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映画・演劇のレビュー

『サバカン』

2022-08-24 16:56:59 | 映画

まるで『スタンドバイミー』のような映画じゃないか。日本版で長崎版の。1986年という時代背景がしっかりと刻まれる。小学5年生の夏。これは作者である監督の自伝的な作品なのだろう。で、それはたった1日の、ふたりだけの小さな旅。でも彼らにとっては忘れられない大冒険。ブーメラン島に行くとそこでイルカが見れる、という噂を信じて夏のある日ふたりは内緒で早朝から二人乗りの自転車で旅に出る。5時までに帰らなくてはお母さんに叱られるから、なんと早朝の5時に出発する。そんな少年たちの夏の日の旅が描かれる映画だ。

新人監督のデビュー作でこんな個人的な作品を、オリジナル脚本で映画化するなんてふつうじゃない。しかも、それを妥協することなく、堂々たるタッチで作り上げるのだ。アイドルを起用したものではない。でも、低予算の自主映画でもない。主人公は2人の無名の子役。とてもじゃないが商業ベースに乗るような映画ではない。なのに、全国一斉公開のメジャー作品なのだ。TOHOシネマズだけではなくイオンシネマでも公開されている。新鋭・金沢知樹監督はTVドラマ『半沢直樹』の脚本や舞台の脚本・演出を手がけてきた人らしい。僕はまるで知らなかった。76年生まれなので、もう40代だから若手ではないけど、こんな才能が潜伏していたのか、驚きだ。まぁ、ポッと出の新人ではないのだから、堂々としているのは当然かもしれない。でも、手慣れた感じではなく、とても新鮮で初々しい。児童映画のような題材だけど、決してそんな大人目線ではない。子供に媚びるわけでもない。監督の思い入ればかりが前面に出たわがままな映画でもない。それにしても返す返す感じるのは、こんな企画が通って劇場用映画になるって凄い、ということだ。キノフィルムおそるべし。

草彅剛演じる売れない作家が導入部を担う。ゴーストライターとして生計を立てているが、小説家としては芽が出ない。妻とは別れて暮らしている。幼い娘とは月に一度面会させてもらっているようだ。そんな彼が30年前、10歳のころに思いを馳せる。あの夏の思い出を真摯に小説として書く。ここから本格的に映画は始まるのだが、出番の少ない実質主演の草彅剛がすごくいい。彼のナレーションで映画は綴られていく。

だから、映画の大半は劇中劇でもある。彼の書いた小説の映画化なのだ。現実は幾分美化されている。それが嘘くさいのではなく、心地よい。そこではあの特別な1日から始まるあの夏のたわいない黄金の日々の記憶が描かれる。感傷過多にはならないのがいい。だからといって故意に淡々としたタッチにするわけでもない。実にさりげなく描かれるあの夏の日々。ふたりで過ごす時間。夏休みの始まりから8月31日の終わりまで。最後は残酷にも思いもしない事故によって彼らの夏は唐突に終わる。ふたりの時間も、だ。悲しいことだが、人生にはそんなこともある。

それからは別々の時間を生きたふたりが30年ぶりに再会するラストシーンも素敵だ。ここでも再会はさりげなくて、いい。「あの夏」を思い入れたっぷりで描く映画は今までもたくさんあったし、そこには素晴らしい作品がたくさんある。僕のベストは中岡京平 の自伝的オリジナル脚本(城戸賞受賞作)『夏の栄光』を映画化した藤田敏八監督の『帰らざる日々』だ。あれは、そんな「あの夏」を描くノスタルジックな作品としては白眉だろう。あの作品は紆余曲折のうえで、奇跡の映画化となったが、この『サバカン』もそれに匹敵する奇跡だ。こんな映画が作られるなんて奇跡としか言いようがない。

これは決してノスタルジックなだけの映画ではないのが素晴らしい。丁寧に作られてあるけど、個人的な思い入れの終始するわけではなく、適切な距離が保たれているのがいい。96分という上映時間の短さもいい。しかも、それなのに過不足なくて、そこもまたいい。主人公の少年ふたりの関係性もある種のパターンから外れていて新鮮。いじめられているはずの少年のほうが堂々てしていて、もうひとりの少年のほうがひきずられていくというパターン。旅の途中で出会う人たちとの交流がなぜかコミカルで、おかしい。それ以外のところはリアルで寡黙なのと対照的。そのへんの匙加減はこれが大人になった少年(草彅剛)の目線から描かれるという設定ゆえであろう。

主人公である少年の両親を演じた尾野真千子、竹原ピストルも素晴らしい。特に尾野真千子。最近ではあきれるくらいに散々母親役ばかりでスクリーンに登場しているが、これが最高かもしれない。あのサバカンの握りずし、僕も作って食べようと思った。キラキラ輝く少年の日々が眩しい。


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