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映画・演劇のレビュー

『風立ちぬ』

2013-07-24 20:45:42 | 映画
 4分版の予告編があまりに素晴らしくて、本編である2時間6分版がかすんでしまった。そんなバカなことがあるのか、と少し驚く。予告に騙されてつまらない映画を見せられた、というわけではない。これはこれでとても素敵な映画である。だが、4分に凝縮されたドラマには及ばない、ということなのだ。どうして、そんなことになったのか?

 この映画のパッションがあの4分間には凝縮されていた。荒井由美の『ひこうき雲』に乗って描かれる流れるような風景。そこには本編の主人公である堀越二郎のドラマが一瞬の走馬灯のように描かれた。

 映画自体は、ゆったりとしたテンポで、とてもあっさりした作品だった。起伏も少なく、淡々としたタッチで、彼らの生きた時間が描かれていく。ドラマチックな要素なら、たくさんあるのに、ことさらそこで盛り上げようとはしない。映画は省略をたくさん使って、とても早いテンポで、彼の生涯が語られていく。宮崎駿にとって、今回はファンタジーではなく、初めての実話の映画化だ。しかも、そこに堀辰雄の小説『風立ちぬ』をアレンジさせて、全体のお話を綴る。

 映画の中には、夢のシーンがたくさんある。そこでは自由自在にイメージが飛翔する。冒頭の堀越少年の見た夢から、最期に彼が見た夢まで。夢から始まり、夢で終わる。だが、そこに挟まれる彼の人生のドラマは、悪夢のような関東大震災から、太平洋戦争の敗戦まで。苦難の連続だ。だが、それがとても穏やかに描かれていく。

 零戦に託した夢は無残に砕け散る。夢の描写はとても丁寧にじっくりと見せるのに、現実のドラマは、とても淡泊だ。本来なら怒濤のクライマックスとなるべき、菜穂子が家を出て行き、零戦が完成したところから、敗戦、ラストまでを一瞬で見せる。そして、その後には先にも書いたように再び、夢のシーンである。

 震災のシーンだって、あんなにも予告編では恐ろしかったのに、けっこうあっさりと終わり、それが当時の日本人にどんな影響を与えたのか、とか、どんな想いを抱いたか、とか、しつこく描こうとはしない。いきなり、2年後、徐々に復興しつつある日本のシーンになり、彼は就職して、飛行機の夢を追いかける。それがよくないというのではない。過剰な思い入れがない分、いろんなことを想像させてくれる。

 軽井沢での再会のシーンから、プロポーズまでも、早い。いきなりのプロポーズには少し驚かされるけど、これは大河ドラマではなく、水彩画のようなスケッチなのだと思うと、納得がいく。あの時代、様々な想い、それをひとつの心象風景として綴っていく。だからその奥に秘めたいくつもの想いは、描かれない。怒り、悲しみ、苦しみを、声高に見せたりはしない。4分間に本編が及ばないには、2時間6分ですらダイジェストでしかないからなのだ。ならば、それは4分でも十分に語れるということなのである。

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2 コメント

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まったく同感です! (西京極 紫)
2013-07-26 20:56:01
予告編以上の感動なし
まさに僕もそう思いました。

予告編だけ観とけば良い…とまでは言いませんが、
予告編で期待が最高に盛り上がって本編を観ると…う~ん。

ユーミンの『ひこうき雲』の使い方は確実に予告編の方が上ですよね。

TBさせて頂きました。
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Unknown (もり)
2013-09-14 01:12:59
ものを創っている人間の非情さと残酷さをキレイにみせた作品だと感じました。
凡人にとっては辛い苦しい作品です
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