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映画・演劇のレビュー

加藤千恵『この場所であなたの名前を呼んだ』

2021-06-06 20:56:12 | その他

NICU(新生児集中治療室)を舞台にした人生模様が描かれる。ロンド形式での短編連作だ。ここに集う患者、医者や看護師、臨床心理士、さらには掃除スタッフ。それぞれが自分の抱える問題と向き合い、ここで起きる出来事とも向き合う。読みながら涙が止まらなくなる。命の現場を描く小説は多々あるけど、ここに描かれる生まれたばかりの赤ちゃんを救うために戦う人たちの姿がこんなにも胸に痛い。何の疑いもなく今を当たり前に生きている自分たちの命が、こんなにも危ういものだということを改めて教えられる。

生まれる前からさまざまな病を抱えて、この世に生を受ける子供たちがここにはいる。生まれたばかりの命を守ることがこんなにも困難な状況で、そんな場所で暮らすこと。ここで働く人たち。ここで赤ちゃんを産み最初の一歩を踏み出す女性たち。これを読んでいると、自分がこうして生きていることが愛おしくなる。生きていることは奇跡だ、と思う。僕たちはあたりまえの毎日の中で、いろんなことを忘れている。この小説はかけがえのない時間を生きているということを思い出させてくれる。

7つのエピソードは大事なことを思い起こさせる。そこに描かれるお話自体が大事なのではない。そこから振り返り自分のことを思う。誰もが困難な中で手探りで生きていること。まだ何者でもない新生児の姿が教えてくれる。僕たちもまた、ここから始まったのだ、ということを。

 


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