スノーマン見聞録

ジャンルも内容も気の向くまま~“素浪人”スノーマンの見聞録

『葉櫻と魔笛』(悲しくも美しい話)

2011年10月20日 | 雑感

 ( 葉 桜 )
太宰 治の『葉櫻と魔笛』という短編小説です。
(悲しくも美しい話)

島根県の日本海に沿った、とある城下町。

母はすでに他界。父と姉と妹の三人暮らし。

妹は腎臓結核の病気で今は終日寝たきり。
余命百日と宣告され、その百日が近づいた頃のことである。

ある日、妹に手紙が届いた。

妹は差出人を見て、、「まったく知らない人なの」、、と。

妹に手紙が届くのは昨年秋以来のことである。

実は、姉が過去に妹に届いた緑のリボンで結んであったM・Tさんからの手紙30通を
いけないことでしょうけど、見てしまっていた。

それは、実在の妹の友達からの名前(差出人)でしたが、
中身はすべてM・Tさんからの恋文だったのです。
(妹から友達の名前を何人か聞いて、その名前を用いて手紙をよこしていたと推察)

姉は、一通づつ日付に従って読んでいくにつれ、、、その二人の他愛なさに、楽しく
浮き浮きするほどの気持ちでした。

ところが、最後の一通の手紙を読み、、思わず雷電に打たれた時のように、
ショックを受けてしまいました。


そのM・Tという人は、この城下町に住む貧しい歌人のようす。

最後の一通には、卑怯なことに妹の病気を知ると、、、もうお互い忘れましょう
などと、残酷なことが書かれていたのです。

その後、それっきり一通の手紙も寄こさない具合で月日が過ぎていき、
妹もその頃から病気も悪化し、寝たっきりの身体になっていきました。


しばらくして妹の知らない差出人から手紙が届いたのである。
でも、中身はあのM・Tでした。

「お姉さん読んでください」と妹が懇願します。

姉は、その手紙を読み上げました。

姉が開いて読むまでもなく、自分で書いたのだからこの手紙の文句を知ってます。
けれども、姉はしっかりした声で読み始めました。

『今日あなたにお詫びを申し上げます。僕が今まで、がまんしてお手紙を差し上げなかった
 わけは、全て僕の自信のなさからで、、、ただ言葉で、あなたへの愛の証明をするより
 ほかには、何一つ出来ぬ僕自身の無力さが嫌になったのです。
 あなたを一日も、いや真にさえ忘れたことはないのです、、、
 その辛さに僕はあなたとお別れしようと思ったのです。

 、、、僕はもう逃げません。あなたを愛してます。
 
 毎日毎日歌を作ってお送りします。
 
 それから、毎日毎日あなたのお庭の塀のそとで口笛を吹いてお聞かせしましょう。
 明日の晩の6時には、さっそく口笛、軍艦マーチ吹いてあげます。
 
 元気でいてください。神様はきっとどこかで見ています。
 僕は、それを信じています。』

すると、、、

『姉さん、あたし知っているのよ』 妹は澄んだ声でそうささやき、、

『ありがとう姉さん、これ姉さんが書いたのね』


姉はこれから毎日、M・Tの筆跡を真似て妹の死ぬる日まで手紙を書き、
下手な歌を苦心して創り、それから晩の6時には、こっそり塀のそとに出て
口笛を吹こうと思っていたのです。

『姉さん、心配しなさらなくてもいいのよ』

妹は不思議に落ち着いて、美しく微笑しておりました。

『姉さん、あの緑のリボンで結んであった手紙をみたのでしょう? 
 あれはうそ。
 あまり淋しいから、ひとりであんな手紙を書いて、あたし宛に投函していたの。
 おととしの秋あたりから、、、。
 
 青春というもの、病気になってからそれがはっきりわかってきたの。
 
 、、、ああ! 死ぬなんていやだ! いやだ! いやだ!』


姉は、悲しいやら、怖いやら、はずかしいやら、ただ涙が出て、そっと妹を抱いてあげました。

するとその時です。ああ聞こえてきたのです。

低く幽かに、でも確かに軍艦マーチの口笛です。

時計を見ると6時。


二人は言い知れぬ恐怖に、互いに強く強く抱きあって身じろぎできず、耳を澄ませておりました。

『神様は在る。きっといる。私はそれを信じたい』

 妹はそれから3日目に死にました。

そして月日がたち、、、

『あれから15年。厳格だった父も他界した今、今となっては聞きただすことは出来ないが、、
(立ち聞きしていた父が)父としての一世一代の狂言をしたのでは、、、
 と思うこともあります。、、、
 いいや、やっぱり神様のお恵みでございましょう』

そんな内容の悲しくも美しい小説でした。

太宰 治の小説は、青春の(はしか)みたいなものとよく言われます。

『人間失格』  『斜陽』  『晩年』等の名作がたくさんあります。

でも少し、いや、かなり暗いものが多いですよね。

結構明るく、悲しい中にも光がさしてくるような小説も多くあります。
どちらかというと、そういう小説の方が好きです。

『津軽』  『富嶽百景』  『新樹の言葉』そして『葉桜と魔笛』などがおススメです。

『猫』という確か5行ほどの極短編~人間への鋭い洞察~太宰は短編の名手なのです。

太宰は、壇 一雄・坂口安吾らの親友がおりました。

三鷹の玉川上水で、愛人山崎冨栄との入水自殺で短い生涯を閉じました。

親友・壇 一雄が太宰の入水自殺直後に捧げた歌があります。

【さみだれ挽歌】という歌で、いまだに読むと感動します。名歌です。
、、、、、、
、、、、、、(略)

にがくまたからきカストリ はらわたに燃えよとあおる
君がため香華を積まず 君がため棺(ひつぎ)かたげず
酔ひ酔ひの酔ひ痴れの唄 聞きたまえ水にごるとも

池水は濁りににごり藤なみの影うつらず雨降りしきる


(カストリとは大衆酒~ランク低い焼酎、当時闇市に氾濫した密造酒でもあったそうです。私は飲んだことはありませんが、、、
いまはホッピー?、、 でもないか!)


上記2人の作家と、太宰自らの生きざまへの(覚悟)のほどには驚嘆するばかりです。

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