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映画・演劇のレビュー

『闇打つ心臓』

2007-02-21 23:17:28 | 映画
 昨年秋に大阪で公開された2本の映画をDVDでようやく見た。かなり気になっていたが、例によって公開期間が短く、限定された劇場だけでの公開で見逃していた。まずは、長崎俊一監督が23年ぶりにセルフリメイクした『闇打つ心臓』である。(もう1本の新藤風のハートフルコメディー『転がれ、たま子』は次回)

 この映画のオリジナルとなった長崎の8ミリ自主映画は当時かなり気になる作品だった。なぜ、35ミリを撮った長崎が敢えて8ミリの世界に戻るのか。そこに込められた彼の思いとは何だったのか。(実は、出来上がった映画を見たか、どうかは忘れている。最近物忘れが激しい。情けない。)

 石井聡互と並んでメジャーデビューに限りなく近い位置にいた長崎は満を持して『9月の冗談クラブバンド』で劇場用映画デビューするはずだった。しかし、大事故により映画は未完成のまま、1年以上撮影はストップする。長崎を初め多数のスタッフ、キャストが生死をさまようことになったこの大惨事を経て、映画はなんとか完成し公開されるが、いろんな意味でそれは痛々しいものになった。そして、華々しいキャリアのスタートを切った大森一樹や石井聡互とは全く違う形での劇場用35ミリデビューとなったのだ。その直後、8ミリで作られたのが、この映画である。

 アクション物からスタートした長崎映画はここから大きな変貌を遂げて今に至る。初心に戻り、全く思いもかけない方向からリスタートとなったこの8ミリ映画を、今もう一度これまでの映画人生を振り返り、そして、ここから次にどこに向かっていくのかを検証するためのプライベートフイルムとして新たに作り直す。この新しい『闇打つ心臓』はそんなふうにして作られた。

 いきなり、製作を巡るミーティングが描かれる。オリジナルのキャストである内藤剛志、そして室井滋が事務所に呼ばれ、このリメイクについて意見を求められるシーンが描かれる。これはメイキングなのか、と思わせる始まり方。

 内藤はキャストとしてこの映画に参加したいと言う。しかし、彼の役はない。主人公は20代の若い2人であり、登場人物もほぼこの2人のみである。自分たちの子供を殺した2人の逃避行が描かれるこの映画に内藤の演じるべき役はない。しかし、彼はどうしてもこの映画の主人公を、映画の中で殴ってやりたいんだ、と言い張る。そのためには自分がこの映画に出演しなければならない。

そして映画は単純なリメイクにはならない。なんと当時のオリジナルフイルムと、今回の作品が併行して描かれていくことになる。しかも、オリジナルの2人の23年後のドラマまでが、併せて描かれ、彼らは映画の後半で主人公の2人と出会う。3つの話、2つの時間が一つに重なって行く、というスタイルを取る。さらには、オープニングのように撮影中のエピソードまでもが交えられ(もちろんそれはフェイクドラマとして演出されてある)役者内藤がこの映画に対してどういう姿勢で取り組んだのか、ということも描かれていく。そこまで含めて1本の映画として、構成されていくのである。

 とても、普通の劇映画とは思えないような実験映画然とした構造を敢えて採用したこの映画は、虚構を幾重にも重ねた果てに、長崎の今の心境を提示することになる。内藤の口を通して映画全体で伝えたかった長崎の思いは、甘えた23年前の自分を結局殴れなかった今の自分の姿に集約されていく。『9月の冗談クラブバンド』という悪夢。それを乗り切るための『闇打つ心臓』。その後、『誘惑者』。さらには薬師丸ひろ子主演『ナースコール』でメジャーデビューしたこと。いくつもの様々な映画を通して、今に至る。商業的には失敗したが、傑作『ロマンス』を作ったこと。前作『8月のクリスマス』ではホ・ジノの名作を日本を舞台にして、オリジナルに忠実にリメイクしたこと。

 ここまで我儘に映画を私物化して作ることができたことに、ある種の感動と驚きを禁じえない。自主映画の中でエンタテインメントに拘った彼が商業映画の中で様々な試みを繰り返し、ここに至った。その長い長い軌跡の果てにこの映画がある。これは究極のプライベートフイルムである。それがいいとか悪いとかは別問題として、こういう映画を作ろうとした姿勢が、それだけで胸を打つ。


 

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