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映画・演劇のレビュー

『くちづけ』

2013-05-18 07:37:25 | 映画
前半はコメディータッチで、後半、シリアスで、つらい話になる。ある意味で定番の展開のはずなのに、この作品の意外性に戸惑うし、たじろぐ。不意打ちを食らった気分なのだ。いくらなんでも殺さなくてもいいじゃないか、と思う。暖かくて、心に沁みる映画なのだから、あんなにも可愛い彼女を殺す必要はない。幸せにしてあげたいと誰もが思う。だが、この映画が抱える闇は深い。実際の事件を下敷きにしたから、その決着点は変更しない。80代の父親が50代の息子を絞殺して、自分も死ぬ、という事件を、性別年齢を変更して、娘と父親、30歳と61歳に設定した。

知的障害を持つマコちゃん(貫地谷しほり)を父親のいっぽん(竹中直人)は、ひとりでずっと育ててきた。それだけにこのひまわり荘(知的障害者のためのグループホーム)に来て、周囲の人たちが助け合う姿に接し、うれしいというよりも、そのあたたかさに戸惑いを隠せない。

限定された空間(ひまわり荘のみんなが集まる共有スペースとその縁側から庭へと続く空間)を舞台にしたシチュエーションコメディーのスタイル。舞台劇の映画化だが、映画的なアレンジはしない。舞台そのままの映画を目指す。だから、リアルよりもフィクションであることの魅力で押し出す。演技も、うーやんを演じる宅間孝行を中心にした過剰さを身上とする。知的障害者である彼らの普通じゃない行動で笑わせるという危険な設定だが、これはフィクションであるという設定からスタートするから、大丈夫。

それだけに随所にはさまれるリアルな現実が少しずつ全面に出てきて最後は、こんなにも優しい人たちの善意に甘えることもできずに死を選んでしまう主人公の抱える心の闇が重いものとして圧し掛かる。死ななくてもいいじゃないか、殺さなくてもいいじゃないか、と思うが、障害を持った天涯孤独になる娘を残していけない、という父親の恐怖を否定できない。娘もそんな父の想いを受け入れる。父のいない世界では生きられない。彼女が傷つけられるのは許せない。浮浪者になったり、犯罪者になるなんて、考えたくもない。30年間ずっと一緒だった。妻を亡くしてからふたりきりで生きてきた。周囲の偏見や差別と闘い、すべてを犠牲にして彼女とともに生きた。

映画は2人のつらかった過去は一切描かない。このあたたかい場所にやってきて、善意の人たちに囲まれて、支えられ、幸福な時間を過ごす姿が描かれる。しかし、この幸せは絶対に破綻する。だから、もうこれ以上生きられない。竹中直人が貫地谷しほりの首を絞めるシーンを延々と見せる。怖くて、悲しくて、泣きそうになる。それはないんじゃないか、と思いつつ、でも、この現実から目をそらしてはならない、と思う。

甘いだけの映画はいらない。しっかり現実を見つめながら、その先を見据えた本当の映画が見たい。この映画が見せたかったのはそういうものなのだ。ライトコメディーのパッケージングでそこに至る。すごい映画だ。


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