ですね。

 高校生たちと一緒に汽車を下りて駅から出てきたら、私も高校生になった・・・気はしませんね。
 平日に旅ができる楽しみはこういう所にあります。

 三陸鉄道の久慈駅駅舎に回り込んできました。
 8年前はまだあまちゃん関係の看板が色々でていたのですが、じぇじぇじぇーあまちゃん関係の看板がなくなってる。
 まぁ放送終了から12年、つまり一回りしてるわけですから、さすがにもう置いてませんね。と思ったら、駅の陸橋上に置いてありました。

 2.11年ぶりに乗る三陸鉄道
 7年前に八戸線のキハ40系引退のための訪問では、八戸側から久慈まで往復しただけなので、三陸鉄道は乗っていませんでしたので、三陸鉄道に前回乗ったのは、2014年に全線復旧(JR山田線区間を除く)した時に乗って以来の実に11年ぶりです。

 ホームには既に8:05発の宮古行きが入線して待っています。
 久慈がこの辺の中心地なので、ここから出る列車はガラガラだろうな・・・

 いやいや意外と乗っていました。
 まさか高校生が乗っているとは、ここから南側に高校なんかあるのか? と思ったら、隣の野田村にある高校のようです。

 陸中野田で高校生を下ろして車内はガラガラになると、車窓左手に三陸の海が広がる景勝区間に入ります。
 この場所は十府ケ浦という直線の海岸線を行く場所ですが、津波から街を守るために大規模な堤防が築かれていて、海は見えません。

 8:30 そしてリアス線最大の見どころの1つが安家川にかかる安家大橋からの眺めで、列車は写真撮影用に1分間停止してくれます。
 前回来た時も晴でしたが、夕方近くだったので、明るい晴れの時間に見れて満足です。

 8:44 普代に到着
 高校2年の夏(1982年)に来た時は久慈からこの普代までが国鉄久慈線で、線路はここで途切れていました。

 車両は36-700形の中でも一番新しい2018~2019年に追加増備されたグループの1両で、木目内装が阪急電車みたいですね。
 車掌側は開放なので展望が楽しめます。
 その後列車はトンネルの多い区間を走り、駅の所だけ出てくるを繰り返して終点の宮古に到着しました。

 9:45 終点の宮古では、同じホームの釜石側に次の列車が停車しており、同じホームで乗り換えができました。
 前に停まっているのも36-700形ですが、2013年に投入された初期の車両のようです。

 旧出口の前にはそば屋もありましたが、乗り換え時間が11分なので諦めて車内に戻ります。

 宮古から先の区間については次の後編の記事で書きます。
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北のハズレじゃなかった竜飛岬

2025-07-14 |  出撃 at 東北地方
前記事からの続きになります。
 青森から津軽線に乗って、蟹田から代行乗り合いタクシーに乗って鉄道事業法に定める日本最北の鋼索鉄道(ケーブルカー)がある青函トンネル記念館まで来て、東北全県の鉄道乗り潰しを達成しました。朝7時に弘前を出て、4時間以上経っていて、もうお昼になりますが、今日の最終目的地は青森県津軽地方の反対側である南部地方になるので、そろそろ折り返しの時間となります。

 1.たったの100円で竜飛岬まで行ける
 今日来た道のりをまた青森方向へ戻るのですが、午前中に乗ってきたわんタクにまた乗るのかというと、そうではなく、もう1つ別の乗り物があるのです。

 それが外ヶ浜町営バスで、3つの路線を持ち、三厩ー竜飛岬の区間はわんタクと競合関係になります。
 しかも、この町営バスは同一エリア内であれば誰でも100円で乗れるので、往路に乗ったわんタクよりも全然安いですね。
 ただ三厩ー蟹田間は朝夕しか走っていないので、昼間の時間帯はこの代行区間のみ、わんタク一択(ここで笑わないともう笑うところありませんよw)になります。今回は時間の関係で往路はわんタクに乗りましたが、うまく時間が合えば往復とも町営バスに乗れば三厩-竜飛岬をたったの200円で往復できます。

 11:30 帰りのバスまでまだ時間があるので青函トンネル記念館から竜飛岬のバス停まで歩くことにします。
 途中ちょっと上り坂がありますが、頑張って歩きます。

 11:45 1キロほど歩いて、道の駅の大きな駐車場までやってきました。
 この駐車場の端っこにバス停があります。

 11:50 バス停を少し過ぎると有名な階段国道の看板があります。

 これがその階段になった国道ですが、すでに前回クルマで来た時にここは歩いているので、今回は省略します。
 また階段を降りずに、左側の丘を上って行くと、竜飛岬の灯台の方へ行けますが、これも前回・前々回に寄っているので、今回は省略します。

 11:55 三厩からの町営バスがやってきました。
 5分で折り返し、12時ちょうど発の三厩行きになります。

 小さな料金箱が置いてあるだけで、両替も非対応のため、乗車前には必ず100円玉を用意しておいた方がよいでしょう。
 海岸段丘から数十m下の国道へ再び急坂を下りていきます。

 わんタクと町営バスとの違いの1つが、国道339号線の竜飛の集落にも町営バスは寄っていくので、国道区間の下のサイハテに寄ることができます。
 国道339号線の北端はここから100mほど先になりますが、バスはこの漁港前で折り返します。前回2019年8月に車で来た時は奥に写っている2コブの山の下にある弁天様まで行っており国道339号を制覇しています。

 12:35 竜飛岬バス停から35分、たったの100円でのバス旅を終えて三厩駅に戻ってきました。
 三厩から先、蟹田駅に戻る次の代行タクシーまで2時間近くあるのでどうしよう?

 13:10 三厩駅から竜飛方面へ歩くこと約20分で、お昼を買うためファミマに到着。
 ここが本最北端のコンビニかと思ったらハズレでした。本当の北の外れ(最北端)のコンビニは海を挟んで反対側の下北半島にありました。

 13:40 三厩駅に戻ってきました。
 数年前に来た時と何ら変わってない感じがします。

 駅の発車時刻表ですが、現在の代行バスの時刻ではなく、鉄道が走っていた時の時刻表がそのまま残っているようでした。
 ドアを開けて駅構内に出てみます。

 駅構内に入ってみると、ささやかな花が咲いている向こうに1面2線のホームがありますが、手前の線路は使っていません(奥の線路も今は使ってませんが)

 駅名標は割ときれいに残っています。
 列車は来ませんが、一応路線としてまだ廃止になっていませんからね。

 昭和時代に2度ほど列車(当時はキハ22)でここの駅に来ていて、この風景も見慣れた感・・・はありませんが、当時は駅舎は小さく、建物の奥に掘っ立て小屋のような木造のボットン便所がありましたが、その後駅舎は建て替えられ、ネポン式の簡易水洗トイレが駅舎内に設置されているので、冬場も寒くなくて利用者も助かっていたでしょう。どれ位利用者がいるか知りませんが。
 なお線路が北側に伸びているのは、以前この駅で最終列車が朝まで滞泊するために、気動車を留め置く車庫があったためで、その後は最終列車は蟹田まで回送で帰り、翌朝また回送で蟹田からやって来て、上りの1番列車として運用していたようです。

 2.無料でわんタクに乗る
 三厩駅で約2時間の待ち時間でようやく蟹田に戻るわんタクの時間になります。時刻表を見ると分かりますが、実は竜飛岬を14時に出てきた1本後の便になるので、竜飛岬で十分時間が取れたのですが、この場合だと町営バスとの接続が取れない心配もあったため、竜飛岬での時間を削って12時のバスで帰ってきて、三厩で時間調整したわけです。

 14:40 蟹田行きのわんタクがやってきました。
 誰も乗っていないので、もしかした竜飛岬から来たのではなく、私だけのために、近隣の待機場から来たのかも知れません。

 ということで、乗客は私だけなので、運転席のすぐ後ろに座ります。
 鉄道代行区間なので、あおもりホリデーパスを見せれば、無料で乗れます。運転手さんには何か申し訳ないような感じですが、運んだ分は後でJRから精算されるでしょうから、何も遠慮する必要もないかも。

 往路では撮り逃していた津軽線の橋梁をくぐる瞬間、鉄橋も傷んでなさそうに見えます。

 暫く進むと国道から内陸に入り、突き当りにある団地(災害復興住宅?)でスイッチバックするのですが、そこで蟹田方面から来た下りの代行タクシーと行き違い待ちをします。まるで鉄道みたいですね。

 15:49 蟹田駅到着
 私を下ろしたらさっさと車は走って行きましたが、その先のバス待合室の横に停めて休憩?していました。
 中央に写っている建物はバス待合所?で、夜中でも開いているので、駅を締め出されても大丈夫です。というか、北斗星撮影のためにここで1泊しましたw

 青森行きの列車まで20分ほど時間があるので、待合室で休みます。
 昼間に3時間ほど列車待ちがあっても、長椅子があるのでゴロンと休むこともできますね。

 3.青森県の反対側へ向かう

 朝から弘前を出て5時間ほどで竜飛崎を折り返し、半日がかりで津軽半島から下北半島の付け根を通って南部地方まで行くのですが、蟹田からは青森での乗り換え1回で八戸まで行けるので、一気に行ける感があります。

 16:08 青森からの折り返し列車が入ってきました。
 日曜日の夕方前なので、青森から帰ってくる人々が20人近く降りてきて、平日ならもっと盛況なのが想像できます。
 蟹田から乗ったのは私を含めて3人だけ、後ろの車両は途中まで貸切でした。

 17:13 青森駅で八戸行きの電車に乗り換えます。右側に停まっているE721系コピーの703系ですが、クロスシートがあるいい車両です。
 乗り継ぎ時間は10分、夕方なので座れるかな?

 後ろの車両の一番後ろよりのBOX席に少し汚れた作業着を着た20歳位のお姉ちゃんが横になって爆睡していて、その区画だけを避けるようにして周りはほぼ席は埋まっていたのですが、別に臭うというわけでもないので、あざーすという感じで進行方向に向いて座ります。
 野辺地までで降りてくれるかなという思いを裏切り、終点の八戸まで結構混雑が続いていたので、道中の写真はありません。

 18:57 青森から1時間半で八戸に到着。
 この区間に乗ったのは2014年7月以来の11年ぶりとなりました。

 19:34 本八戸駅で下車。
 ホリデーパスのフリー区間は隣の岩手県の久慈まで乗れるのですが、泊る場所の関係で今日は八戸市内で滞泊となり、これで今日の行程は終わりとして、切符の利用もここまでで終わりとなりました。

 本日の移動距離は (〇印はフリーパス利用 2,510円)
 〇弘前→青森    37.4km 680円
 〇青森→三厩    55.8km 1,170円
 ・三厩→青函記念館 13.0km 300円(わんタク)
 ・青函記念館→竜飛岬 1.0km 徒歩
 ・竜飛岬→三厩   15.0km 100円(町営バス)
 〇三厩→本八戸   157.3km 3,490円   合計 279.5km 5,340円分+400円

次は6/16㈪の行程について書きます。
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日本最北の鋼索鉄道に乗る(本編)

2025-07-12 |  出撃 at 東北地方
前記事の続きになります。
 日本最北の鋼索鉄道がある、津軽半島の北の外れー竜飛岬にある青函トンネル記念館にその鋼索鉄道、つまりケーブルカーがあるので、それに乗ることで青森県内および福島県以北の東北地方の鉄道路線完乗を達成するものです。

 以前2回ほど車で竜飛岬までは来てたのですが、この青函トンネル記念館には入りませんでしたが、今回ようやく中に入ります。

 ケーブルカーのみなら往復1,200円、併設されている記念館(入館料400円)と合わせたセット券が1,500円でしたので、セット券を購入。
 ケーブルカー用の券面には、乗車する便を指定したハンコが押印されます。40分おきに動いてるケーブルカーの時間まで数分しか無かったので、急いで乗り場に下りていきます。

 階段を下りていくと、オレンジ色の小さな車体「もぐら号」が待ち受けていました。
 丸い目玉がかわいいケーブルカーですが、乗ってみると全然可愛くないんですこれがw

 発車時刻間際だったので、既に他のお客さんが乗っていて、2列目からの撮影になりますが、そこそこ撮れそうな感じです。
 ドアが閉まったのですが、直ぐには動きません。 どうしたのかな?と思ったら、音楽が鳴り始めました。
 ちょっと見え辛いですが、ケーブルカーの進路前方に鉄の扉があり、万一の滑走事故に備えて、通常はこの扉を閉めているのですが、ケーブルカーが動く時にこの扉を開けるわけです。

 音楽が鳴り止むといよいよ滑り降り始めます。
 非常に滑らかな動き始めだったのですが・・・ガンッ、ガンッ! っと凄い衝撃音とともに下から突き上げてくる動きがお尻を容赦なく襲います。
 これは線路の継ぎ目の部分による車輪の振動が、直接車体や座席・乗客までも襲うことで、なぜそんな衝撃になるのかというと、車軸に一切バネが付いていないと思われます。2軸客車や貨車に乗った事はありますが、ここまでの衝撃はありません。1段又は2段リンク式というバネで線路からの衝撃を和らげているからです。
 ではなぜこのケーブルカーはバネがないのかというと、基本的に点検・非常用であることと、傾斜が強いため、バネによる飛び跳ね事故を防ぐ目的があると思われます。

 10:47 ケーブル下の体験坑道駅に到着しました。
 この駅部分に当たる場所から坑内トンネル側へ出た時点で、下車が成立します。

 坑内では△形に道が続いていて、途中の長辺の部分に幾つかの展示物が置いてあり、坑内誘導員のハンドマイクと一部自動音声で資料の解説が行われます。
 ここは海面下140mの世界、海底は遥か上になります。

 坑道の2つめの頂点部分の先が柵になっていて、その奥には分厚い鉄の扉があります。
 これは風門として、トンネル内を走る列車が起こす風が坑道内に影響を起こさないようにする役目を果たしています。
 この扉の向こう側が非常駅だった旧竜飛海底駅となっていて、ここも昔、快速海峡が走っていた頃に見学で降りた事があります。

 11:10 約20分ほどの見学を終えて、陸上へ戻るケーブルカーに再び乗ります。
 車内はボックス席が並んでいますが、先頭部分だけ半室が乗務員室になっていて、その向かい側はロングシートになっています。

 その最前列の席に座れたので、前面かぶりつきを行います。

 11:16 ケーブル上の青函トンネル記念館駅に戻ってきました。
 真っ暗なトンネルから地上に上がってきて、部屋の中ですが明るさが全然違います。

 ケーブルカーの隣には黄色い工事用の車両も置いてあります。

 最初に触れた鉄の扉がこれで、風門として下から吹きあがってくる風を止める役目と車両が万一滑り落ちないようにする役目も兼ねています。

 ケーブルカーの乗り潰しを終えて、北側にある資料館に入ります。
 1階で一般的な資料を展示している他に、2階には映画シアターもあります。

 一部は吹き抜けになっていて、2階からは資料館全体を見ることができます。

 こうして、青函トンネル記念館の見学と、日本最北端のケーブルカーの乗り潰しが終わりました。
 これで東北地方で唯一残っていた未完乗路線がなくなり、東北地方は全制覇したことになりました。1982年7月に急行きたぐにで大阪から青森まで乗車して、羽越本線を完乗して以来、43年かかっての制覇となりました。

 次の記事ではオドロキ?の帰路について書きます。
 
 
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日本最北の鋼索鉄道に乗る(前編)

2025-07-11 |  出撃 at 東北地方
一連の北東北紀行の続きの記事になります。
 6/14~6/17までの4連休で現地初日である6/14についてはチャグチャグ馬コのお祭り見物などで、岩手県でほぼ過ごしました。
 きっぷもいわてホリデーパスとして岩手県内のJR在来線+花輪線乗り放題だったのですが、お祭り見物に時間を費やして、あまり乗ってなかったものの、翌日の予定を考慮してエリア北端の大館駅まで乗り、大館→弘前までは普通乗車券で乗りました。前の記事で「弘前で降りたのは翌日のきっぷの関係があるからです」と書いていたタネ明かしをします。

 1.今日もホリデーパスを利用

 昨日の岩手県内のホリデーパスに続いて、今日は青森県用のホリデーパスを使います。
 青森県内のJR在来線と青い森鉄道が乗れる結構お得なパスになっていて、奥羽線の南端が弘前のため、昨夜はここで滞泊したわけです。

 岩手県は昨日の夕方前から雨でしたが、青森県は今日は天気はよさそうです。
 ということで、今日目指すのは本州最北端の未乗車路線である、青函トンネル記念館鋼索線の乗り潰しを行います。ロープウェイと違ってケーブルカーは鉄道路線免許による登録路線として、運賃や時刻表を国交省に申請・認可を受けている線区になるため、当然ここも乗り潰しの対象路線となります。問題なのは、接続する鉄道がなく、バスなどで行かなくてはならない独立した立地にあるため、訪問のハードルが高かったものです。
 実は過去に2度ほどクルマで竜飛岬まで行っているのですが、1回目は記念館ができる以前で、もう1回は他に列車の撮影時間を優先したため青函トンネル記念館には寄る時間がなく、改めて今回訪問するというわけです。

 6:40 ということで弘前駅にやってきました。
 建て替え後の駅舎は暗くなってからしか見ていないので、こうやって眩しい姿を見るのは初めてです。

 7:06 弘前始発の快速青森行きに乗ります。
 車番を見たら昨晩大館から乗った青森行き快速と同じ編成だったので、昨日の晩のうちに青森から折り返してきてたようです。

 津軽平野の撮影名所を走ります。
 寝台特急あけぼのや583系の臨時列車が走る頃には何度も遠征に来ていましたが、あれから10年近く経とうとしていますが、まだ景色は覚えているものですね。

 7:22 青森に到着
 隣のホームには青い森鉄道の列車が止まっていますが、こちらは夕方に乗ります。

 津軽線の電車まで時間があるので、駅の外へ出てきました。
 ありゃ~、全然変わっていますね。ビルごと建て替えたようで、弘前以上にピッカピカです。
 駅の北側にあったそば屋は移動しており、建物の南側に小さなスペースで営業していましたが、朝から混んでいたので、そばは今回はパス。

 昔は改札口が1階にあったのですが、完全に橋上駅舎&ビル化して、東西を自由に行き来できるように変わっています。
 以前の青森駅の面影は全く見当たりませんでした。

 8:14 蟹田行きの普通列車に乗ります。
 日曜の朝の下りとあって、ほとんど乗客はなし。隣の油川で部活へ向かう女子高生3人が降りてからは2両編成に数える程しか乗っていません。のんびりフリーパスが発売されると少しは変わるかな?

 油川を出ると、田園が広がり、しばらくの間は北海道新幹線の高架橋と並走します。
 夜中まで雨が降っていたので、太陽が出てきて一気に湿気が上がっているようです。

 車窓右手に陸奥湾が見えてくると終着の蟹田はすぐ。
 今写っているここの道路辺りから、札幌へ向かう寝台特急北斗星を狙うために、撮れたものです。

 8:50 蟹田に到着。青森から36分の短い旅です。
 キハ40が走ってた頃はもう少しゆっくりこれたのですがね。

 蟹田駅前に出てきました。こちらは特に変わった様子はありません。
 ここで竜飛崎に行くある交通機関の到着を待ちます。

 2.たった300円で竜飛崎まで行ける!
 さて津軽線は蟹田から三厩までの間が水害により不通で、ほぼ2027年4月に廃線が決定していますが、現在は鉄道営業路線のため、代行バスによる輸送も行われていて、この区間の有効なきっぷがあれば、代行バスに乗れます。さらに、三厩から北へも昼間を中心に直通しているので、そのまま乗って行けます。

 この直通している昼間の便が「わんタク」という乗り合いタクシーで、JR東日本のチラシには2025年3月31日までと書いてありますが、その後も同じ値段で乗れます。なおこのわんタクは、前日までに予約が必要なので、当日ふらっと行っても誰も予約が無いと車自体がやって来ない事もありますし、逆に予約で一杯だと乗車はできませんので予約が必須です。
 料金は通常500円ですが、蟹田-三厩間のきっぷを持っているか、マイナカードの提示があれば300円になります。

 8:57 そのわんタクがやってきました。ハイエースロングです。
 「鉄道代行」の文字もしっかり掲げられていますね。

 9:00 予約した名前を確認して、定刻に発車します。
 トンネル記念館まで行く私と、もう1人は竜飛崎まで行くオジサンの2名乗車。

 9:05 町の外れにスーパーやドラッグストアが並ぶ一角があり、そこへ立ち寄ります。
 大型バスではこうした駐車場に入れませんが、ハイエースなので、スーパーに横付けできます。

 9:11 しばらく走ると、右手に新中小国信号場が見えてきました。
 津軽線としては運休していますが、この区間は北海道との貨物列車の往来があるので、毎日貨物列車だけは走っています。

 さらにその先には北海道新幹線の高架橋が見えてきました。

 9:14 新幹線の高架をくぐったところ。大平駅の辺り。
 手前に何となく津軽線が横たわっていて、その奥に新幹線の線路と合流すべく上がってゆく海峡線の高架が見えます。

 代行バスも海峡線の線路にそって北へ進路を取ります。
 程なく津軽線の踏切を渡ります。線路は当然錆びています。
 逆に言うと、被害を受けたのはこの大平から次の津軽二股(奥津軽いまべつ)までの1駅間なので、津軽線の新型気動車にATCを搭載して、貨物列車と同じく、海峡線の線路を津軽今別まで走り、津軽今別駅の構内で分岐すればよいとも考えられるのですがね。でもここの区間はJR北海道の線路なので、ややこしい事をするなら、やっぱり廃止したいということでしょう。

 9:34 峠道を15分ほど走って、下ってきたら奥津軽いまべつ駅に到着します。
 ここで若干の停車時間があるので車から降ります。停車している場所は新幹線の駅ですが、津軽線の代行輸送なので、津軽二股駅での下車扱いになります。ここで新幹線に乗り換えたら奥津軽いまべつ駅のカウントになるのですがね。

 9:37 3分ほどの停車時間を終えて奥津軽いまべつを出発。
 ぐるっとロータリーを回ってようやく全貌が見えました。(と言っても過去にクルマで1度この駅には寄ってますが)

 9:48 今別町の市街地に入ってきました。
 沿線に住宅がほとんど見えない三江線と違って、こちらは割と家が建っているので、これで廃止にするのかという感じですね。

 9:57 津軽浜名を過ぎると再び右手に海が見えてきました。
 ここから先はほぼ海沿いに走ります。

 10:02 途中で急に内陸側に入り出したので、何かと思ったら、青函トンネル入口広場に寄るためにわざわざ内陸へルートを取っているようです。
 乗降客もなく、そのまま出発。

 10:08 三厩駅に到着
 時間帯によっては多方面とのバスの乗り継ぎで複数台止まることがありますが、この時間はないようです。

 10:25 三厩から15分ほど海沿いを走って、竜飛の集落に入ったところで、海岸線から分岐します。
 太宰治の文学碑はこのまま真っすぐ進んだところにあります。

 海沿いの国道339号線から一気に急坂を登っていきます。
 登ったところには、もう1本の国道339号線(津軽半島の西側から来た分)があります。

 10:28 青函トンネル記念館前に到着しました。
 蟹田から1時間半の道のりでした。

いよいよ青函トンネル記念館に入りますが、その様子は次の記事で書きます。
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ラウンジで休める奥羽地域の通学生

2025-07-04 |  出撃 at 東北地方
一連のチャグチャグ馬コの記事の続きになります。
 6/14土曜日は前述のように朝5時半に一ノ関をスタートして、盛岡界隈でチャグチャグ馬コを見物しましたが、フリーきっぷで一ノ関→盛岡などを乗っただけの状態で、まだまだ使い残っています。

 岩手県内のJR線と花輪線は秋田県区間を含めて全線乗り放題なので、乗らないともったいないですが、問題になるのが明日の天気との兼ね合いで、天気の良い地域を考慮した結果、明日6/15日曜日は青森県へ行くことにしました。
 このフリーパスはIGRの区間は好摩までしか乗れないため、青森に行く場合は、花輪線経由で大館から奥羽本線で向かう事になります。幸い盛岡発16時台と18時台の2本の列車があり、どちらの列車に乗っても大館発最終の青森行き快速に乗り継ぐ形になるので、他の場所を回って18時台の列車に乗ることも考えていたのですが、雨が降ってきたので、他の場所へ行くこともなく、16時半の大館行きに乗ることにしました。

 16:39 大館行きのキハ110系2両編成の列車に乗ります。
 この列車は折り返し列車ではなく、引き上げ線に待機していた車両が据え付けられました。

 定刻に盛岡を発車。昼間にあった倒木の影響はもう解消しているようです。
 隣のホームに入ってきたのが花輪線の上り盛岡着の列車で、この車両が18時台の列車として折り返すのでしょうか?
 平日なら高校生などで混雑してるでしょうが、今日は土曜日とあって、それほど混雑しておらず、立ち客もいましたが、大半がIGRの区間で下車していき、JR花輪線内に入った頃には余裕で席も空いていました。

 JR花輪線内に入って3・4つめでこのガラガラ模様。
 そりゃぁ1日に5本しか直通列車がないのも分かります。
 県境を越える頃には私以外には山高帽を被った高齢男性と、婆さん、に乗り鉄っぽいオッサンの4人、後ろの車両も2人ぐらいとかなり寂しい状況でした。青春18きっぷも無い時期ですし、7月から東日本版18きっぷが出れば、少しはお客も増えるかも。

 陸中大里? いや、ここ秋田県の山の中ですよ。
 だいたい陸中と言えば岩手県をイメージするのですが、何故か秋田県の鹿角市域もこの陸中に含まれるとされています。

 18:35 鹿角花輪に到着。交換列車はすぐに出ていきました。
 この駅は昔「陸中花輪」と名乗っていて、花輪線の名前の元にもなっている駅です。

 19:00 十和田南に到着。
 ここで列車の進行方向が変わります。

 車掌さんも反対側に移動します。
 陸中花輪・十和田南の両駅ともに十数年前まではそば屋があったのが信じられない程に寂れています。
 十和田南を出ると一気に夜のとばりが下りて真っ暗になりました。

 19:47 盛岡から3時間8分の旅を終えて大館に到着しました。
 ここからの乗り継ぎですが、盛岡を1本後に出た列車とも同じで21時3分の青森行き快速までありませんので、改札の外へ出ることにします。1本後の列車だと大館での乗り換え時間が2分しかないので、早いのに乗って、大館で晩飯を仕入れようと、75分あるので、スーパーへ行くか、近くに食堂とかあるかな?

 大館駅ですが、いつの間にか建て替わっていました。
 また雨が降ってきたので、傘をさしてスーパーまで片道1キロ歩くのも億劫です。
 そこでNEWDAYSが開いていたのでダメ元で覗いてみると、ありました!

 ジャーーーン!
 13年ぶりぐらいの鳥めし、今日はこれが晩ごはんです。

 さて新しくなった大館駅ですが、駅の中の待合スペースが充実しています。

 バスの待合も兼ねているようで、多数の椅子とテーブル、そして窓側には電源コンセント付きのテーブル席まであって、至れり尽くせりです。

 21:00 青森行きの最終電車(快速)が入ってきました。
 ここからはフリーきっぷの区間外になるので、普通乗車券を購入です。

 21:38 弘前に到着。
 青森まで行くことも出来ますが、明日の乗車券の関係で、ここで降りて滞泊します。

 改札口前には2匹のミニねぷた?がお出迎え。
 秋田支社のワンコと弘前市のニャンコでしょうか?

 改札口を出た向かい側にはなんとラウンジと書かれた待合室が。
 窓側のテーブルでは女子大生?らしき2人が勉強かネットしてるのか分かりませんが、列車待ちか迎えの車待ちかというところでしょう。こうした豪華?なラウンジ程ではありませんが、ミニ図書館を兼ねた北常盤駅など、他の一部の駅でもこうした列車待ちの利用者にゆっくり待ってもらおうと、お・も・て・な・しの空間が用意されているのがちょっと羨ましいですね。
 列車がいるのにドアを閉め切って、駅のホームで長時間立ったまま待たせるどこやらの会社とは大きな違いですね。

 さて明日はいよいよ本州最北端?のアレに乗ります。
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思わず ”すごっ!” っと叫びたく」なる駅

2025-07-02 |  出撃 at 東北地方
一連のチャグチャグ馬コの見物記事の続きになります。
 滝沢市の出発点に近い場所から、馬コの行列を追いかけて歩いて来たのですが、カメラ4台にPCやら4日分の着替えやら入れた重たいリュックに三脚を担いでいると、さすがに疲れるので、青山から盛岡までは電車で移動して先回りすることにしました。
 チャグチャグ馬コのお祭りの記事自体は前2つの記事をご参照下さい。

 見物客の移動に便利なように盛岡行きの臨時列車も運転されるとのことで、人の流れに付いてIGRの青山駅に来ました。
 電車の時刻を見ると、まだ盛岡到着まで時間に余裕がありそうなので、盛岡行きの電車には乗らずに、反対方向行きの電車に乗ることにしました。

 12:10 見物客を乗せた臨時電車の盛岡行きが出ていきました。
 わざわざ滝沢市のラッピング車両を運用に充ててくるのも粋な計らいです。青森方にカラーの馬コのイラストがあります。
 ちょうど下り線には滝沢行きの電車が入ってきました。
 なぜ反対方向へ向かう電車、それも滝沢止まりのに乗ったかというと、それは下車駅稼ぎなのです。
 盛岡ー好摩間では国鉄時代から元々あった、厨川・滝沢・渋民の3駅は撮影などで寄って下車済みだったのですが、IGRになってから開設された2駅は未下(乗)車でしたから、この機会に2駅とも下車するために一旦反対方向へ向かったわけです。

 そして降りた駅が巣子駅。
 看板を見るなり「すごっ!」っと叫びたくなりま・・・すよね? 地元民じゃなければ。
 縦形の駅名標には下部に馬コのイラストも入っています。

 ここの駅は上下線でホームが分かれています。
 それは東北本線あるあるの上下線で高さが違う勾配構造になっていて、ちょうどその段差が付いている場所に設置されたために、上り線と下り線で高さが違う段構造になっているわけです。

 下車駅とカウントするためには、駅の建物を出ないといけませんから、ちゃんと駅の前に出てきました。
 さすがに駅舎を見て「すごっ」とはなりませんw 
 上りの盛岡行きは8分後にやって来るので、あまりここで道草を食ってる訳にもいかないので、さっさと盛岡方面行きの列車に乗りたいところですが、何と
 「次の盛岡行きの列車は、花輪線内での倒木のため、大幅に遅れております。」
 何だと? 数分で折り返して盛岡へ先回りしようと思って来たのに、これはヤバいかも?

 12:38 当初の予定から十数分遅れて、次の電車が先にやってきました。これは先ほど乗ってきた滝沢行きの電車が折り返しとなって帰ってきたものです。

 結局盛岡には予定より20分程度の遅れで着いたので、そこまで焦る必要はありませんでした。
 ということで、

 盛岡駅のビル1階にある駅そばでお昼にします。
 紅生姜天そば 560円也、こんなものかな。と余裕をかまします。

 といこうことで、そばを食べて腹ごしらえもして、前記事の盛岡駅前~盛岡城址公園での馬コ行列見物となりました。

 終着点の近くには岩手銀行の赤レンガ館とかもあり、その向かいの交流プラザに所には結構人が出ていました。

 郵便ポストも結構いい雰囲気を醸しだしています。
 なお心配していた天気ですが、ポツポツ雨が降り出してきました。

 盛岡城址の所まで戻ってくると、傘を差し始める人もいる感じの振り方になってきました。

 折り畳みの傘は持っていますが、なるべくなら差したくないので、こうしたアーケード街を抜けていきます。
 盛岡にもこうしたアーケードの通りがあって、雨の日でも買い物に便利。

 最初は午後から岩手県南部方面へ午後から行く予定でしたが、もう15時を回っているので、県南部には行かず、花輪線に乗って北へ向かう事にしました。
 花輪線などの模様は次の記事で書きます。
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チャグチャグ馬コ ②笑顔しかない祭り

2025-06-29 |  出撃 at 東北地方
前記事に続いてチャグチャグ馬コのお祭りを見た記事になります。

 9時半に滝沢市の鬼越蒼前神社を出発して、盛岡八幡宮までの14kmを練り歩く壮大なパレード行列になります。

 9:50 岩手山をバックに(曇ったので見えませんでした)行列が通るシーンを撮り終えたのですが、このまま帰るのも勿体無いので、少し追いかけてみようかという事にしました。

  10:00 機材を片付けて、人々の後を追いかけて(というか早歩きで抜かして)数分で、馬コの列に追い付きました。
 ビッグループ滝沢前の交差点で出発待ちの渋滞になっているようです。ここから先は見物客も渋滞しているので、馬と一緒に人が動くのを待ちます。

 10:07 5分ほどで列は動き出し、信号交差点を右へカーブして、滝沢市役所の前の通りを南へ進みます。
 馬も軽車両ということで、左側通行となり、沿道は進行方向左側にあたる歩道に多くの人が並んで馬コの通過を見送ります。
 その間、反対側の車線も一時通行止めになりますが、みなさん車の車内から手を振ったり、スマホで写真を撮ったりしています。

 10:55 滝沢市役所前から約2.5km 市境界の諸葛川を越えて盛岡市内に入り、片側2車線の道路になってきました。
 近所の介護施設の老人さんたちでしょうか、コインランドリーの駐車場を開放して、椅子を並べてお馬さんの行列を楽しみます。
 年に一度のお祭りなので、他の場所でも店の前のスペースを利用して貰ったり、中には店内の椅子を出して並べているお店もありました。さすがにこの時間はお客さんはほとんど来ないでしょうからね。

 11:00 私と同じように馬コ行列を滝沢から追っかけている人も見かけましたが、この欧米系の女性もその1人で、撮影ポイントからずっと追いかけていました。外国人の見物客ですが、欧米系が多いのに対し、アジア系の見物客はほとんど見掛けませんでした。な~んでかな?

 11:02 大きなスーパーや飲食店が立ち並ぶ道路の角を通過
 この辺りまで来ると、沿道にはたくさんの人が見物に出ていて、乗り手の子どもたちも一生懸命手を振ってサービスします。

 11:07 市役所青山支所の前を通過、この先再び道路が片側1車線の道となります。
 休憩場所まではあと少し。

 11:15 盛岡履馬場プラザ(青山小学校)前に到着しました。
 ここで約30分間の休憩に入ります。

 住宅地の中の細い道路ですが、地図のちょうどオレンジ色で線を引いた辺りが馬コの列で、その前後にパトカーや役場の車列もあるので、道路の端から端まで占領していて、この間は車は入って来れませんね。

 2時間ほど歩いてきたので、お馬さんも休んでお水タイム。
 ほとんどの乗り手はここで一旦馬から降りていましたが、3才ぐらいの女の子2人は乗ったままでした。終点まで2時間だいじょうぶ?

 道路脇の縁石が少し高くなっているので、ちょうどよい腰掛になっており、ここで座って休みます。
 出発点からここまで約6km、午後は8kmほどの道のりが待っているので大変です。

 チャグチャグひつじコ?
 滝沢村にいたワンコに続いて、羊までいるとはw
 
 馬列先頭の数頭の市長さんらが乗る馬には飾り付けを行わず、こうした垂れ幕?が掛けられます。

 お馬さんもお姉さんに優しく撫でられて嬉しそう?
 ちょっと馬さん、俺と替わってくれなかなw

 11:45 30分の休憩を終えて、いよいよ午後の行進へ出発です。
 ここから終着点の盛岡八幡宮まで2時間頑張って歩きます。

 馬列の後方には、このようにチリ取りを持った部隊がいます。
 落とし物を拾って、ごみ収集車に投入します。

 そして一番後ろには散水車がいて、道路の掃除をします。
 実際にはあんまり落ちてませんが掃除しきれてませんがw

 🔵さて、ここから盛岡の中心部までまだまだ距離があり、道も狭くて追い超すのも難しいことから、ここで一旦追っかけはやめ、IGR青山駅から電車で盛岡駅へ先回りすることにします。その移動の模様はまた別の記事で書きます。

 盛岡駅前にワープして馬コの通過を待ちます。

 13:10 馬コの行列がやってきました。
 先導のパトカーはだいぶ先を行っており、旗が先頭となります。
 その後ろには途中から合流した自衛隊のチャグチャグジープコも。

 68頭立ての先頭2頭は白馬。他にも後方に1~2頭の白馬を見ましたが、農耕馬で白馬を見たのは初めてです。
 滝沢市長と盛岡副市長が乗っています。

 子馬は親馬がいないと不安になるのか、親馬と一緒に行列に参加させていて、数頭の子馬を見掛けましたが、飾りを付けている子馬は2頭だけだったかな?
 人は乗せずにプーさんのぬいぐるみを乗せています。C国人除けですね。
 これで盛岡駅前の通過を見送りましたが、見物客が多くて追いかけられないのですが、一応追ってみます。

 大通りは凄い人なので、別の道から回り込もうとしたのですが、ことごとく赤信号に引っ掛かってしまい、盛岡城址に来た時には既に通過後でした。
 盛岡の街にこれほどの人がいる光景を見るのは初めてです。

 13:53 盛岡城址公園南側を直進せずに、右へ曲がり川原に進みます。
 終点はこの先の盛岡八幡宮かと思ったのですが、ここでもう川原に下りていきます。

 13:56 川原に下りて、鞍も外されるようです。
 到着が15分ほど遅れていたので、八幡宮までは行かずに、ここで終了ということでしょうか。
 見物人は繋がれたお馬さんたちを見ながら、祭りの余韻に浸っています。

 乗り手さんの姉妹かお友達でしょうか、記念写真のためにお馬さんに乗せてもらっています。
 やってる人も、見物人もみんな笑顔になるお祭りです。

 中の橋から川原を見ますと、馬運車がずらりと並んでいて、1頭は早々と乗せられて牧場へ帰っていきました。
 これで一度来てみたかったチャグチャグ馬コのお祭りが見れて大満足でした。次はぜひ晴れた日に来れる機会があれば再度行きたいですね。

次の記事ではこの日の他の行程の模様を書きます。
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チャグチャグ馬コ ①30年越しの想いで訪問

2025-06-27 |  出撃 at 東北地方
 連日書いています北東北出撃ですが、なんで青春18きっぷももうすぐ発売開始になる東日本のんびり旅きっぷ?も発売されていないこの時期にわざわざバスを乗り継いで盛岡まで行ったのかというと、このお祭りがあるからです。
 このチャグチャグ馬コというお祭りは、主に農耕馬として働く農家保有馬の無病息災を祈り、飾りを付けて神社に奉納したのが始まりで、奉納後の馬たちのお披露目として練り歩くようになったと聞いています。現在は滝沢市の鬼越蒼前神社から盛岡市の盛岡八幡宮まで14キロの道のりを4時間以上かけてパレードする、盛岡に初夏の訪れを告げるお祭りとなっていて、文化庁により『記録作成の措置を講ずべき無形文化財』にも指定されています。

  (滝沢市のWEBページより、この画面を同じ物が印刷され現地で配布されます)
 私もこのお祭りについては、かなり前から一度行ってみたいと思っていましたが、なかなかこの時期に関西(東海)から盛岡まで出向くタイミングがなかったのですが、ようやく実現しました。30年ほど前の話ですが、市原悦子のドラマでこのチャグチャグ馬コが取り扱われ、岩手県内で祭りとは全然違う時期にロケが行われたのですが、その日の岩手のローカルニュースは朝から晩までこの話題で持ち切りでした。たまたま岩手県内で50系客車の撮影に出向いてた時でした。
 ということで30年以上越しの思いで行ったお祭りの様子を見てみましょう。

 チャグチャグ馬コのパレードは滝沢市から盛岡市にかけての14kmにも及びますから、どこで見るのかによって、全然雰囲気も変わります。私が注目したのは、やっぱり岩手山をバックに田んぼの田舎道を行くシーンを撮りたいという事で、三脚にカメラ4台(特撮機材はこの場所では使用できないので他のビデオカメラ3台)で挑みます。
 
 7:20 前記事に書きましたが、一ノ関を朝一番の5時半過ぎの電車に乗って、盛岡駅前バスターミナルに出てきました。
 さて滝沢村行きの臨時シャトルバスはどこじゃ? (今は村から市に昇格しています)

 一旦道路脇に幟が立っている反対側まで出てみたところ、あれ何かおかしい。もしかしてあっちか?と戻ってきて、ようやく乗り場を見つけました
 既に7時30分発のバスは座れない状況で、立って40分はキツイので、1本遅らせて40分発のバスに乗ります。

 7時40分発のバスで出発。
 滝沢市役所向かいのビッグループ滝沢まで40分のバスの旅です。列の先頭に並んでたので、ここに座ります。

 盛岡駅前から滝沢市役所前までは一般の路線バスも運行していて、だいたい図の濃い青色のように県道を通って行くのですが、ノンストップのシャトルバスは途中まで国道46号線を経由するルートを通ります。

 8:20 定刻通りビッグループ滝沢に到着。
 法被を着た役場の職員?が前述のチラシを配布しています。
 このビッグループ前の歩道にすでにパイプ椅子を置いて座っている人たちもいますが、私は神社の方向へ向かいます。

 8:35 しばらく歩くと、神社の方から神輿の行列とすれ違いました。
 お馬さんだけでなく、神輿も出るんですねといっても、この1山だけでしたが。

 8:42 目的の撮影ポイントに到着しました。(写真は前々記事の再掲)
 既に25人ほどの人がいて、中には脚立やカラーコーンの間をロープで結んで場所取りしているのも居て、撮り鉄さながらですね。張り紙がしてあったので見てみると、何と関東地方のUHF局の名前が書いてありました。キー局なら岩手県内の系列局に撮らせるのですが、わざわざ関東のローカル局が撮影に来るとか、それほど撮りたかったのでしょう。

 チャラチャラと鈴の音を鳴らして馬コがやってきました。
 これは今から神社に向かう各農家の馬コたちで、盛岡市や矢巾町など遠方から参加の馬たちは馬運車で運ばれますが、地元滝沢村の馬たちは、こうして家から神社まで直接歩いて出向きます。

 チャグチャグわんこ?
 犬なので、よく全身をブルブルさせますが、その度にジャラジャラジャラ~と鈴が凄い勢いで鳴って、目立っていました。

 9:30 いよいよ鬼越蒼前神社を馬コの行列がスタートする時刻になりました。
 すごいカメラの砲列ですw 150人近くがその瞬間を待ちます。
 私のカメラは写真中央の白いビデオカメラ+黒のサブカメラで、これと手持ちのカメラとして、先ほどのテレビ局のカメラ辺りまで動いて別位置での撮影とします。

 9:40 馬コの行列がやってきました。
 今日は68頭立てということで、全部が通過するまで10~15分の時間を要します。
 インカーブアングルで、長い編成を撮るのにはピッタリの位置取りですね。

 こちらがテレビ各局が場所取りしていた位置からで、晴れるとバックに岩手山が見える絶好のアングルなのですが、今日は生憎の曇天。
 テレビ各局とも三脚を最低高にして撮っていたのは、こうして田んぼが水鏡になるからで、この辺も撮り鉄と全く同じ考え方です。
 このサイドアングルで少し列を撮って、先ほどのビデオカメラの場所に戻りました。あんまり放置していると、誰かの体が当たってりして、カメラが変な方向へ向いたりするとワヤですからね。結局大丈夫でした。
 このビデオカメラでは長~い編成、いや行列を最後まで固定アングルで回し続けましたが、手持ちのカメラでは自由に撮れるので、そのカメラでちょっと撮影を楽しみました。

 こちらが手持ちカメラの映像で、乗っているお子さんたちの表情まで撮れますが、ここに上げるのは1枚だけにしておきます。
 こうしてみると、以前は馬に乗ったお稚児さん行列のように思っていたこのお祭りですが、実際には中高生や、その日のテレビ取材では農家の娘の女子大生まで乗っていたということですから、いわゆるお稚児さん行列とは趣が少々違います。でも主役は馬と子どもたちです。

 こうして30年越し?(この祭りはもっと前から知ってましたが、市原悦子のドラマが撮影された1995年ごろを基準としました)に見ることができたチャグチャグ馬コのお祭りですが、当初の予定ではこれで終わりにして、午後からは岩手県南部へ行く予定だったのですが、ここで終わりにせずに、少し行列を追っかけてみることにしました。
 次の記事では、またまた面白い場面なども見られるかも知れません。
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名古屋ー盛岡 交通手段で悩む

2025-06-22 |  出撃 at 東北地方
 先日来書いています北東北方面への出撃ですが、今回最も悩んだのが、現地までの交通手段です。
 今回は現地1日目が岩手県・盛岡界隈になるため、現地に朝までに着く方法を考えます。
 東海道・東北の新幹線を乗り継いで、現地に前の晩から泊まれば楽ですが、すごい費用が掛かるので、新幹線を使う選択肢は考慮しません。

 当初の計画では1日目(土)のみ岩手県にいて、その日の晩に八戸港から北海道に渡り、日~火曜日は道内で気動車の撮影を考えていたのですが、道内の天気予報が悪くなったため、北海道行きを諦めました。
 そのため東北内のみでよくなった事で、全行程クルマという選択肢が出ててきました。

 ①名古屋→長野・新潟🚙→盛岡 全行程レンタカー
 ②名古屋→🚌→東京→🚌→盛岡 高速バスの乗り継ぎ
の2択となります。震災以降この15年ほどで3回ほど岩手県へ行っており、クルマで行ったのは2016年9月の訪問時のみで、残りの2回のうち、2018年3月はバスで往復、2012年10月はバス+秋の乗り放題きっぷ利用でした。今回はフリーきっぷがない時期なので、クルマ以外だと往復バスを使う選択肢しかありません。
 さてそのクルマ利用ですが、ガソリン代も高騰しており、レンタカー利用料が5日間でワイド保証付けると25,000円程度+2,500km程度走行するとして凡そ22,000円として、合計47,000円。一部高速使うと5万円超えますね。結構かかります。
 ということで、長距離移動はバスとすることに決めました。

 バスの運行本数が減っている東北方面
 さて盛岡へバスで行くには、一番定番なのがJRバスの盛岡行きなんですが、この路線すでに廃止されていて、今は青森行きが盛岡にも停車するという扱いになっています。7年前に乗った時は盛岡行きだけで2往復あったのに、それだけ需要が減ってるのかなと思って見てみたら、だいぶ前から既に「満席」
状態なので、需要減というよりかは、運転手不足での減便ということでしょう。(昨秋も東北行きを諦めたのは、バスの運休が原因でした。)ということで他社のバスを探さざるを得ませんでした。
 東京と岩手県を結んでいる夜行バスは数本あるのですが、JRバス以外で盛岡へ行くのはウィラーの他に、岩手県北自動車の久慈行きの〔岩手きずな号〕もありますが、いずれも4列またはトイレなしの観光バスレベルなので5,000円台と安くても選択肢には入りません。
 ・〔ドリーム青森・盛岡号〕 JRバス 青森行き(盛岡停車)6,900~8,200円 「満席」
 ・ウィーラーMEX(岩手県北バス運行)横浜ー宮古(盛岡停車)10,000円
 ・〔岩手きずな号〕 岩手県北バス 久慈行き(盛岡停車) 5,800~8,000円
そこで盛岡には止まらないものの、3列トイレ付のバスを探すと、
 ・〔ジュピター号〕 秋北バス 大館行き 10,200円 安比高原からの戻りが大変 「満席」
 ・〔シリウス号〕  国際興業 八戸行き 9,800円 八戸からの戻りで新幹線必須なのでダメ
 ・〔けせんライナー〕国際興業 釜石行き 8,500円 一ノ関に朝4時半着、しかも週2便のみ
という3便あり、けせんライナーが金曜の夜は運行しているのが分かり、2012年の大船渡線BRT乗車以来となる、2度目のけせんライナーに乗る事にしうました。

 名古屋15:00発の新東名スーパーライナー18号で東京に向かいます。(写真左側、右にいるのは30分遅れの東名60号)金曜日の便とあって、購入は前々日でしたが、既に割引席はなく、5,800円の正規料金(ネット決済で5,620円)席しか空いてませんでした。

 次にけせんライナーですが、前日段階では窓側を含めて8席ほど空いていたのですが、出発当日の朝見たら中央列の2席しか空いてなかったので、慌てて購入、最初の停留所で降りるので、2Bの席でいいやということにして、この席で8,500円(ネット決済で250円割引)も払うのは痛いなぁといことで、伝家の宝刀Dポイントが3万ポイントほど溜まっていたので、ここで吐き出すこととして、実質0円相当で乗車としました。

 22:50 池袋駅西口にけせんライナーがやってきました。
 前の方の座席なので、最後に乗ります。

 22:57 まだ出発まで3分ありますが、既に幕を閉めて発車時刻待ちの状態になりました。
 1つ前の1B席は座席選択時には選べなくなっていて、既に予約が入っているのかと思ったのですが、こうして見ると、ダブルブッキング対策で最初から売らずに開けている席なのかも知れません。
 23:00の出発から10分で車内は消灯。明日の朝は早いですから・・・


 4:30 一ノ関駅前に到着しました。
 しかし駅もバスの待合所も閉まっており、5:15に駅が開くまでは駅前で待機です。座る場所もないのですが、交番横の公衆トイレ付近に2人だけ座れるベンチがあったので、そこで座って待つことにしましたが、雨だったらそれも出来なかったと思うと、少々不親切な造りですね。数人の人は駅の前で立って駅が開くのを待っていました。

 今日は東北北部は晴れ間もみられる予報でしたが、肝心の盛岡近辺は☔マークが付いています。大丈夫かなぁ?
 予定としては午前中に盛岡界隈で撮影し、午後からは釜石方面へ、そして明日の天気は青森以外は雨予報なので、今日中に青森方面へ抜けようかというつもりです。

 朝5:15に駅が開いて中に入るのですが、5:30にならないとマルスが動かないので、待合室で待ちますが、盛岡行きの1番電車は5:32出発。
 切符を買っているうちに発車の放送が入り、出発の30秒前に改札に入れました。
 普段は東北本線の下り列車は階段を上がって2番線に回らないと乗れないのですが、朝の列車は改札前の1番線から出るので助かりました。
 このフリーきっぷは岩手県内のJR在来線全線と花輪線は秋田県の大館まで乗れて 2,510円なので、大変お得なきっぷです。

 途中の前沢駅で貨物列車に抜かれるので6分ほど停車。
 そのうちにホームでスナップ撮影します。昔は青森まで走っていましたが、今は青紫色の701系なんて、岩手県内でしか見る事ができませんからね。

 7:10 盛岡に到着。
 やれやれ、名古屋を出て16時間、ようやく盛岡に着きました。まぁクルマだと夜通し走ってフラフラでしたから、10年前ならともかく、この年ではさすがにキツイと思いますので、公共交通機関で来て正解ですかね。

 さて鉄道の割引きっぷが無い時期にわざわざ盛岡までやって来たのは、その後のお楽しみがあるからで、それについては次の記事で書きます。
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撮り鉄?

2025-06-17 |  出撃 at 東北地方
 4連休を使って北の方へ出撃というお話を書いていますが、今回どうしても行きたかった場所がここで、実に30年越しの想いでこの場所に来ました。

 ここに着いたのは朝の8時40分頃で、まだ通過の1時間も前ですが、既に脚立を立てたり、カラーコーンと紐に貼り紙をして前夜から場所取りしている複数のグループもいました。

 でも何か違和感がありますね。
 まず並んでいる人たちの中には鉄道ファンとは明らかに違う感じのおばさん層がいます。
 また撮り鉄にありがちなマルチ雲台を付けている人もほぼ見当たりません。大きな三脚は背が低く、足がダブルになっているのでテレビカメラ用の三脚と思われます。ちなみに私の三脚は画面の一番左側に立てています。

 1時間後、とんでもない数の人だかりになるのですが、さていったい何がやってくるのでしょうか?

 答えは旅行から帰って、動画からのキャプチャー画像が準備でき次第、記事にする予定ですが、4日間でかなりの時間動画を回していたので、凄い量の画像数になって選ぶのが大変になりそうです。もう分かった人もいるかも知れませんね。
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4年ぶりの南東北へ(3日目・帰路編)

2024-01-11 |  出撃 at 東北地方
一連の南東北旅行3日目の記事になります。
今日が最終日で、青春18きっぷの2回目を使って会津若松から愛知の自宅まで帰ります。

 .一気に福島・栃木を乗り潰し
 昨日は朝早く会津若松を出て、福島ー仙台ー山形ー福島と回って夜11時日会津若松に戻ってきました。
 今日は帰路になるのですが、以前ならJRを使って郡山まで出て東北本線や常磐線経由で帰っていましたが、今回は違います。
 まだ乗り残している区間があって、それが野岩鉄道と東武鬼怒川線・日光線の栃木ー下今市間なので、この際栃木まで乗ってしまおうという事です。
 せっかく会津若松まで来たのですから、まだ訪れてない鶴ヶ城等へ行くのもありなのですが、やはり桜の時季に改めて来たいのと、会津鉄道・野岩鉄道の普通列車の本数が極端に少ないため、朝6時台日出ないと、クソ高い特急料金払ってリバティに乗る羽目になるので、朝辛いですが早起きして、頑張って6時台の列車に乗ります。

 6:40 会津鉄道の列車はAIZUマウントエクスプレス号で、名前は急行ですが、料金不要の快速列車(途中の会津田島までは各駅に停車)です。
 車両は豪華なAT750型2両編成で、座席もリクライニングするので、特急並みの装備の車両です。ただデッキが無いので、ドアが開くと寒風が一気に流れ込んできますがw

 車椅子対応のトイレも完備で設備としては申し分ないですね。
 平日のこんな時間に乗ってくる客なんかいないだろうと思っていました。

 6:56 列車は定刻に発車。静かなスタートです。
 しかし2駅先の西若松からゾロゾロと乗ってきて、一気に乗車率50%まで上がりました。

 西若松から先は青春18きっぷでは乗れないので、車掌から乗車券を買います。(赤いマルAは検札印 会津田島を過ぎると検札にくるようです)
 事前に会津若松駅の券売機を操作したのですが、西若松からの切符は買えず、JR区間を含んだ3,190円の乗車券になるので、車内で買うことに。3,000円ちょうど。めっちゃ高い!
 これに東武線内の運賃と特急券などを入れたら軽く5千円を超えてきます。

 列車は会津盆地を南へ向かって走ります。
 朝7時を回っていますが、山あいの地形なので、中々太陽が見られません。

 大川ダム公園駅に停車。
 こんな所にソーラーパネルを置いても、南側が山なので冬場は何時まで待っても日が当たりません。誰がこんな場所に設置しようなど考えたんですかねぇ。

 7:47 会津下郷で若松行きの列車と交換、1本前の列車は3両編成でしたが、この列車はもう通学時間のピークは過ぎたのか単行でした。
 通学生も3人ほど乗車、まだ冬休み中だからかな。

 8:05 沿線で一番大きな町である会津田島に到着。
 ここから先は電化区間になります。

 会津田島でも大きな荷物を持ったお客が乗ってきて、車内は7割程の入りになりました。意外と乗っているんですね。
 列車は快速運転の区間に入り、速度を上げます。会津若松からだいぶ南に下りてきたのに、この辺が最も雪が積もっていて意外でした。降雪量こそ少ないものの、多分気温が低くて融けないんでしょうね。

 8:25 会津高原尾瀬口に到着。
 昔はここが会津線の終点で、駅名も会津滝ノ原でした。昭和57(1982)年8月日ここまで乗って折り返しています。
 いよいよここから先が初乗り区間になります。

 野岩鉄道の区間はトンネルと鉄橋の連続で、開けた場所はなく、延々と山あいの景色が続きます。

 湯西川温泉駅
 ここはトンネルの中に駅があります。

 冬場の斜光を浴びて、川が奇麗に発色していますが、見るからに寒々しいですね。

 9:00 野岩鉄道の起点である新藤原に到着。会津若松から2時間ほどの旅でした。
 この列車は2駅先の鬼怒川温泉まで行きますが、ここからIC乗車券が使えるのと、接続列車の普通がこの駅から出るのでここで降ります。

 新藤原の駅舎。
 周りには特に何もありません。山あいで日当りも悪く、それなりに標高も有るので、めっちゃ寒いです。今季初めてガタガタ震えました。ストーブが焚いてある駅舎の中に戻ります。

 新藤原からの乗り継ぎ列車は東武20400系。駅に停まる度に4扉全開で寒風がピュ~っと吹きこむ10000系と違って、こちらは半自動ドア・しかも3扉なので、そこまで寒くはありません。車内はガラガラですが、暖房が効いているので程よい暖かさです。
 ここからしばらくはロングシート地獄が始まります。

 鬼怒川温泉が見えてきました。
 廃れる温泉街の様相も例外ではなく、外から見て明らかに営業してないと見られる、障子が穴だらけの旅館も見受けられました。

 鬼怒川温泉に到着。
 先程のAIZUマウントエクスプレスから接続の特急リバティに乗らなかった人や、鬼怒川温泉からのお客も合わせてどっと車内に流れ込んできます。
 栃木まで思いやられそう。

 鬼怒川の橋りょうを渡ります。
 普通列車とはいえ、かなりノロノロと走ります。高い特急料金を取っている列車は早く走るのですが、普通列車は電気代節約のためか、ホントにチンタラ走行で、勾配がほとんど無い恵まれた環境なのでそういった走行ができるのでしょう。

 9:54 下今市で1分接続で日光からの普通列車に乗り換えます。
 鬼怒川温泉からどっと乗ってきた乗客の大半は日光行きの電車に乗り換えるために下りたので、再びガラガラの車内になりました。
 途中には長い直線区間もあり、特急ならぶっ飛ばしてくるんでしょうね。

 10:54 新栃木に到着。
 ここから更に宇都宮〜来た南栗橋行きの列車に乗り換えます。ここの路線は1時間に2本あり、日光線と宇都宮線の電車が交互に入るので、半数は乗り換えなしで行けますが。

 11:02 ようやく栃木に到着。
 ここから南側は以前6050系の快速の撮影時などに乗車済の区間ですので、乗る必要はありません。

 .栃木もパーフェクト?へ
 JR両毛線と接続する東武鉄道の路線は幾つかあり、撮影などの絡みで栗橋や久喜から短絡として伊勢崎線や日光線を使ったりするのですが、両毛線の撮影と関係のない北側の区間を中心に乗り残しが発生していました。
 朝から野岩鉄道と絡めて日光線の未乗区間を潰しましたが、まだ乗り残している路線の一つである佐野線の北部を攻めに行きます。
 今日はここを攻めたら小山に戻って帰路に就きます。

 11:14 栃木から両毛線の高崎行に乗車。
 両毛線は107系や115系の撮影で何度も往復しているので、この辺りは乗り慣れています。

 11:30 佐野で久々に下車。葛生行きの電車まで50分近く待ち時間があるので駅前に出てきました。
 駅前には何か飾り付けがしてありましたが、夜のイルミネーションのようで、昼間は分かりません。

 12:18 東武佐野からいよいよ葛生行きの電車に乗ります。
 この界隈は8000系と10000系が走っているようで、8000系を3連に改造した850系なんかも以前は見ましたが、もう走っていないようです。

 線路は山の方に向かって行くのですが、周囲は意外と開けていて、線路に沿って道路と住宅が続きます。
 最後の2駅辺りで駅間でようやく家が見えなくなります。

 12:36 葛生に到着。佐野からたったの18分でした。
 鉱山で山中の遠い場所のイメージもあって、なかなか来ることが出来なかったのですが、ようやく来れました。
 昔はここに貨物列車が走っていたので、その頃に来てみたかったですね。

 他の東武の駅なら小ぢんまりとした駅なのですが、やはり貨物取り扱い駅だったので、広い構内が残っています。

 折返し館林行きに乗って葛生を後にします。
 貨物列車も走っていないことだし、もう多分ここに来ることは無いでしょうね。

 .最後のオマケ
 さてこれでミッションコンプリート、宮城県・福島県に次いで栃木県もパーフェクトだ!
 と思ったのですが、よくよく調べてみると、わたらせ渓谷鐵道の一部区間(沢入-間藤)が栃木県内を走っていることが分かり、そこの区間を乗らないと栃木県完乗にならないので、栃木制覇はお預けです。
 帰りの電車は小山14:443発の伊東行きに乗って、宇都宮線→東海道線と普通列車を乗り継ぐのですが、小山行きの電車までまだ時間が少しあります。そこで

 13:29 何と逆方向の高崎行きの電車に乗ります。
 高崎回りだと今日中に名古屋までたどり着けません。何をするんだ?

 答えはこちら。
 あしかがフラワーパーク駅で下車です。
 佐野駅で小山行きをじっと待ってても時間の無駄なので、当該列車を交換駅の手前の駅まで行って迎え打ちにするのですが、降りたことが無い駅で降りるのが原則です。

 ということで、まだ降りたことが無かったあしかがフラワーパーク駅で降りて新規下車駅1カウントアップ。
 あしかがフラワーパーク駅での滞在時間は13分、もちろん園内には入れません。
 まぁ今の時期に入ってもねぇ何も見る物はないでしょうし、どうせなら藤の季節じゃないと。

 13:49 伊勢崎でさっきの電車と交換した下りの小山行きがやってきました。
 佐野駅で27分じっと待ってるよりも、こうやって往復した方がマシですが、青春18きっぷやフリーきっぷだからこそできる芸当ですね。

 14:43 小山からは普通伊東行き→普通浜松行き→ホームライナー浜松行き→普通豊橋行き→特別快速大垣行きと、いつもの乗り継ぎコースで帰路に就きました。

本日の移動は JR区間が 502.9km 8,410円分
 会津鉄道+野岩鉄道が  88.1km 3,000円 ←コスパ悪っ 
      東武鉄道が  79.9km 1,270円
      合  計  670.9km    3日間の総乗車距離は、1744.8kmになりました。
 初日からの新規下車駅は、福島(私鉄)、飯坂温泉、美術館図書館前、泉、やながわ希望の森公園前、梁川、荒井、八木山動物公園、新藤原、葛生、あしかがフラワーパーク の11駅でした。
 青春18きっぷの残り3回分は、次の3連休の時に使って、何処かへ行きます、というより今旅行中です。
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4年ぶりの南東北へ(2日目-3・仙台地下鉄編)

2024-01-08 |  出撃 at 東北地方
 前記事からの続きになります

 .遂に杜の都陥落
 午前中に福島交通を乗り潰し、昼前から阿武隈急行を乗り潰して槻木までやってきました。今日は宮城県内で唯一残っている仙台市地下鉄の東西線を乗って終えようと思います。

 13:37 槻木駅で待ってたら、あーやっぱり来やがたった701系。
 でもまぁ仙台近郊の乗客が多い区間なので、これは仕方ないところでしょうか?

 14:05 仙台でJRを降りて、地下鉄東西線の乗り場に向かいます。
 後からできた地下鉄なので、地下深い場所にあるため、エスカレーターも長いです。

 14:15 まず東に向かう荒井行きの電車に乗ります。
 結構乗客が乗っていましたが、2・3駅で割と降りていき、その後は後ろの車両は空いていました。

 福岡地下鉄七隈線や大阪モノレールなどと同様に運転席が右側にあります。
 基本的に島式ホームの駅ばかりなので、ホーム確認がし易いように右側になっているのでしょう。

 七隈線や大阪メトロ長堀鶴見緑地線などと同様にリニア鉄輪方式なので車体断面が小さい、いわゆる女の子サイズの地下鉄で、ロングシートの向かい側の人が近く見えてしまいます。

 14:30 終点の荒井駅で下車し、地上に上がってきました。
 荒井駅はホームが地下1階で、改札口が地上なので、このように駅舎のビルがあり、その横にはバスターミナルがあって、拠点駅になっているようです。

 14:38 すぐに地下に降りて反対側の終点である、八木山動物公園へ向かいます。

 仙台を過ぎて2駅目の大西町公園を過ぎると地上に上がって、広瀬川を渡ります。
 広瀬川を渡るとそのまま山に突っ込んでまたトンネル区間になります。
 仙台の街は西側に山があるので、すぐに山に当たって、横浜や神戸のようです。というか東側に大きく開けているので、むしろ別府に近いかな? 温泉は無いけど。

 15:04 終点の八木山動物公園に到着しました。
 南北線は既に1996年に北半分を、2006年に南半分を乗車していて、それと合わせて仙台市地下鉄全線、というより宮城県内鉄道線全線完乗となりました。

 ちなみに乗車券ですが、仙台を起点に行って、帰って、戻ってくる形で3度乗ったため、普通乗車券だと合計990円掛かるので、東西線しか乗らない場合でも、840円の1日乗車券を買った方が150円も安くつきますし、手もとにも残ります。味気ないきっぷですがw

 .大回りで帰る
 仙台市地下鉄完乗となったところで、まだ少し時間があるので、まっすぐ会津若松まで帰るのもなんだし、大嫌いな東北本線に乗らなければならないので、時刻表を検索した結果、まだ山形を回っても帰れる(さすがに小牛田・新庄周りでは帰れない)ので、山形・米沢経由で帰ることにしました。

 15:45 仙台発仙山線の山形行きに乗ります。
 ここは全列車E721系のようで、山形まで1時間半の旅を楽しめます。

 しばらく東北本線と並走した後、新幹線の下をくぐって、東北本線はオーバークロスで超えていきます。
 仙山線に最後に乗ったのは1985年ごろなので、相当久しぶりです。当時は455系グリーンライナーでした。
 その前は旧型客車と途中駅から455系の急行仙山でしたから、どんな昔の話やねんと。

 西側に山があるので日暮れは早く、もう暗くなってきました。
 JRになってから新駅がいくつも設置されたので、私鉄並みの駅間の短い区間もあります。
 作並に着くころにはどっぷりと暮れていました。

 17:14 山形に到着。
 400系新幹線や米坂線のキハ52の撮影のために、米沢近辺には15年ほど前に来ましたが、山形まで足を延ばすことは中々無かったので、こちらも相当久しぶりです。

 山形のお楽しみとの1つが駅弁。
 山形と米沢の2駅が牛肉弁当の東の双璧となっていますが、以前米沢の駅弁を食べたことがあるので、今回は山形で買いました。

 17:35 山形から米沢行の普通に乗ります。
 719系5000番台が待っていましたが、夕方の帰宅時間帯でそれなりに混んでいたので、弁当は米沢を過ぎてからにします。

 米沢で福島行きの普通に乗り継ぎ、ここは全列車719系5000番台なので安心です。
 車内も空いているし、安心してお弁当を食べられます。

 内陸で標高が高い米沢でも全然雪が見られなかったのですが、峠まできてようやく線路が白く雪化粧するようになりました。
 以前4月に通った時の方が雪がたくさんあったので、今年は本当に異常暖冬です。

 19:28 福島に到着。途中駅での乗降が無くてドアが1度も開かなかったので、ポカポカの幸せな車内で過ごせました。
 郡山行きに乗り換えるのですが、郡山での磐越西線の接続が時間が開くので、1本遅らせることします。

 福島の駅前広場へ。
 すでに新年は明けてますが、クリスマス風の電飾をした雪だるまなどが飾ってありました。

 20:34 福島からはE721系を2本乗り継いで会津若松に戻ります。
 東北本線が少しでも好きになるよう、E721系に当たることを、というかオンボロ701系は岩沼・山下-松島間などの区間運転だけにしてほしいですね。

 22:54 会津若松の戻ってきました。
 朝の6時半から1日ぐるりと回って結構疲れましたね。
 今日1日でJRが 395.4km、福島交通が 21.6km、阿武隈急行が 5.3km、仙台市交通局が 28.0kmの合計 450.3km移動となりました。JRの移動時間が少なめだったので、青春18きっぷ 2,450円に対して 4,060円分の乗車と、そんなに乗れてないですねw

 明日1/5は福島県内最後の残区間である野岩鉄道に乗って一気に南下します。その模様は次の記事で。

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4年ぶりの南東北へ(2日目-2・阿武隈急行編)

2024-01-07 |  出撃 at 東北地方
 前記事の続きになります。
 1/4午前中は会津若松を朝7時前に出て福島に着いてから福島交通(飯坂電車)に乗って飯坂温泉まで往復と途中2駅で下車して1時間半ほどで福島に戻ってきました。

 購入した切符は福島交通と阿武隈急行の1日乗り放題きっぷなので、福島で下車して改札を出ずにそのまま向かいのホームに停車している電車に乗ります。
 11:29発の富野行きに乗ります。

 阿武隈急行の車両は大半がこのE721系互換タイプのAB900系に置き換えられていて、外観も中身もほぼE721系と変わりません。
 槻木から仙台まで一部の列車がJRに乗り入れてるので、仕様を合わせているのでしょう。残り3編成となった従来型の8100系とは一度すれ違っただけでした。
 前記事でも書きましたが、阿武隈急行は昭和57年(1982 )夏休みの東北地方乗り潰しで国鉄丸森線部分は乗っていたので、阿武隈急行としての新規開業区間が乗り残しています。

 福島学院前付近 以前2015年の8月に早朝に上りのカシオペアを撮影するため、福島学院前近く(と言っても徒歩20分)のネットカフェで仮眠して朝4時過ぎに出発し、東福島-伊達間の鉄橋で撮影したものです。

 福島学院前を出ると、それまでの市街地から一気に畑の風景に変わります。
 阿武隈急行の特徴は、福島学院前付近を除いてほとんど地平区間を走るのに踏切が全然無い事です。国鉄丸森線で開通した区間も槻木の手前で踏切があるだけで、それ以外では見事にありません。

 12:00 長〜〜〜い駅名で知られる、やながわ希望の森公園前駅で下車しました。
 福島から槻木まで乗換なしで直通する列車がほとんど無いので、途中の簗川で乗り継ぐ必要があるのですが、私が訪れた時間はたまたま2駅先の富野まで行って折り返す電車だったので、簗川では降りずに、この長い名前の駅で降りることで、下車駅も増やせます。

 ホームからは駅名にもなっている、やながわ希望の森公園が見えるのですが、残念ながら冬場は営業しておらず、公園内のSLに乗ることもできません。

 駅舎は閉鎖されており、中には入れませんでした。
 埃まみれになっていますが、そこまでの廃墟感はないので、希望の森公園の営業が再開する4月になったら開けるのかもしれません。

 12:10 富野から折り返してきた先ほどの電車に乗って、1駅手前の梁川に戻ります。

 12:12 梁川で下車。この列車はそのまま福島へ戻っていきます。
 槻木行きの列車までまだ30分弱あるので、外に出てみます。

 梁川駅は近くに車庫もある拠点駅ですが、駅舎自体はそんなに大きいものではないです。

 駅舎の中には手打ちそばが食べられる蕎麦屋がありました。
 お昼時なのか提供に少々時間が掛かっていて待っている人もいるみたいで、また時間がある時に食べてみたいですね。

 梁川駅の南側には車庫があり、この駅が路線の車両運用の拠点となっています。

 12:35 槻木からの列車が到着、折り返し12:41発の槻木行きとなるので、この列車に乗ります。
 紫の次はピンク色で、何やらラッピングがしてあります。

 車内はポケモンのラッピングがしていて、福島寄りがピンク、槻木寄りがブルーのカラーになっています。
 子どもらが乗るのに楽しそうな装飾です。

 富野を過ぎると列車は山間に入っていき、阿武隈川を見ながら進みます。
 富野から丸森までの3駅ほどが川沿いの風景を楽しめます。
  
 13:01 梁川から20分で丸森に到着します。

 1982年8月に来て以来となる41年ぶりの丸森駅ですが、今回は時間がないので下車はせずにホームにだけ下りて、そのまま乗っていきます。

 丸森を過ぎると一気に車窓が開けて、一面の田んぼになります。
 昔はここをのんびりと気動車で走ったものですが、遠い昔の思い出。

 左から東北本線の線路が近づいてきて、いよいよ終点の槻木に近づいてきます。

 13:28 終点の槻木に到着
 乗り継ぎ時間も含めて2時間のあぶくま線の旅が終わりました。

 2日目の続きは仙台市地下鉄完乗編としてお送りします。
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