
冒頭からガツンと殴られた気にさせられる。こんな衝撃は久しぶりのことだ。演芸写真家なんて仕事があるとは知らなかった。繭生は舞台袖から写真を撮った。演者の許可を取っていないのに。
あの時はまだ20歳で、アシスタントの身分だった。夢中でシャッターを切ってしまった高座に立つ落語家の「一重の瞳は怒りに満ちていた」。彼女の落語を壊してしまった。そしてルールを破った。たった一枚の写真ですべてを失った。
彼女はその場から逃げ出した。あれから4年経つ。今ではウエディングフォトスタジオのカメラマンをしている。この小説は、あの時、シャッターを切ってしまった女性落語家(たまたま彼女の結婚写真の依頼を受ける)に再会するところから本格的に始まる。彼女の結婚式までのお話。
自分が本当にしたいことをする。まだ24歳でしかない彼女はプロのカメラマンとして働いている。最近入ってきたアシスタントの男の子が生意気で彼女に食ってかかる。軽くいなすつもりだが、彼のいうことは必ずしも間違いではない。本気で写真と向き合っていますか? そんな問いかけをされている気がする。4年前無断で撮ったたった一枚の写真はすぐに消去した。だけど後悔は今も残る。相手の落語家に謝れなかった。再会した彼女は繭生には撮られたくないと言う。
たった一度。だけどそれだけで取り返しがつかないことがある。取り返せないことをして、それでも諦めないでもう一度向き合う。20年かかっても諦めない覚悟はあるか、と問われる。怖いと思う。だけどそれだけの覚悟を秘めて人生と向き合いたい。
主人公の繭生だけでなく、一見敵役みたいになる後輩の小峯、結婚式を迎えるみず帆も頑固。自分を曲げずに生きようとする。彼らの姿をじっくり追いながら辿り着くラストまで、一気に走り抜けていく。