無風老人の日記

価値観が多様化し、自分の価値判断を見失った人たちへ
正しい判断や行動をするための「ものの見方・考え方」を身につけよう。

マスメディアの犯罪

2007年09月14日 | Weblog
今日の言葉

◎「説教はおじさんの義務であり、権利である」(「『おじさん』的思考」内田樹著・晶文社)

本題とは関係ないが、行動を起こさない老人がこのブログに自分の意見を載せている『言い訳』として気に入った言葉なので、今日の言葉とした。
昔の学生運動の基本にあった行動原理は、私が何回か引用したラスキの「(政治の)不正を行動に出さずに(反対せずに)、黙っているのは罪(共犯者)だ」にあった。それに対する『言い訳』と、最近のブログに見られる「思慮の足らない」人の弁「そんなに言うんだったら自分でやったら…」(例えば、今の政治政策批判をすると、『そんなに言うんだったら自分が政治家になればいいじゃないか』という類の意見)へ対抗するための言葉でもある。 

さて、本題に入るが、一昨日「社会(集団)ヒステリー現象」の例として「嫌煙権」を挙げた。
実は、この例(嫌煙権)を取り上げるのにはいささか迷いがあった。他にも「朝青龍」や後から取り上げる「光市母子殺害事件」等、そちらの方が、一般的に納得してもらえそう(=無難)だったのだが、あえて、皆が反発しそうな例を取り上げた。
嫌煙権を社会ヒステリー現象という私に対して「何言ってるのよ。タバコの害は吸ってる人より副流煙を吸い込んだ受動喫煙者の方が…云々」という声が多いのは、きっこさんへの沢山のバッシング・メールを見ても想像がつく。
タバコの害についてはネットを見ればいやというほど載っているし、喫煙者も自分を含め副流煙による他人への害についても良く分かっているはずである。ここで最初に言っておきたいのは、今のところ、喫煙は日本国の法律で全面的に禁じられてはいない。「分煙」「建物の管理者責任」等の規制はあるが基本的に法律(ルール)では「吸ってもいい」のである。喫煙者はきっこさんのように周りに気を使いながら吸っていて、『喫煙コーナー』であれば、そこは周りの人も自分がタバコの煙を吸い込む(能動喫煙・受動喫煙とも)のを承知で座る場所であるから安心して吸えるのである。その安心して喫煙できる場所に来ていきなり人に向かってパタパタ扇いだり、文句を言うのはマナー違反者であり「無礼者、何をするか!」である。 「打ちたい台が禁煙コーナーにない」「禁煙コーナーまで副流煙が来る」と言った文句は、その店の人に言う言葉であり喫煙コーナーで喫煙している人に言うのは筋違いである。それに対し「日常のチョットした不満」として日記に書いたきっこさんに「人の迷惑を考えない」「ニコチン中毒の」「人の中で刃物を振り回す」悪人といったメールが来ることが、「社会的ヒステリー現象」の典型なのである。

こういった社会的ヒステリー現象は、マスメディアによる国民への「スリコミ」によってもたらされる。

今日のNHKニュースで「スリコミ」のチョットした例があったので載せておく。

最初、何気なく聞いていて「ええツ」と思ったので、後からインターネットで見て「なるほど」とは思ったのだが…。

ネットのニュースの題名「給油活動中断の長期化懸念も」

政府は、海上自衛隊による給油活動の根拠となっているテロ対策特別法の期限がことし11月1日に切れるため、活動を継続するための新たな法案を国会に提出し、速やかに成立させたいとしています。しかし、自民党総裁選挙の投票が、今月23日になったのを受けて、政府は、新しい総理大臣による所信表明演説など、その後の国会日程を踏まえると、新法案の国会提出は、当初予定していた今月下旬より遅れて、来月上旬か中旬以降になるとみています。参議院で与野党が逆転するなか、民主党などは給油活動の継続に反対しているため、とりわけ参議院での新法案の審議が難航するとみられることから、テロ対策特別法が失効し、海上自衛隊は撤収を余儀なくされることが確実な情勢です。政府は、給油活動がいったん中断されても、できる限り早く新法案を成立させて、活動を再開したいとしていますが、今のところ成立時期については、確かな見通しは立っておらず中断期間がかなり長引くのではないかという懸念が政府内に出ています。

私は、何気なく聞いていたので、最後の(懸念が)「政府内に出ています」を聞き漏らしたから「ええっ」と思ったわけです。何気なく聞いた人は「テロ対策特別法が民主党の反対で延長できず失効してしまう、早く新法案を成立させなければならないが見通しが立っていないため中断期間がかなり長引く懸念が出ている。」といったスリコミがされ、テロ対策特別法の内容は(教育基本法や国民投票法の時もそうだがその内容は)全く語られず、その法の適用される範囲を超え(違反して)イラク戦争へ給油の85%が流れている等の問題は「完全無視」し政府の広報をしている。「政府内に出ています」は私を含め何気なく聞いている人は聞き流してしまう部分で、例えば民主党小沢代表が言うような「国民の税金を無駄遣いするのはもうやめたら?といった意見もあります」等の報道はせず、政府の「最初から延長ありき」が正しく、民主党の反対に会い「たいへんねエ」の視聴者感情を作り出す危険がある。(スリコミ)「自衛隊は撤収を余儀なくされる」発言は「政府」の言葉ではありません。マスメディアの言です。余儀なく=そうしたくはなかったのだが強いられてやむを得ず、の意。この表現はマスメディアが自衛隊活動の延長に賛成しているからの言い回しです。

公正な報道に思える人は、しばらくテレビを見るのをやめインターネットを検索することを勧めます。
この「政府は…」報道を一方側からの報道しかしていないな,と冷静に観れる人は社会的ヒステリー現象に巻き込まれない人です。

さて、マスメディアが作り上げた社会ヒステリー現象「光市母子殺害事件」について。

(前にも掲載したブログから)

「広がる弁護団への非難・中傷・嫌がらせ」

「光市母子殺害事件」弁護団への激しいバッシングが続いている。カッターナイフの刃が送られたり、殺害予告が届いたり‥‥。この「私刑(リンチ)」の雰囲気は、一体誰が作り上げたものなのか。

この裁判をめぐって、それは社会といっていいのか、それとも単に世間や大衆と言うべきなのか、いやそれともマスメディアだけなのか、その注目される部分がほかとは相当異なっている。それは「被告の元少年が何を法廷で話すか、どんな顔つきや態度なのか」という一般的な興味とは別に、「どんな弁護士たちなのか、その弁護団が何を主張するのか」という部分にゆがんだ形で向けられている。そして、そこから派生する弁護士たちへの非難・誹謗・中傷・嫌がらせ、そして相次ぐ脅迫まで、ネットだけの限定現象ではなく、マスメディアと市民が一体となった形で、この国に少しずつ広がり始めている。

 テレビのスタジオはもちろん、雑誌・ネット上からご近所の世間話の類まで、この事件のことに対してはみんな何かしらの意見を述べる。いわゆる「感想」を話したり、判決を「予想」したり、あたかも誰かの「代弁者」のように怒ったり、それらは「世論」の上に乗っかることが参加条件だ。繰り返されるマスメディア情報だけを材料に、裁判長や検事になったかのように話す。…法廷以外のあちこちで別の「裁判」が進行しているといった方がいいだろうか。いや、それらは決して「裁判」ではなくて「私刑(リンチ)」に近い。

次にこういった社会情勢の中での「犯罪被害者の裁判参加制度」と「裁判員制度」のリンチの危険性について書いていくが、疲れたので「また来週」。

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