
沖田修一監督が放つ最新作は『滝を見にいく』で摑んだあの感覚を最大限に生かした作品だ。このさりげなさが可能になったのは、素人の女性たちとともに作ったあの作品の成功があったからに違いない。今回はうまいプロの役者たちを使いながら彼らに自然体の演技を課す。演じさせないで、演じるのは、難しい。でも、そんなことを彼らは実にさりげなくする。(だって、主人公の息子と父親を演じるのが松田龍平だし、柄本明である。)だから、この映画は成功した。こんなにもなにもない映画を2時間見せるのは至難の業だ。しかも、ストーリーに起伏をつけない。つけることはできるけど、わざとしない。
7年振りで故郷である瀬戸内海にある島、戸鼻島(実は架空の島)に恋人を連れて帰ってきた30男(頭はモヒカン)が、のんびりとここで過ごす日々がだらだらと描かれる。こんなにもストーリーがなくてもいいのかというほど。でも、恋人は妊娠していて、父親はガンで、しかも末期。思いもしない展開が待ち受けるのだ。でも、映画は至って呑気。2時間強の作品で、穏やかな瀬戸内の風景に癒される。それだけ。だから、彼らもここで過ごした後東京に戻る。あそこまでのんびりしたのなら、せめて出産して落ち着いてから帰れば、と思うけど、そうはしない。
クライマックスの嵐のなかの結婚式と、父親の死が怒濤の展開で描かれる。その後、また穏やかな日常に戻り、彼らは東京に帰る。
こんなにもバカバカしいお話をさりげなく、というのがこの映画の基本スタイルだ。実にだらだらした映画で、海に行くシーンなんてのが、ちゃんとじっくり描かれて、そのへんも『滝を見にいく』に似ている。個人的には沖田映画の最高傑作『横道世之介』の線で見たいのだが、沖田映画はもうそこには留まらない。一歩も二歩も先へと、進化しているのだ。
どすこいの前田敦子も素晴らしい。妊婦が板に付いている。彼女は自分がかってアイドルであったなんてことを一切感じさせない。もちろん、これまでの作品選択からしてそうだったけど、今回この脇役を通して、主役の2人に引けを取らないだけではなく、ちゃんと自分のポジションをわきまえるのが素晴らしい。なんだか、昔の桃井かおりを思わせる。
吹奏楽部の10人の中学生たちも実にいい味を出している。素人の彼らにあんなふうな芝居をさせるのも『滝を見にいく』の功績だろう。あの1本の映画が沖田監督にとってどれだけの財産になっているのかが本作を見れば実によくわかる。木下惠介監督作品『カルメン故郷に帰る』のオマージュである本作はオリジナルに負けないのんびりした佳作に仕上がった。必見。